中国と米国、食品安全強化の方策
〜第85回食と環境のセミナー

2014年1月20日(月)、日本橋社会教育会館ホールで、「第85回食と環境のセミナー」が開催された。この中から、「中国の食品安全に関する現状と問題点」(農林水産省 農林水産政策研究所 上席主任研究官 河原昌一郎氏)と「米国において新たに導入された食品安全強化法の概要」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 コンサルティング国際事業本部 東京本部 マネジメントシステム部チーフコンサルタント 岡本泰彦氏)の講演を取り上げる。


中国の農業生産高、10年で3倍

河原氏は、「中国の食品安全に関する現状と問題点」と題して講演した。中国の経済成長が目覚ましいが、その中には農業生産高の成長も含まれている。2003年以降、農業生産高(農林漁業、畜牧業、林業、農業)はわずか10年で3倍にも成長している。

また、食品工業(食品加工・製造、飲料製造、タバコ加工)も伸びており、すでに2003年で1兆元を突破しているが、2012年にはその8倍以上となり、まもなく9兆元を突破しようとしているという。

これは中国国内で多種多様な食品の消費量が増えていることを示している。同時に生産の場面でも、かつては生産されていなかった新しい食品の生産が増えていることを示しているという。

酒類の消費量、アメリカの2倍に

中国人の食生活はここ10年で大きく変化しており、欧米化が進んでいるともいわれる。これは生産面でも変化が起こっており、かつて中国ではあまり生産されなかった乳製品、ワイン、缶詰、菓子類、油類などの中国国内での製造が急増している。とくに酒類の消費はすでにアメリカの消費量の2倍を突破しているという。

しかし食品の生産量が増えているにも関わらず、食品企業の80%がいわゆる零細で、管理が行き届いていないのが現状だという。つまり不衛生であったり、安全面の配慮において不十分である企業が多いということだ。このことは私たち日本人の食の安全とも深く関わっている。

「疑う」ことをベースに商売

中国において各食品企業の衛生面や安全面のレベルがなかなか上がらないのにはいくつか理由がある。その最大の原因は文化の違いや考え方の違いがあることである。

例えば中国には「農協」が存在しない。日本人は「信用」をベースに商売をするが、中国人は「疑う」ことをベースにするため、信用取引もつけも存在しない。基本的に現金による直取引しか好まず、農協の発想は難しいという。

都市部の川の95%は重度の汚染

食の安全に関する国民の意識も少しずつ高まってはいるが、まだまだ意識が高いとはいえず、例えば中国の河川水の70%は工場廃水等によって重度の汚染が広がっており、そのうちの40%は基本的には使用できない状態だという。

また都市部を流れる川の95%は重度に汚染されている。そのため食品の事件も頻繁に起こっているが、関わる企業は利益を追求することが優先で汚染することや汚染されたものを使用することに対する罪悪感はあまりなく、どちらかというと公然とやっているため、消費者のほうも意識が低いままという。

毛髪で作られる醤油

例えば中国でも醤油が近年人気の調味料となっているが、中国では大豆を醗酵させるのではなく、理髪店から集めた人毛からアミノ酸を抽出しそれを醤油の材料とすることで大豆などの原料を減らし製造するケースがあるという。

現在この製法は中国政府によって禁止されているが、毛髪で作られた醤油でも形式的には醸造醤油の品質検査基準に達してしまうため、闇で取引されていることが少なくないという。

人毛にはヒ素、鉛といった有害物質が含まれることや不衛生であることなどが問題だが中国ではそれほどの話題にはならないという。他にもメラミン混入粉ミルク、注水肉、肉赤身化剤、ゴミ油などは甚大な健康被害を引き起こしニュースとなったが、これらも中国国内ではそれほど大きな社会問題にはならなかったという。

2000年に入って徐々に食品の安全制度が整う

しかし2000年代になって、中国でも徐々にではあるが食品の安全制度が整ってきた。特に2002年に日本が中国産ほうれん草の輸入を禁止したことは大きなきっかけになったという。

しかし中国の食品安全政策はそもそも「食品産業の国際競争力の強化」を最大の目的としており、「国民の健康を守る」ことを最優先していない。輸出拡大のための安全政策のため、各国が厳しく管理することを要求すればそれに応えはするが、自ら積極的に安全や衛生に取り組もうという姿勢があまりないという。

例えば中国にも「食品安全委員会」が設置されている。名称こそ日本と同じだが、日本のそれは諮問機関であると同時にリスク管理機関でもある。しかし、中国では「指導機関・統一機関」であり、日本とはまるで性格が異なる。

つまり食の安全や企業のモラル維持のためには、行政と企業の分離、適正な検査と監査、適正な社会的監視や報道が求められるが、中国ではそれが難しいという背景がある。

輸入業者に任される役割は非常に重要

食品にはそもそも不正行為が露顕しにくく、企業のモラルの低下を招きやすい側面がある。生産者や企業を十分に監視する必要があり、監視のないところでは容易に不正が発生するという性質がある。

しかし加工食品の増加にともない、流通ルートは複雑化し、トレーサビリティの実施も極めて難しいのが現状という。食の安全とは政府の指導、企業の自覚、消費者の監視という三位一体ではじめて機能するが、中国では政府と企業が一体で、指導が成り立たない。

また消費者が企業や政府に文句や批判をいう自由が与えられていない。そのため企業はモラルハザードに陥りやすい。中国における食品の安全問題は社会的、思想的側面から考えても短期的に解決するのが非常に困難であると河原氏。

中国から輸入する食品については生産過程から適正な管理がなされ、流通ルートも含め透明性を確保していくことが重要で、輸入業者に任されている役割は非常に重要だという。

中国国内で一般的に流通しているものの安易な輸入は危険であると思っていた方が間違いない、中国からの食品輸入に関わる企業は価格や量的充足よりも日本国民の健康を優先する意識を忘れないでほしいと河原氏。

これまでも中国産の食品で日本においてトラブルが発生している時は、すべて日本側の管理やチェックが緩んだ時に起きている。日本人の食の安全は日本人が守るという強い意識を忘れてはいけないとした。

2003年にバイオテロリズム法が施行

また岡本氏は、「米国において新たに導入された食品安全強化法の概要」と題して講演。 日本の主要農林水産品の輸出先は1位が香港(986億円)で、2位が米国(688億円)となっている(2013年農林水産食品部発表)。その米国で、いま食品安全法がより強化の方向に進んでいるという。

2001年の同時多発テロを受けて2003年にバイオテロリズム法が施行されたが、この法律によって米国内でヒトや動物の消費に用いられる食品を製造・加工・包装・保管する米国内外の施設はFDA(アメリカ食品医薬品局)に登録することが義務化された。

2011年に食品安全強化法が発行

また米国内で食品を製造・加工・包装・運送・流通・受領・保管もしくは輸入しようとする米国人や法人は、直前の入手元及び直後の受け渡し先を特定する記録を作成し、保存することも義務化されている。

またテロだけでなく食品による健康被害がなかなか減らないことも背景にあり、2011年にはFSMA(ファズマ)=食品安全強化法が発行された。これによりFDAの権限は大幅に強化され、米国の農務省が所管する食肉、食肉加工品及び加工卵製品などを除くすべての食品が対象となっているという。

食品安全強化法、ポイントは3つ

食品安全強化法のポイントは大きく3つあるという。
1つ目が「事後的対応ではなく予防的措置の強化」である。食品の安全計画を義務化し、野菜や果物の安全基準も義務化された。

2つ目に「検査の強化/情報把握体制の整備」である。FDAの検査権限は強化され、この検査を拒否した施設からは輸入の拒否を辞さない。またバイオテロ法施設登録については2年ごとに更新しなければならなくなった。

3つ目が「第三者によるチェック体制の整備」である。輸入業者は輸入品の安全を検証することを任意ではなく義務化し、安全性を証明する第三者監査機関も立ちあがった。他にもこの強化法を実際に運用していくためのドラフトが次々に公示されているという。

FDA、外国施設を検査強化

また、日本企業に特に関係が深いのが、FDAによる外国施設の検査強化体制。実際FDAは2010年に外国施設の検査をはじめて行い、その年600件の外国使節を査察するにとどまったが、2015年までには毎年倍増する計画を立てており、2013年には2000件を突破、2015年には9600件へ増加することを計画しているという。

ちなみに日本においても年間100社程度が査察を受けているという。FDA検査官から質問される項目のなかで、日本企業が力を入れて取り組む必要があるのが「HACCP(ハサップ)の強化」と「トレーサビリティの仕組み」であると岡本氏は解説。

HACCP、日本で導入しているのは20.3%

HACCPとは食品の製造・加工工程のあらゆる段階で発生する恐れのあるリスクをあらかじめ分析するというもの。その結果に基づいて、製造工程のどの段階でどのような対策を講じればより安全な製品を得ることができるか重要管理点を定め、これを連続的に監視することにより製品の安全を確保する衛生管理の手法のことである。日本でこの手法を導入しているのはわずか20.3%にすぎないという。

トレーサビリティとは、流通経路が生産段階から最終消費段階あるいは破棄段階まで追跡が可能な状態であることで、この管理についてもFDAから強化が求められているという。

昨年6月に閣議決定した「日本再興戦略」で食品の大幅な輸出促進が求められているが、このためには海外、特にアメリカから求められているHACCPやトレーサビリティの普及は不可欠だと岡本氏。FDAの権限の拡大は新たな黒船の到来と一部で恐れられているようだが、逆にこれを機会と捉え、安全神話の再構築に向けて活用して欲しいとした。


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