原発事故による放射線汚染と食品健康影響評価〜第2回メディアと情報交換
2011年4月7日(木)、ベルサール汐留で、「原発事故による放射線汚染と食品健康影響評価情報交換会」が開催された。福島原発事故により、福島、茨城などで生産された野菜や原乳の出荷が制限され、風評被害による経済ダメージが広がっている。こうした事態に、政府はどのような対策を講じているのか報告した。

放射線物質の指標値について
内閣府食品安全委員会リスクコミュニケーション官 新本英二

食品安全委員会として、「暫定」で設定

今回の事態は想定外で緊急性を要したことから、食品安全委員会としても諸々の取りまとめに対してあくまで「暫定」とせざるを得なかったと、新本氏は強調し、次のように述べた。

通常、食品の安全に関わる基準値を定めるには半年〜1年以上かけるが、今回はその余裕がなかった。 国民の健康が最重要のため、国際放射線保護委員会(ICPR)や世界保健機関WHOのなどの情報を検討し、対応した。

放射線物質が人体に与える影響については「しきい値」があり、ある程度のところまではほとんど人体に影響がないどころか、むしろ健康に寄与する可能性がある、という考え方と、「しきい値」などは存在せず、微量でもネガティブな影響を与える可能性が否定できないため低減すべきである、という2つの考え方が対立し、食品安全委員会でも議論が分かれている。

しかしながら「国民の健康保護を最優先に」という立場から、「可能な限り低減すべきである」というICPRの見解に準ずるのが妥当であり、特に妊婦や妊娠の可能性のある女性、乳児・幼児に対しては十分留意されるべきであるとし、最終的なとりまとめが行われた。

緊急のとりまとめで、放射性ヨウ素について、年間50ミリシーベルトの甲状腺等価線量(甲状腺に集積する放射性ヨウ素からの被ばく線量のことで、実効線量として2ミリシーベルトに相当)は、食品由来の放射線曝露を防ぐ上で相当な安全性を見込んだものとして考えている。これは1988年のWHOによる見解だが、食品安全委員会もこれに準じた。

放射線セシウムは、自然環境下でも10ミリシーベルト程度の曝露が認められている居住地域が世界的にも存在する。また10〜20ミリシーベルトまでなら特段の健康影響は考えられないという専門員及び専門参考人の意見もふまえ、ICPRの年間10ミリシーベルトという値について、不適切といえる根拠は見いだせなかった。

このことから少なくとも放射線セシウムの年間5ミリシーベルトは食品由来の放射線曝露を防ぐ上でかなり安全側に立っている。

今後の調査で、より適切な基準値を設定

今回は緊急であり、今後継続して食品健康影響評価を行なう必要がある。放射性物質は、遺伝毒性発がん性を示すと考えられているが、発がん性や胎児への影響等について詳細の検討が本来必要、さらに、ウランやプルトニウム等についての評価も残されている。

今回の暫定基準値について、WHOやICPRからのデータを丸呑みにしているだけで十分な検討が食品安全委員会としてなされていないのではないか、暫定はいつきちんとした基準値になるのか、など会場からは厳しい質疑も起こった。これに対し新本氏は、今後も引き続き調査、検討を続け、できるだけ早急に基準値を設定したい、また魚などの基準値設定も早急に行ないたいと付け加えた。

放射能汚染と食品の安全について
東京大学名誉教授 日本学術会議副会長 唐木英明

今回の原発事故により生じた食の安全問題について、BSE問題以降に起こった最大の課題であると唐木氏はいう。BSE問題も世界を震撼させたが、それを機に日本では食品安全委員会が立ち上がり、食品安全基本法も施行された。今回の原発事故により、食品安全委員会が当時発足した意味や意義、そこから得た教訓、また基本法の有効性などがいよいよ試される時がきたのではないか、と唐木氏はいう。

先に新本氏が指摘するように放射線が人体に与える影響については「しきい値」の考えと「直接仮説」の考えが科学界でも真っ向から対立しており、決着が待たれるという。ホルミシス効果についても少しずつ報道されているが、引き続き十分な科学的考察がなされるべきであると唐木氏。

1955年頃から20年間、東京の放射線量は100,000ミリベクレルをゆうに超えていた

しかし大気中の放射線濃度に関して歴史的観点から考察すると、1955年頃から1975年頃にかけては、大気圏内核実験が米・ソ・英・仏によって頻繁に行なわれており、東京の放射線量も100,000ミリベクレルをゆうに超えていたことが明らかであるという。現在50代以上の人々はその大気中で日常生活を営んでいたことになるが、それが直接的原因とみられる健康被害は今のところ報告されていない。

チェルノブイリ事故当時も同様に大気圏中の放射能濃度は100,000ミリベクレルを記録したが、これはあくまで一時的であり、1955年〜1975年という長期間、高い放射能濃度があった時代のものとは比較にならないという。

従って100,000ミリベクレルくらいの濃度に人体は耐えられる、という見方もあるが、特に懸念されているがんの発生については、がん発生のメカニズムそのものが複雑であり、喫煙やストレス、生活習慣など様々な要因が複合的に絡むため、一方的に放射能物質との因果関係を示すことはこれからも難しいのではないかと回答した。

現在、食品安全委員会に残されている課題としては各国で基準値が異なるために混乱を招いている、基準が甘すぎるのか厳しすぎるのか国民が納得できるような十分な説明がなされていない、「しきい値」の検討など独自の検討と研究がまだ不十分である、基準の決め方が曖昧である、土壌汚染に関する検討が不十分である、食品表示について都道府県単位であるため、出荷制限も県単位で行なわれてしまった、魚などについても対応が後手後手であるなど、唐木氏は指摘した。


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