放射線のリスク評価とリスク管理を巡って
〜第6回 食の安全・安心財団 意見交換会

2012年2月7日(火)、ベルサール半蔵門で、第6回食の安全・安心財団の意見交換会「放射線のリスク評価とリスク管理を巡って」が開催された。福島原発の事故以降、食品の放射線物質の暫定規制値が採用されているが、4月より一部見直しが予定されている。山口一郎氏(国立保険医療科学院 生活環境研究部)らが食品中の放射線物質の新基準値について報告した。

食品中の放射線物質の新たな基準値について
国立保険医療科学院 生活環境研究部 上席主任研究官 山口 一郎

食品を4区分し、新基準設定

現在の暫定規制値は、一般的に健康への影響はないとされているが、「より一層の安全と安心を確保する」という観点から現在の暫定規制値で許容されている年間線量5ミリシーベルトから、年間1ミリシーベルトに基づく新基準に引き下げる方針と山口氏はいう。

新基準では、特に配慮が必要なのが「飲料水」「乳児用食品」「牛乳」、それ以外を「一般食品」の4区分とした。新基準では放射性ストロンチウム、プルトニウム等を含めた基準値が再設定されている。

放射性セシウムについては、飲料水は200Bq/kgから10Bq/kgに、牛乳は200Bq/kgから50 Bq/kgに、一般食品(野菜、穀類、肉、卵、魚、その他)は500Bq/kgから100Bq/kgに、新設の乳児用食品は50Bq/kgとなる。(注Bq:ベクレル)

どの年代にも考慮された基準値

飲料水についてはWHOの基準に従い、基準値を10Bq/kgとしたという。一般食品についてはすべての年齢区分での限度値のうち、最も厳しい(小さい)値から、全年齢の基準値を100Bq/kgとしたことで、どの年代にも考慮された基準値になったと山口氏。

牛乳と乳児用食品については、子どもへの配慮(食品安全委員会が小児の期間については感受性が成人より高い可能性があると指摘)から、一般食品の新基準値100Bq/kgの半分の50Bq/kgを新たな基準値とした、と経緯を述べた。

移行で混乱が起きないよう配慮

また、新たな基準値への移行に際しては流通や販売市場に混乱が起きないように、準備期間が必要な食品(米、牛肉、大豆)については一定の範囲で経過措置期間も設定している、と新基準策定までの基本となる考え方を説明。現在、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会に新基準値の答申を行っている最中で、基準値の告示は3月を予定、施行は4月を予定しているという。

新基準の制定で国民が「食」への信頼を取り戻すかどうかの疑問は残り、とくに経過措置期間の混乱を懸念する声もあるが、厚労省としては新基準値が十分安全な数値と考えていると強調した。

新たな基準値に対するさまざまな意見
一般社団法人消費生活コンサルタント 森田満樹

消費者のゼロベクレル志向が加速しかねない

多くの消費者は行政が断片的に出す情報に混乱していると森田氏は指摘する。
食品安全委員会は放射性物質のリスク評価、厚生労働省はモニタリング検査の数値や基準値、農水省は生産現場の混乱を表す数値、文部科学省は給食の現場に対する現状報告、消費者庁は新たな表示の対応や変更など、それぞれが出す情報はバラバラで、消費者が安心できるような情報がないため、このままでは「ゼロベクレルであってはじめて安心できる」という消費者の「ゼロベクレル志向」が加速しかねないと懸念を示した。

放射性物質の新基準値についても、ただ下げれば良いのか、森田氏には疑問が残るという。実際のところ新基準値について世論も賛否両論真っ向から分かれていると指摘。新基準値を歓迎している人たちの間には「今回新たに加わる乳児用食品同様、米の区分も作れ」「子どもたちのために全ての食品においてゼロベクレルを」「さらに厳しい基準を設けよ」、と新基準をさらに厳しくするような風潮が盛り上がっているという。

良い点は、安心感が生まれるということ

その一方で新基準は厳しすぎる、容認できないという意見も実は強くあり、とくに「福島の農業はこれでは壊滅してしまう」「新基準の策定根拠があやふやすぎておかしい」「現状でも健康被害がないとしているのに、さらに厳しくすることに何のメリットがあるのか」と反対の声も多く寄せられていると森田氏。

新基準の良い点を次のように挙げる。1)消費者の不安に答えたもので、一応は安心感が生まれる。2)原発事故由来の放射線のリスクを少しでもゼロに近づけるという原則から言えばいくらかはリスクが低減する。3)暫定規制値の500Bq/kgのままだと、多くの食品が500Bq/kg程度に汚染されているという誤解が消えないが、100Bq/kgに下げられれば、少なくとも高い数値の食品はないと安心して消費者に販売できるという流通や企業も多い。

悪い点は、ゼロベクレルを目指す方向へ走ること

また、新基準の悪い点は次のようなこと。1)新基準に移行してもリスクの低減は実際のところ非常に小さい。2)これまでの暫定基準値は危険だったと思わせるような誤解が生じる。3)消費者のゼロリスク志向を助長するため、生産者や流通、事業者がゼロベクレルを目指す方向へ走ってしまう。4)被災地の農業に壊滅的な打撃を与える。

今回の新基準の策定では、首都圏の一部の消費者が新基準を求めるステークホルダーとなり、福島の生産者や、大多数の国民のサイレントマジョリティの声は全く反映されなかったことは大問題であると森田氏は指摘する。また新基準によって「絶対安全」になるわけではないのに、そこを消費者が知らされないまま行政が急ピッチで作業だけを進め、さらにメディアが加担して「安全になる」という誤った空気が醸成されてしまったことも大問題だと分析する。

ゼロリスク志向の助長、表面上の安心感に拍車

学者もさまざまな情報を発信したが、かえって消費者の混乱を招いている。放射性物質に関わる学問も細分化し過ぎていて、誰が専門家なのかも実際のところわかりづらい。消費者の放射線に対する教育がそもそも欠落していると森田氏。

結局、新基準の策定は国民のゼロリスク志向を助長させ、表面上の安心感の追求に拍車をかけただけで、本当の意味で合理的に放射線リスクを下げ消費者利益につなげていこうとする努力ははなされていない。この状態はまさに情報災害ともいえ、今、どんなリスクコミュニケーションが求められているか改めて考え直すべきではないかと森田氏は提言した。


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