腸内細菌叢を改善、病気ゼロ社会に
〜NHKエデュケーショナル健康セミナー


2019年11月24日(日)、たまプラーザテラスプラザホールにて「NHK健康応援セミナー」が開催された。この中から、福田 真嗣氏(慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任教授)の講演「腸内デザインが切り拓く病気ゼロ社会」を取り上げる。


腸管は「外部環境」

大学時代から腸内環境の研究を行なっている福田氏。基礎研究を社会に実装させ、「病気ゼロ社会」の実現に向けベンチャー企業の経営も手がけているという。

腸研究の最先端を理解する上で最も重要なことは、「腸は体の外側にある」つまり「外部環境」ということ、と福田氏は指摘する。

腸はちくわやストローのようなもので、私たちの体の外側にあり、「どんな菌でも悪いことさえしなければ住み着いてもOK」としている。

食事を摂ると、栄養成分は体の外側である腸管から吸収され、血中に入り全身に影響を与える。腸は体の外と内の境界にあり、「腸内細菌叢」の個人差も大きい。

腸内細菌、約40兆個存在

腸内環境や腸内細菌のことが分かると、自分の体に吸収されやすいもの、吸収されにくいもの、どんな薬が効くのか効きにくいのか、かも分かってくる。

これにより腸内デザインで病気ゼロを目指せる。現在、世界中で腸内細菌や腸内環境に関する研究が進められているが、腸の研究が盛んになったのはここ10年、まだまだ解明されていないことが多い、と福田氏。

近年、一人の体に腸内細菌が約40兆個存在していることが分かっている。摂取した食品の未消化物を餌として自ら増殖したり、分泌物を出すことで、全身の細胞とやりとりしている。これを「腸内エコシステム」と呼ぶ。

例えば「脳腸相関」という言葉が知られるようになっている。腸内環境は脳にも影響を与えていることが解明されてきている。

パーキンソン病、便秘と密接な関係

腸内細菌叢は過労、ストレス、薬(抗菌剤)、加齢、気候などによって容易に乱れる。

腸内細菌が乱れると肥満、糖尿病、動脈硬化、肝臓癌、認知症、うつ病、アレルギー疾患などさまざまな疾病の原因となることが解明されつつある。

例えば、これまで神経の病気と考えられてきたパーキンソン病は、便秘と密接な関係があることが分かり、パーキンソン病は腸の病気ではないかとまで考えられるようになっている。

私たちは細胞だけでは生きていくことができない。さまざまな菌や微生物と共存し、それらの力も必要とする超生命体(Superorganism)である、と福田氏。

腸内細菌叢の状態で反応が異なる

腸内環境を整えるには食物繊維、プレバイオティクス、プロバイオティクスの摂取が有効とされる。しかし最新の研究では、これらの食品は毎日食べないと効果が出ないことも分かってきている。

というのも、個々の腸内細菌叢は、自ら増殖することで生き残っており、新たに外から入り込んだ菌よりも強いため。

自分の腸内に生き残っている腸内細菌はある程度パターンや安定性がある。

同じ食品を摂っても、同じ薬を飲んでも、個々人で安定的に存在している腸内細菌叢が異なるため、それぞれ反応が異なる。

自分の中の安定的に存在している腸内細菌叢が分かれば、自分に合う乳酸菌や食品、薬を事前に把握することも可能だ。

指紋のように異なる腸内細菌叢

ある実験で、健康な30代成人7名から2年間便を定期的に提出してもらい腸内細菌叢を調べた。その結果、それぞれ指紋のように腸内細菌叢が異なることが分かった。

例えば「プレボテラ」という菌が多いグループと「バクテロイデス」という菌が多いグループに分けると、「プレボテラ」が多い人は炭水化物の摂取が多い。「バクテロイデス」が多いグループは高たんぱく質・高脂質の食事傾向がある。

近年、腸内細菌を整えるための食材として、不溶性と水溶性の両方の食物繊維がバランスよく入っている「大麦」が注目されている。

大麦を摂ることで効果が体感できるのは「プレボテラ」が多いグループであり、「バクテロイデス」のグループの人が大麦を摂取しても効果があまり出ない。これは腸内細菌叢の違いによる。

そのため、自分の腸内細菌叢のパターンや特徴が分かればどんな食材や乳酸菌を摂取すれば効果的かが食べる前に分かるようになる。

便移植、薬と同等かそれ以上の効果

薬の効果も同様で、去年ノーベル賞で話題になった「オプジーボ」も、効き目は腸内細菌のパターン(菌数ではなく菌種が多いかどうか)に依存することも分かってきている。

近年、「便移植」が話題になっている。日本では順天堂大学でヒト臨床試験が進められ、潰瘍性大腸炎の患者さんに2週間抗菌剤を投与して腸内細菌をリセットし、その後、健康な人の便をジュース状にして移植した。

この便移植により8割の症状が改善、3割が寛解した。このことから、便移植に薬と同等かそれ以上の効果がある可能性が期待されている。

実際、アメリカではこうした便が販売され始めている。そうした研究成果の数々をどう社会に還元していくか考えていく必要もあり、福田氏は便を「茶色い宝石」と捉えているという。

腸内細菌叢の状態、便で分かる

毎日破棄され、見られることもほとんどない便だが、それぞれのお腹の腸内細菌叢の状態、パターン、効果的な食事や薬などの情報は便の中に隠されている。

この便から得られる情報を提供できるシステムの構築のため、冷凍保存しなくてもいい便の採取キットを開発し特許を取得している、と福田氏。

将来的には健康な時の自分の便を保存しておくことで、万一病気になった時に自分の便を移植することも可能となる。

さらに排便するだけでトイレが健康状態を把握してくれるスマートトイレの開発もアイディアとしてある。まさに便は茶色い宝石であり、病気ゼロ社会の実現の土台になるのではないか、と福田氏はまとめた。


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