100mSv以下ではベースラインと差がない
国際放射線防護委員会(以下ICRP)は、「しきい値」なしの直線仮説をもとに「確率的影響」のリスクを少しでも回避するための提言を行い、政府も国民の健康を守るために、この勧告に従って様々な方策をとっている。
ICRPが直線仮説を採択するのにはいくつかの根拠と理由があるが、その中には原爆で被ばくした広島と長崎の生存者データもある。他にも、疫学の世界では放射線量と健康被害の関係は直線性を示しているものがほとんどだが「〜100mSv」以下ではベースラインと差がないことも明らかとなっており「直線性を示す・示さない」の論議は、低線量になると難しいといえる、と甲斐氏は解説。
つまり、原爆被ばく者のデータだけでなく、医療データや動物実験、疫学調査でもある程度直線性を示していることに間違いはないが、一方で100〜200mSv以下の低線量については、判断が難しいというのが世界的な共通認識となりつつあるという。
放射線被ばくの影響だけを抽出してがんと関連付けることは非常に難しい
仮に低線量の放射線が原因で発がんが発生したとしても、被ばくからがんの発生までには相当の時間がかかる。さらに被ばくとは関係なく、一般的に年齢が60歳を超えれば、誰でも発がんのリスクは急激に増する。がんそのものの発生のメカニズムが非常に複雑であるだけでなく、この時間因子との関わりもあるため、放射線被ばくの影響だけを抽出してがんと関連付けることは非常に難しいと解説。
子どもが低線量の放射線で被ばくすることの危険性についても、10歳で被ばくしても30歳で被ばくしても、60歳以上でがんが発症するリスクはあまり変わらないということもわかっているという。
いずれにせよ低線量での影響を知るためのデータを取ることは不可能で、低線量被ばくが人体へ与える影響については今後も推論でしか語れない、ということを認識してほしいという。放射線物質が人体へ与える影響については、この「しきい値型」と「直線型」が大きく取り上げられているが、ほかにも「上に凸型」と「ホルミシス型」の計4つがあるということも解説。
国際的には直線型で理解されている
国際的には直線型で理解されているが、理由の一つに、放射性物質がDNAの接続を切断する作用(二重差切断)にあるという。切断されても、ほとんどが修復されるが、複雑なDNA損傷が起こった場合、修復は困難で、遺伝子や染色体の変異はがん化と関連があるため、その危険性が指摘されている。
大量の被ばくがDNA損傷と関わるとされているが、一度に50mSVという比較的低い線量でも染色体異常がおこっているデータが存在していることも報告されているため、直線性もある程度消去できない可能性があると説明。
しかしその一方で、長期的に低線量を浴びた場合には修復機能がより高く働いているというデータもあるという。さらに、もともと乳がんや肺がんの遺伝子を遺伝的に持っている人は、放射線に対する感度が高いことを示すデータもあり、そういう人の場合は「上に凸型」の影響を受けているという学術もあると解説する。
また、いわゆるホルミシスで知られているように、少ない線量を当ててから高い線量を当てると長生きするラットのデータも解説した。ICRPにはこのように異なる様々な意見を持つ科学者が論文を寄せているが、それら全てを取りまとめた上で直線仮説を採用している。
医療現場での放射線治療でも、良い影響と悪い影響が出ることが明らかで、放射線が人体に与える影響については単純な足し算では語れないと甲斐氏。いずれにせよ、しきい値モデルが正しいとしてもこの不確かさの下では、リスクを想定する必要があるというのが国際的なコンセンサスとなっている、とまとめた。
少量(低線量)の放射線は身体(健康)に良いというのは本当か?
岡山大学大学院保健学研究科放射線健康支援科学領域 教授 山岡聖典
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ラドン温泉、古くから老若男女が健康増進に利用
広島・長崎、あるいはチェルノブイリのように、高線量で被ばくした場合の健康リスクは誰もが認めるもので、放射線は目に見えず、色や臭いなどもないことから、世界中の人々が恐れている。しかし一方で、ラドン温泉(自然放射線)は不老長寿の温泉といわれ、古今東西で多くの老若男女が治療や健康増進に利用している。
岡山大学の放射線健康支援学では、低線量、それも国連科学委員会が定める200mGy未満の健康効果について研究を進めており、低線量放射線は生体の適応応答能力の亢進作用があると理解し、その解明や科学的研究を進めている。
この作用は、例えば運動や温熱、あるいは薬理学的にはワクチンなど、人体にとって適度な刺激であれば、有益な効果を生じるのと同じことであるとすれば理解しやすい。これは食塩やお酒も同様で、少量であれば必要、と山岡氏は解説。
具体的な研究結果としては、動物実験だが、ラットの生活習慣病の緩和や糖尿病の抑制効果、老化予防の可能性を確認しつつあるという。
しかしながら、分子・細胞・組織・個体の各レベル、性別・年齢・人種・個体差などに伴う放射線感受性の違いや、喫煙・飲酒・運動などの生活習慣により、被ばく線量が同じ場合でも、それぞれのリスクの度合いが異なることがある。
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