世界における遺伝子組み換え作物の現状と社会受容に向けた取り組み
鎌田博(日本学術会議連携会員、筑波大学生命環境化学研究会遺伝子実験センター)
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1990年代に入ってから急速に開発、普及が進んだ遺伝子組み換え農作物。遺伝子組み換え作物の栽培面積や栽培国が増大する最大の理由は、農家にとってのメリットであり、さまざまな統計データによると、殺虫剤・除草剤等の農薬の使用量の大幅低減、単位面積あたりの収量増大、農機具の使用頻度減少に伴う燃料費の原料などが挙げられるという。
遺伝子組み換え作物を活用することで現在世界が直面している食料不足問題や人口増加問題にも対処できることが期待されている。しかし、遺伝子組み換え作物の活用、とくに食品としての利用については、多くの消費者が不安を抱いている現状がある。このため多くの国で遺伝子組み換え作物の社会的受容を推進するための活動が進められており、国によっては一定の効果があがっているという。
中国は自国での食料増産が最優先課題となっており、国家として多額の研究費を投下して遺伝子組み換え作物、農作物の開発、実用化を進めている。社会的受容のためにメディアの情報発信や意見交換会なども一般レベルで活発に行なわれるようになっているが、現時点ではいかによい遺伝子組み換え作物を作り上げるか、そしてその経済効果について注目が集まっている。
インドでも遺伝子組み換え作物の開発を意欲的に取り組んでいる。中国同様、人口の爆発的増加が進行中であるため、遺伝子組み換え技術に対する期待は大きいが、グリーンピースをはじめとする反対運動も活発で、社会的受容を巡ってはマスメディア対応も含め、まだまだこれからであるといえるという。
フィリピンでは世界各国での利用を踏まえた多用な遺伝子組み換えイネの開発が進められており、実用化に向けた試験が進みつつある。農業国であるフィリピンがイネの開発を中心的に行ない、それが世界各国で活用されていく流れを考えるとフィリピンの状況からは目が離せないという。
シンガポールは食料輸入が豊富なため、遺伝子組み換え農作物についても安全性確保のための体制が確立されている。科学リテラシー教育を含む高等教育もされているので、科学に対する理解度も高く、遺伝子組み換えに対する特別な反対は見受けられない。
ポルトガルでは食料輸入国であると同時に、経済状況が厳しいということがあり、遺伝子組み換えのトウモロコシ生産が積極的に進められている。この動きにより農家の収入増などの利益が多くあるため、栽培農家の人が実際にメディアに登場してメリットを説明するなど、目に見える形で遺伝子組み換え作物のメリットを消費者に伝えようという努力を国家レベルで行なっている。
イギリスでは、もし遺伝子組み換えトウモロコシを米国から輸入しなかったら、イギリスの畜産業がどのようなダメージを受けるのかシュミレーションを行なった報告が政府から発表された。そのダメージは壊滅的であり、遺伝子組み換えを受容せざるを得ない現実を国民が認識しつつある。一方フランス、ドイツは輸入に対しても遺伝子組み換えには極めてネガティブである。
オーストラリアは州ごとに対応が異なるが、州によっては遺伝子組み換えの菜種がすでに商業栽培されており、商業栽培を認める州が増加傾向にある。ニュージーランドは基本的に遺伝子組み換え作物の商業栽培を行なわれていない。
日本では遺伝子組み換えに関して、かなり否定的な見方がされている。遺伝子組み換えの必要性が理解されることはほとんどなく、リスクや安全性についての考え方が国民に普及していない。世界の状況からみても、遺伝子組み換えを社会的に受容してもらうための活動を再検討する必要があるだろうとまとめた。
遺伝子組み換え作物・食品をめぐるコミュニケーション
佐々義子(くらしとバイオプラザ21)
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国内で店頭に遺伝子組み換え原料使用、と書かれた食品を目にすることはほとんどない。多くの人は「遺伝子組み換え不使用」と表示された食品があるために、遺伝子組み換え食品に知らぬ間に不安を抱き、食用油などが表示義務の対象外であることから、その恩恵に預かっていることを知らずに過ごしている現実があるという。
遺伝子組み換え作物、食品に対する不安は大きく分けると二つ。食品としての安全性、そして環境への影響であろう。これらは、情報の不足、歴史の浅さなど、漠然としたものが不安の理由となっている。NPO法人くらしとバイオプラザ21では見学会などの参加型イベントを通じて、一般市民が遺伝子組み換え技術の情報に触れる機会を積極的に設けているという。
またどのような情報提供方法であれば、受容度が高まるのか、という心理学研究も行なっている。バイオテクノロジーに何も興味のない一般の人でも、日本が遺伝子組み換え技術の実用化や利用において世界的には遅れてしまっていること、世界の食料が圧倒的に不足しているのに日本には休耕田が多くあることなどを見聞させれば、少しは関心を持つようになるという。国内での科学リテラシー向上、それを支える仕組み、そういった機能が一日も早く整えられるべきだとまとめた。