脳の発達に欠かせない、多価不飽和脂肪酸
〜第24回脳の世紀シンポジウム「食と脳」


2016年9月14日(水)、有楽町朝日ホールで、第24回脳の世紀シンポジウム「食と脳」が開催された。この中から、大隅 典子氏(東北大学大学院医学系研究科 教授)の講演「脳と脂質の良い関係〜発生発達に必須の高度不飽和脂肪酸」を取り上げる。


病気の根源、「胎児期」に由来する可能性

フランスを代表する画家の一人ポール・ゴーギャンの作品の一つに「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」という有名な作品がある。まさに脳の研究はその答えにつながるのではないか、と大隅氏。

受精の瞬間から始まる脳の正常な進化や発育についての研究は、近年「病気の胎児プログラム説」という観点からも関心が集まっている。

「病気の胎児プログラム説」とは2008年頃から注目されている説で、小児期だけでなく成人期や老年期に罹患する病気も、その根源は「胎児期」に由来する可能性が十分ある、というもの。

脳細胞の「神経新生」、栄養が重要

その一例として、第二次世界大戦中の大飢饉時に胎児だった集団の成人してからの統合失調症の発生率は、通常に比べて2倍以上にもなることや、やせ型妊婦の低体重児において糖尿病罹患率が高いことなどが知られている。

つまり胎児期から、いや受胎する以前の母体の状態から十分に心身を整えておくことが後世に命を繋いでいく上で重要な鍵となるというわけである。

そしてそれは、脳の発育についても同じことがいえそうだと大隅氏はいう。

脳には無数の神経が巡っているが、脳の神経発生のポイントの一つに「脳の神経新生」がある。

これは「脳には脳神経の元となる神経幹細胞が存在し、大人になると脳の神経細胞は減るのではなく、大人になっても神経幹細胞から「神経新生」という現象が起きていて新しい神経が作られる」、というものだ。

つまり脳内にある神経幹細胞のおかげで脳神経は年齢に関わらず生み出されるというのである。しかしそのためには栄養素が重要であると大隅氏。

脂質は脳に重要な栄養素

そもそも脳は非常に油っぽい組織であり、乾燥重量の60%が脂質によって構成されている。体を健康に維持するためにどんな栄養素も欠けてはならないことはいうまでもないが、脳にとってもそれは同様である。

そして脳の構成物質の60% が脂質である以上、やはり脂質は重要な栄養素であるといえる、と大隅氏。脳の神経細胞には、他の体を構成する細胞と大きな違いがあることについても知って欲しいという。

それが細胞の形である。体を構成する細胞は楕円形や蜂の巣状だが、脳神経細胞には多くの突起があり、それは規則正しいものではなく、不規則かつ複雑なものになっている。

脳の60%が脂質

突起が多いということは、楕円形の細胞より表面積が多くなるということだが、この突起の表面(細胞の表面)は全て細胞膜で覆われており、しかもこの細胞膜は「リン脂質」で成り立っている。

リン脂質は、水と油の両方の構造を持ち、細胞膜として単に細胞と細胞の間切として存在するだけでなく、栄養の吸収や老廃物の排泄、情報伝達など生命維持に欠かせない働きを担っている重要な膜である。

脳の構造の60%が脂質である理由は、脳に存在する無数の神経細胞が突起構造で、表面積の多い構造をしているためで、その表面こそ脂質に分類される「リン脂質」から成るため、という。

つまり「脳の構造」や「脳の神経構造」に脂質は重要ものだが、さらに、エネルギー源としても脂質は重要な役割を果たしているし、細胞内のシグナルとしても脂質は働いている。

特に脳のエネルギー、シグナルとして重要とされる脂質がオメガ3脂肪酸といわれる「DHA」や「アラキドン酸」である、と大隅氏は解説。

DHAやアラキドン酸、脳に重要な多価不飽和脂肪酸

脳神経の細胞から遊離した脂肪酸や代謝物は「脂質メディエーター」と呼ばれ、さまざまな生理活性機能を持つことが知られるようになっている。

例えば神経細胞では、リン脂質二重膜に埋め込まれたPUFAsが神経活動によって切り出され、ニューロン活性を抑制する生理活性物質として機能することがわかっている。

また、PUFAsは細胞質内で脂肪酸結合たんぱく質と結びつき、ミトコンドリアなどの細胞内の必要な領域に輸送されることもわかっている。

脳の脂質の中でも多くを占めるDHAやアラキドン酸の多価不飽和脂肪酸が、脳にとって非常に重要であることが知られているが、それは脳の海馬では生涯にわたって神経細胞が生み出されていて、このことが記憶学習や情動機能に関わり、この神経新生に多価不飽和脂肪酸が欠かせないからである。

胎児期の多価不飽和脂肪酸の摂取バランスの乱れ

例えば最近のマウス研究でも、胎児期に多価不飽和脂肪酸の摂取バランスが乱れていると、生まれれてからのマウスは非常に不安感が強く、脳形成の面でも不全状態な個体が生まれるリスクが高まることがわかってきている。

これは脳の栄養として多価不飽和脂肪酸のバランスが取れている場合と、そうでない場合では代謝物が異なり、その影響を受けて神経産生が減少するため、と大隅氏。

おそらくこれは人間でも同様のことがいえるのではないか。脳の神経細胞は年齢を重ねても生み出されるが、胎児期や乳幼児期の栄養状態が悪いと、その機能が十分に働かないこともあり得る。

脳に重要な脂質のバランスが崩れることで、不安感の強いマウスが生まれたことから、人間においても心の病などのリスクが高まる可能性があるといえる。

現代人の食生活、多価不飽和脂肪酸の摂取バランスが悪い

脳に必要な栄養をきちんと補わないことが、次世代の心身に悪影響を及ぼす可能性があることは十分推測できる。現在はゲノム解析も盛んになっており、一人一人に合った栄養学が求められるようになってきている。

個々人でどれくらいのDHAやアラキドン酸が必要か、あるいはいつどれくらいの量の多価不飽和脂肪酸を何から摂取すべきか、といった情報をよりパーソナルに知ることが可能となる。

現代人の食生活は特に多価不飽和脂肪酸の摂取バランスが悪く、マウスの試験はそれに警鐘を促すものといえそうだ、とまとめた。


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