身体不活動は認知症発症の危険リスク
〜国立健康・栄養研究所セミナー


2017年2月18日(土)、よみうりホールにて国立健康・栄養研究所セミナープログラム「健康づくりのための身体活動」が開催された。 この中から、熊谷 秋三氏(九州大学教授基幹教育員)の講演「健康寿命延伸のための身体活動・運動〜疫学調査にみる身体活動・運動や食事の重要性」を取り上げる。


身体不活動が注目

2015年、日本人の健康寿命は男女ともに世界第一となった。

世界的に類のないスピードで高齢化が進んでおり、今後40年高齢者の増加だけでなく、生活習慣病により死亡者が増加することが懸念されている。

また、サルコペニア、フレイル、ロコモといった身体不活動の原因となる人の増加、また身体不活動を原因とした認知症患者の増加などが予測されている。

運動が健康に良い、ということは一般的によく知られているが、近年は「身体不活動(1日30分以下の運動量の状態)」について注目が集まっている。

身体不活動の定義はないが、熊谷氏らの研究グループは就寝とは別に、覚醒時にエネルギー消費量が1.5メッツ以下のすべての座位行動、と定義しているという。

つまり「ただ座っている、ただ横になっている」時間だ。

身体不活動は認知症発症の危険リスク

運動不足は日本の死亡要因の第3位という報告もあるが、身体不活動は認知症発症の危険リスクとしては現在第1位と報告される。

具体的には「座位行動」が多くの慢性疾患や疾病の共通因子である、とNature誌にも紹介され、座っていることやそれが長くなることの健康への悪影響に注目が集まっている。

実際、秋山氏らが行った文献調査や国内の疫学調査(九州の久山町研究、篠栗町研究など)によると、40歳以上の日本人男女で、運動習慣がないことや座位時間が長いだけでなく、「全身の持久力」や「握力」及び「歩行速度」の低下は、心疾患、脳卒中といった死因別死亡率を上昇させることが分かったという。

逆に、運動習慣や持久力、握力、歩行速度に改善が見られると、死因別死亡率のリスクが低下するだけでなく、認知症発症リスクも低下させることが確認できたという。

生活習慣病のリスクを高める

また国内だけでなく、世界的にもガン予防指針として身体活動や体力の維持増進は奨励されている。身体活動の低下はガンリスクの向上になるとも言い換えられる。

現代人はテクノロジーの恩恵を受け、座位行動が長くなりがちだが、座位行動は心疾患、二型糖尿病、肥満、メタボといった生活習慣病のリスクを明らかに高める原因となる。

座位行動のひとつの指標であるテレビの視聴時間の増加はうつ病や自殺といった行動とも比例関係にある。

もちろん、これらの因果関係や科学的根拠は不足しており、今後の研究が期待されるが、「座位行動」についてはその悪影響を多くの人が理解する必要があろう。

座位行動の時間が増加

最新の運動科学研究では、すでに「運動=健康」ではなく「座位=病気」とテーゼが移行しつつあり、疫学研究でもすでに「座位行動は身体活動と独立して死亡リスク要因」と報告されている。

ちなみに日本人の「座位行動と健康」に関する大規模な疫学調査は存在しないという。

熊谷氏らが関与している九州の久山町研究、篠栗町研究といった1961年から開始された疫学調査の中でも、40代以上の男女に行われている久山町研究は「年齢構成、産業構成、栄養比率など」が日本の全国平均と一致する。

そのため、この結果は日本人の平均的なものと見なしやすいが、この研究からわかったことは2013年の時点で、就寝時間を除く座位(行動)時間は平均7時間もあった。

しかしながら、WHOが定義する健康を維持するための中・強程度のレベルの運動を取り入れている人は35%しかおらず、つまり半数以上が運動不足の状態であることが示されたという。

これは日本人の運動量や座位時間という観点からはじめて報告された疫学調査の結果であるという。

さらに3年後の2016年に、大きな変化はないだろうと予測のもと行われた再調査では、さらに座位行動の時間が増加していて、これは今後も増加が予測される、という。

他にも、やはり年齢を重ねるごとに座位時間が長くなること、男性の方がブレイク(座っている途中に立ち上がり身体活動を入れる)をとらないことなどが分かったという。

運動習慣があるとアルツハイマー型認知症になりにくくなる

認知症患者は2025年に700万人を超えるとも予測されているが、週に2回以上の運動習慣があれば2倍以上もアルツハイマー型認知症になりにくくなることが報告されている。

身体活動は、アルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドβの蓄積を抑制し、神経毒や酸化ストレスから神経細胞を保護し、また生活習慣病(特に糖尿病)を予防することなどが、アルツハイマー型認知症予防に有効に働くといわれる。

また認知症になってしまってからでは運動の効果があまり認められないが、軽度の認知症であれば運動はかなり有効であることも報告されつつある。

身体活動の時間や運動の時間を増やし、座位行動を減らす鍵に「社会参加」がある。社会参加をしていることで身体活動時間がおのずと長くなり、それがより個々の健全な自立を促す。

高齢者はもちろん、若年層でも社会参加の時間や活動が少ないほど座位行動は長くなり、認知症だけでなくあらゆる疾病のリスクは高まる。

社会参加は自立と体力を養う大事なモチベーションになるため、高齢者も若年層もその意識を大切にし、日常生活の中で「貯筋」をする意識を持つことが大切だ、とまとめた。


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