遺伝子組み換え作物とその利用の現況
〜日本学術学議 公開シンポジウム


2010年8月6日(金)、東京都の日本学術会議講堂で、公開シンポジウム「遺伝子組み換え作物とその利用に向けて」が開催された。主催の日本学術協会農学委員会は、遺伝子組み換え作物の普及に向けての問題点を抽出し議論したいと、シンポジウムを開催した。

医療に役立つ経口ワクチン米の開発について
高岩文雄(農業生物資源研究所 遺伝子組み換え作物開発センター)
清野宏(東京大学医科学研究所)

新型インフルエンザや口蹄疫の問題が連日報道される中、ワクチン開発が注目を浴びている。現在注射型のワクチンがメインで使用されているが、理想は安全かつ安価で有効性を持ち、室温で長期保存可能な注射いらずの経口投与型ワクチンである。

そうした経口型ワクチンを植物で作ることを高岩氏チームは開発している。経口型ワクチンの問題点は、腸管の免疫組織に到達する前に消化器官で分解されてしまうということである。いかに分解されずに腸管へデリバリーされるかが経口ワクチンのポイントとなるという。

この問題点をカバーするために植物生産ワクチン(食べるワクチン)は非常に有効と考えられている。有効なワクチンにするためには、目的抗原を食物の種子に高濃度で蓄積させることである。そこで稲種子を利用することが有効だという仮説が立てられた。稲の種子には高発現、蓄積システムがそもそも備わっていることや、花粉などの問題がないこともあり、稲種子を利用したワクチン開発の研究が進められるようになったという。

そして稲種子はまさに自然の微小生物カプセルであり、胃酸や腸の消化酵素に対する耐性があり、蛋白顆粒の形で細胞に取り込まれ、抗原提示細胞に抗原提示、つまり免疫反応をすることが示されていることがわかった。現在は稲種子の胚芽乳中にワクチンを高度に発現させる研究開発も行なわれている。

稲種子の蛋白質顆粒(PB-1)に特異的にワクチンを蓄積することで、このワクチンの含まれた種子を直接経口投与することのほうが、注射でのワクチン接種より効率がいいこともわかった。種子を介した経口ワクチンにより、ワクチンを安価に大量に、そして効率よく作ることが可能になったのだという。ほとんどの病原体は粘膜を通じて体内に入ってくる。

免疫システムの多くは腸管が担っており、腸管のことを考えるとこれまでの注射型のワクチン摂取は必ずしも有効でない場合があることも判明しつつある。経口ワクチンは粘膜面と体内の両方に特異的に免疫を誘導できるというメリットがある。また開発途上国を考えると、冷蔵保存や注釈、注射針不要なワクチンを開発することは非常に重要な鍵となるという。

米型ワクチンの理論と技術は感染症対策の経口ワクチンだけでなく、アレルギーをはじめとする各種免疫疾患に対してもその応用性が期待されているという。例えば国民病とも言われる花粉症への応用も期待できる。免疫学と農学が融合した「食べるコメ」から「医薬米」としての概念が、国民の健康を守るための、コメの有用という新時代の幕開けとなるのではないかとまとめた。

科学技術と社会-遺伝子組み換え作物を素材とした検討
三石誠司(宮城大学食産業学部/国際センター)

三石氏は基本的な視点として「もし、遺伝子組み換え食物がなかったらどうなるのか」ということを常に考えるべきだと述べた。世界の穀物の生産量は27億トン、需要量は26-27億トン。この26-27億トンという数字を世界でどのように分配していくか、ということが世界の問題であり政治経済である。

一例を挙げると、日本では穀物を年間3100万トン以上輸入している。そのなかでも粗粒穀物の内トウモロコシが1630万トンだが、飼料用が1200万トン、残りが工業用で、飼料用と例えると毎月100万トンが輸入されていることになる。

この1630万トンのトウモロコシのうち、遺伝子組み換え作物は1330万トン。輸入している全体量、3100万トンの食物のうち1700万トンは遺伝子組み換え作物で、もはや良い悪い、の問題ではないと三石氏。

国内産で、遺伝子組み換えがされていないものを、という声が上がるが、日本国民が一年で消費する農作物を生産するには、国内農地面積の約3,5倍の農地が必要という。つまり私たちは、好き嫌いに拘わらず、当面の間は農作物輸出国との両国な関係、あるいは遺伝子組み換え食物との良好な関係を維持すること無しには日々の生活水準の維持すら難しいということになる。

日本の人口は減少しているが、国連の推計によると2055年の世界人口は約92億人、現在より23億人の増加が考えられている。さらに中国の人口がピークになるのは2040年頃、また、その先にインドの人口がピークを迎えることが予測されている。

インドの人口は最盛期では16億人をはるかに超えるといわれるが、この段階で日本の人口はわずか9000万人程度との見通しがあり、世界の人口が1,3倍になる以上少なくとも世界全体では35億トン前後の穀物が世界で必要となることが予測されている。

このような人口問題、そして食料問題が目前に迫るなか、我々日本人は世界でどのような役割を果たすべきなのか。それは資金力や技術力だけでなく、日本人の持つ知的資産の活用の仕方、貢献の仕方であろうという。

遺伝子組み換えの作物の活用を含む社会的に議論の多い諸問題に対し、自発的な意思に基づく対話の実践、客観的、合理的な科学的根拠に基づく合意型性と将来戦略の実践を、他国でも応用可能な先行事例として示していくことであるとまとめた。

世界における遺伝子組み換え作物の現状と社会受容に向けた取り組み
鎌田博(日本学術会議連携会員、筑波大学生命環境化学研究会遺伝子実験センター)

1990年代に入ってから急速に開発、普及が進んだ遺伝子組み換え農作物。遺伝子組み換え作物の栽培面積や栽培国が増大する最大の理由は、農家にとってのメリットであり、さまざまな統計データによると、殺虫剤・除草剤等の農薬の使用量の大幅低減、単位面積あたりの収量増大、農機具の使用頻度減少に伴う燃料費の原料などが挙げられるという。

遺伝子組み換え作物を活用することで現在世界が直面している食料不足問題や人口増加問題にも対処できることが期待されている。しかし、遺伝子組み換え作物の活用、とくに食品としての利用については、多くの消費者が不安を抱いている現状がある。このため多くの国で遺伝子組み換え作物の社会的受容を推進するための活動が進められており、国によっては一定の効果があがっているという。

中国は自国での食料増産が最優先課題となっており、国家として多額の研究費を投下して遺伝子組み換え作物、農作物の開発、実用化を進めている。社会的受容のためにメディアの情報発信や意見交換会なども一般レベルで活発に行なわれるようになっているが、現時点ではいかによい遺伝子組み換え作物を作り上げるか、そしてその経済効果について注目が集まっている。

インドでも遺伝子組み換え作物の開発を意欲的に取り組んでいる。中国同様、人口の爆発的増加が進行中であるため、遺伝子組み換え技術に対する期待は大きいが、グリーンピースをはじめとする反対運動も活発で、社会的受容を巡ってはマスメディア対応も含め、まだまだこれからであるといえるという。

フィリピンでは世界各国での利用を踏まえた多用な遺伝子組み換えイネの開発が進められており、実用化に向けた試験が進みつつある。農業国であるフィリピンがイネの開発を中心的に行ない、それが世界各国で活用されていく流れを考えるとフィリピンの状況からは目が離せないという。

シンガポールは食料輸入が豊富なため、遺伝子組み換え農作物についても安全性確保のための体制が確立されている。科学リテラシー教育を含む高等教育もされているので、科学に対する理解度も高く、遺伝子組み換えに対する特別な反対は見受けられない。

ポルトガルでは食料輸入国であると同時に、経済状況が厳しいということがあり、遺伝子組み換えのトウモロコシ生産が積極的に進められている。この動きにより農家の収入増などの利益が多くあるため、栽培農家の人が実際にメディアに登場してメリットを説明するなど、目に見える形で遺伝子組み換え作物のメリットを消費者に伝えようという努力を国家レベルで行なっている。

イギリスでは、もし遺伝子組み換えトウモロコシを米国から輸入しなかったら、イギリスの畜産業がどのようなダメージを受けるのかシュミレーションを行なった報告が政府から発表された。そのダメージは壊滅的であり、遺伝子組み換えを受容せざるを得ない現実を国民が認識しつつある。一方フランス、ドイツは輸入に対しても遺伝子組み換えには極めてネガティブである。

オーストラリアは州ごとに対応が異なるが、州によっては遺伝子組み換えの菜種がすでに商業栽培されており、商業栽培を認める州が増加傾向にある。ニュージーランドは基本的に遺伝子組み換え作物の商業栽培を行なわれていない。

日本では遺伝子組み換えに関して、かなり否定的な見方がされている。遺伝子組み換えの必要性が理解されることはほとんどなく、リスクや安全性についての考え方が国民に普及していない。世界の状況からみても、遺伝子組み換えを社会的に受容してもらうための活動を再検討する必要があるだろうとまとめた。

遺伝子組み換え作物・食品をめぐるコミュニケーション
佐々義子(くらしとバイオプラザ21)

国内で店頭に遺伝子組み換え原料使用、と書かれた食品を目にすることはほとんどない。多くの人は「遺伝子組み換え不使用」と表示された食品があるために、遺伝子組み換え食品に知らぬ間に不安を抱き、食用油などが表示義務の対象外であることから、その恩恵に預かっていることを知らずに過ごしている現実があるという。

遺伝子組み換え作物、食品に対する不安は大きく分けると二つ。食品としての安全性、そして環境への影響であろう。これらは、情報の不足、歴史の浅さなど、漠然としたものが不安の理由となっている。NPO法人くらしとバイオプラザ21では見学会などの参加型イベントを通じて、一般市民が遺伝子組み換え技術の情報に触れる機会を積極的に設けているという。

またどのような情報提供方法であれば、受容度が高まるのか、という心理学研究も行なっている。バイオテクノロジーに何も興味のない一般の人でも、日本が遺伝子組み換え技術の実用化や利用において世界的には遅れてしまっていること、世界の食料が圧倒的に不足しているのに日本には休耕田が多くあることなどを見聞させれば、少しは関心を持つようになるという。国内での科学リテラシー向上、それを支える仕組み、そういった機能が一日も早く整えられるべきだとまとめた。



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