食品の安全と消費者の不安について
〜第210回やさしい科学技術セミナー

2011年6月7日(火)、「第210回 やさしい科学技術セミナー 食品の安全と消費者の不安」が開催された。日本学術会議副会長で東大名誉教授の唐木英明氏が食の安全について科学的見地から解説、多くの聴講者が熱心に耳を傾けた。


「食品添加物や残留農薬の被害が心配」との声

まず唐木氏は、日本の食品は極めて安全で、心配すべきは微生物による食中毒だけであると結論を述べた。多くの消費者は行政アンケートなどで「食品添加物や残留農薬による健康被害が心配」と答える傾向があるが、そうした悪影響は実際には一切報告されていないのが科学的事実、と唐木氏。

例外があるとすれば食中毒で、特に戦後日本の食糧難で混沌としていた時代、数百人単位で食中毒で亡くなっている。今年は、ユッケ事件や欧州で拡大する食中毒事件が大変な問題になっている。しかし、食中毒については、高度成長期に生活が豊かになるにつれ死者数は大幅に減り、ここ数年は毎年数名が報告される程度と唐木氏はいう。

実際に、食中毒にかかる人の数は年間で毎年3万人前後とされているが、報告されていないものが圧倒的に多い。実際には300万人以上(年間)と予測され、食中毒になった人の数は戦後から増減していない。

しかし、医療や薬品の発達にともない食中毒になっても致死に至る件数が非常に少ないことや、致死に至る程の悪質なケースは激減している。ただ、それでも食中毒は食の安全の最大の問題であることは間違いないと唐木氏。

どの国でも1000件に1件の違反品が報告

そもそも人間は誤解する生き物で、人間の判断の多くは「ヒューリスティク」と呼ばれる直感的なものである。危険を逃れるため、人は瞬間的に判断を行なう必要があり、これまでの知識や経験などの情報を総動員する。生命に関わる危険情報や利益情報は絶対に無視することなく頭にインプットするものの、安全情報については無視するという過ちを犯す。

例えば、「中国食品は危ない」という情報が多くの消費者に刷り込まれている。これは冷凍餃子事件や粉ミルク事件に端を発しているが、確かにそうした事件はあったものの、その後もそれ以前も、中国製食品の違反件数はアメリカやその他欧米諸国からの食品よりも多いわけではなく、国内産のものと比較しても同程度である。どの国でも1000件に1件くらいは健康被害のない程度の些細な違反品が報告されており、危険レベルは同等というのが科学的分析結果であると唐木氏。

メディアは危険な側面だけを強調する

放射線問題もそうだが、メディアは安全面を報道する必要がなく、食についても「不安だ、危険だ」という側面だけを強調し報道する。

人間は信頼する人の判断をそのまま受入れるという習性がある。メディアが怪しい、危険と報じればそれがそのまま消費者の声となり、必ずしも正確とはいえない安全性が保たれるという仕組みになっている。

しかしながら、自分に利益があるものについては、危険情報を無視するという都合のよい側面を人間は持ち合わせている。例えば、タバコは発ガン性物質を含み、ガンの罹患率が高いことが科学的に証明され、多くの人が良くないものであると知っている。

しかし、タバコを止めない人、それを売る人、そして生産者がいるのも、自分にメリットがあるからで、どんなに危険なものでも利益があれば、それを受入れるという側面が人間にはある、と唐木氏は指摘する。

安全情報より、危険情報のほうが心に残りやすい

先の、アンケートでは80%〜90%が残留農薬や添加物について「不安」と答えているが、そうであれば人々は皆、無添加、無農薬の野菜を購入するはずである。にもかかわらず無添加、無農薬の野菜を購入する人はそれほど多くなく、生産もされていないのが現状。「販売量が少ないから、値段が高いから」と反論する人もいる。しかしそうした理由より、「危険」という情報がそれほど真剣に受け止められていないからではないか。

アンケート等で「不安」と答えるのは、残留農薬や添加物の恐ろしさを訴求する記事や報道が氾濫しているからで、そこから得た知識を多くの人はそのままアンケートなどに反映している。つまり人間の習性として、安全情報より、危険情報のほうがずっと心に残りやすい、と唐木氏。

食品の安全に関して、メディアはもっと理解を

天然、自然のものこそ安全という主張もよく聞かれるが、野菜や果物といった天然の食材はそもそも大量の化学物質を含んでいる。中には発がん性の高いものもある。そうした化学物質を私たちは意識しなくとも1日に1.5gは食べているが、添加物や残留農薬はその1万分の1しか摂取しておらず、そのことについてはほとんど知られていない。

「残留農薬基準の何十倍の違反」といった報道が多いが、その基準にはそもそも2種類ある。正式な基準が決まっていないものは暫定的に0,01ppmという極めて厳しい一律基準を設定している。そのため、健康にまったく被害が出ないようなわずかな違反も一律基準違反として報道されるが、それが正しい報道といえるか疑問である。

日本の食品は極めて安全性が高いにもかかわらず、無用な心配が多いことはある意味不幸なこと。食品の安全に関するメディア関係者の理解を促進することや、非科学的な情報に適切に対処すること、消費者と事業者の本音の対話の場を設定すること、リスク管理を行なう行政と事業者の信頼を得ることなどが何よりも重要であると唐木氏はまとめた。


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