具体的な症状としては、脱毛、やけど、倦怠感、吐き気、そして最悪は致死に至るケースであり、ICPRも症状に応じて、それぞれの「しきい値」を採択している。身体的症状が明確に現れることからも理解されやすい。
線量に比例してリスクが増加すると仮定
もう一つが「確率的影響」。これは、将来ガンが発生するリスクが高まるかも知れず「まったく影響がない」とは断定できないという立場に基づいている。これについては被ばく集団と非被ばく集団の比較で検討するしかなく、被ばく者個人でさえも、被ばくによってガンになったと認知することができないというやっかいな問題もある。
100ミリシーベルト以下を低線量というが、この場合、線量に比例してリスクが増加すると仮定しているため「しきい値」は存在しない。なぜこちらの確率的影響のほうに「しきい値」の考えを採択しないかというと、100ミリシーベルト以下でのデータが存在しない、という単純な理由からである。つまりここはブラックボックスになっていると佐々木氏は指摘する。
確実に身体的影響がある「確定的影響」については「しきい値」を認めることができるが、将来のリスクについて語る場合の「確率的影響」についてはあくまで推論、仮定の話であるために「しきい値」の考えを持ち込むことができない、そもそもデータもないということである。
多くの科学者が「しきい値あり」を支持
しかし、現在おおかたの科学者はこの放射性物質について「しきい値あり」の考えを支持しているようである。それでもこの「しきい値」は学術的コンセンサスにはなっておらず、国際機関等はより安全な立場で「しきい値なし」の理論を採用し続けているという。
いずれにせよ、非常に大きな集団(1億人レベル)が被ばくしなければ低線量被ばくによるガン増加の観察は無理である以上、現在の科学ではこの重要なことがわかっていないのだ、ということをしっかり報道すべきであると佐々木氏。
低線量被ばくした際にガンとの関係が指摘される問題がDNAの損傷についてである。これについては、通常ヒトの細胞には修復機能があるので、損傷した細胞がそのまま損傷したままで生き続けることは非常に少ないと考えられている。それでも大量に被ばくした場合(1Gy以上)は損傷した細胞がそのまま生き続け、損傷した状態で増殖を繰り返すことで複数の遺伝子に突然変異が起きてガンになる可能性があることは、さまざまな動物実験でも明らかとなっている。
放射線治療では得られる利益のほうが多いという理論から高線量を照射
ICRPをはじめとし、国際的学術機関が「しきい値なし」の立場をとるのには放射性物質と人類の関わりに関する歴史的背景もあるという。1985年にレントゲン氏にX線が発見し、すぐさま医療現場で広く利用されるようになったが、翌1986年にはX線を原因とした皮膚炎に関する報告が続々と上がり、防護のための3原則(距離、時間、遮蔽)が提案されたという。
1925年にはICR(現ICRP)が発足し、耐容線量を勧告するようになる。1954年には職業被ばく(医療従事者)者の最大許容線量を1.5rem/y(年間150ミリシーベルト)と定めた
が、一般の人については、より安全を担保するために、その1/10の量である年間20ミリシーベルトという数値を定めた。
なぜ1/10かというと、ちょうどその頃に世界各国で核実験が繰り広げられており、その影響を一般の人々に与えるべきではないと抑止させるためであったこと、そして広島、長崎に投下された原爆の後遺症として、白血病患者が多く報告されたことが影響しているという。
職業被ばくの線量は生涯線量が1000ミリシーベルトを超えないというかなり高い量で規定されているが、これは「しきい値」の考えがベースとなっており、確定的影響が起こらない範囲で制定されているという。
また医療現場において、治療目的で使用される放射線についても、確率的影響を心配するより、得られる利益のほうが多いという理論から、計画被ばく(職業上の理由の被ばく)で定められている線量限度も適用されていない、つまり非常に高い数値の線量を浴びることになるという。