がんと統合医療の現状と将来展望
〜米国統合医療の最新情報

2011年3月4日(金)、昭和大学 上条講堂で、「がんと統合医療の現状と将来展望〜米国の最新情報」(主催:NPO免疫療法懇談会)と題して講演会が開催された。米国における統合医療研究の第一人者バリーR・キャサレス博士(スローン・ケタリングがんセンター統合医療部長)とオバマ政権の医療厚生をリードするリチャード・クーパー博士(ペンシルバニア大学 レオナード・ディヴィス厚生経済研究所教授兼上席研究員)が招かれ、日米の統合医療の現状と将来展望について講演した。

米国における統合医療と統合腫瘍学
バリーR・キャサレス博士(スローン・ケタリングがんセンター統合医療部長)

統合医療の考え方を普及させることが重要

米国における統合医療と代替医療の違いについてキャサレス博士は次のように述べた。

米国でかつては代替医療が統合医療という言葉より広く使われていた。 代替医療はある種の治療に代わる療法のことだが、米国では、商業的で有害なものも多い。統合医療はある種の治療を行いながら補完的に別の療法を加え、治療中に生じる痛みや不快感などを軽減するもの。

病気を患った場合、医師による治療は絶対に必要。代替医療を盲信することで、初期の病状を見逃し悪化させることが多い。

保険の問題もあり、診察までに時間がかかり、手遅れのケースも多いが、がんは早期であれば多くは完治させることが可能。代替医療よりも統合医療の考え方を普及させることが重要、とキャサレス氏。

米国で注目されている7種類の補完療法

統合医療は、西洋医療に補完療法を統合させたもので、精神的・身体的・感情的な諸症状をコントロールし、QOL(生活の質)を改善し、病気の回復を早めることに貢献する、とキャサレス氏は定義する。

米国でとくに注目されている補完療法は、マッサージ療法、心身療法、音楽療法、鍼、フィットネス、食事療法(栄養療法)、薬草類及びサプリメント類の7種類。これらにより、痛み/吐き気/疲れ/うつと不安/不眠/便秘/神経障害/のぼせ/身体虚弱などの緩和が期待されている。

マッサージは患者だけでなく医師の人気や要望が高く、効果も48時間程度持続することが科学的に検証されるなど、今後も研究やニーズが高まることが予測される。

心身療法は瞑想や呼吸法、気功などだが、呼吸の重要性を説き、セルフメディケーションに役立てるように指導する。これにより、通常より麻酔の量が減る、手術後の回復が早まるなどの効果が期待でき、結果的に医療費のコスト削減に繋がることが期待されている、とキャサレス氏。

QOLを高めるため、病院内で演奏による音楽療法

音楽療法は、言葉でコミュニケーションが取れなくなってしまった重篤な症状や、言語障害を持つ患者さんに非常に効果的で、QOLを高めるために病院内で演奏サービスなど行う所も増えている。

鍼はとくに近年、非常に注目されている。鍼灸師の資格だけでなく、がんなどの病気への高度な知識を持つ者のみ病院で治療を行える。鍼の効果が高いことは明らかになっているが、因果関係が不明な部分も多い。米国では多くの団体が科学的効果の研究をしているが、がんだけでなく、ドライマウスなどの症状にも効果があることがわかってきている。

野菜とフルーツ、1日5皿分以上摂る運動を展開

運動は、リハビリや予防医学的なものとして、1日20分でも継続すると効果が大きく、フィットネス大国の米国では不可欠なもの。

食事・栄養療法は、国家プロジェクトとして、野菜やフルーツを1日5皿分以上の野菜(350g)とフルーツ(200g)を食べましょう、という「5a day」運動などが広がっている。病院内でも症状により、ビタミン療法などの栄養療法が行われているが、病気を治療するものではない、とキャサレス博士。

サプリメントは、米国では200億ドルを超す大きな市場だが、トラブルや健康被害も多く報告されている。

しっかりとした研究に基づいたデータベースも開発されているが、まだそれが浸透し、活用されているレベルにない。

米国で統合医療の重要性については広く認知されてきているが、正しい知識が多くの国民に浸透するのにまだ時間がかかりそうだ、とキャサレス博士はまとめた。

日本におけるヘルスケアのこれからの試練
リチャード・クーパー博士(ペンシルバニア大学 レオナード・ディヴィス厚生経済研究所教授兼上席研究員)

医学や医療の方向性を大きく左右するのは教育

19世紀の医学や医療、手術方法に比べ、21世紀の医学は技術的にも科学的にも確かに進歩を遂げているとクーパー氏はいう。わずか100年で大きく変貌を遂げたが、今後100年で、さらに想像もつかないようなものに進化しているであろう。

しかし、医学も医療も技術や科学の進歩にだけ左右されるものではない。とくに先進国において、今後の医学や医療の方向性を大きく左右するものは、教育ではないかとクーパー氏はいう。

米国と日本では、医学も医療技術も大差ない。米国では受けられる手術が日本では受けられなかったり、その逆もあるが、医療レベルの差ではなく、法律や規制の問題。

防ぐことのできた死者数のデータをみると、日本よりも米国のほうが圧倒的に多い。幼児死亡率でも、米国のほうがはるかに死亡率が高い。科学技術や医療技術のレベルは同じなのに、死亡率にこれほど差が出るのは、患者さんのレベル、質の差であろう。

日本では1920年代に高かった乳幼児の死亡率が、1970年代にはほぼゼロに近くなり現在もそれを維持している。それには日本の高い教育が貢献しているとクーパー氏は指摘する。

医療も医学的知識も裕福な人が独占している

日本は19世紀の段階で国全体に教育が行き届いていた。1900年代中盤には女性も高い教育を受け、出産するようになった結果、幼児死亡率が減少したのではないか。平均余命をみても、日本では60歳以降の平均余命が20年以上あり世界でもトップレベルだが、米国は20年以下、これも教育や文化の差ではないか、とクーパー氏は述べた。

米国で平均余命を地域別、黒人と白人、収入別など多角的に分析したデータがある。白人で高い教育を受け、かつ収入が安定しているグループだけを抽出すると、平均余命が日本人男性と並ぶという結果が出た。

米国では、保険制度が日本のように整っていないこともあり、医療も医学的知識も裕福な人が独占している傾向にある。補完医療の考えやヘルスケアの重要性を理解しているのも十分教育が行き届いている人々、とクーパー氏。

格差は将来の医療現場に大きな影響を与える

また、最近では、裕福な人ほどトータルでかかる医療費の支出が少なくなってきている。予防医療や早期治療が行えるため、トータルで医療費がかからない傾向にある、とクーパー氏。

米国は、人種も様々、国土も広く、宗教も教育も自由のため格差が大きく、日本の10倍ともいわれている。オバマ政権は保険制度を推進しているが、何よりも教育格差、貧富の格差をなくすことが重要。日本では、近年格差社会といわれているが、格差は将来の医療現場に大きな影響を与えることを認識すべき、とクーパー氏は警鐘を鳴らした。


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