食塩が原料、しょうゆの科学と歴史
2011年9月9日(金)、早稲田大学で、公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団主催の「ソルト・サイエンス・シンポジウム2011 塩と生活」が開催された。食塩を原料としたしょうゆは日本の発明品ともいえ、世界中で愛用されている。今回、製造方法、歴史や科学について講演が行われた。

しょうゆの科学と歴史
財団法人日本醤油技術センター 常務理事 田上 英男

大量の小麦が使用

財団法人日本醤油技術センター常務理事の田上氏はしょうゆの歴史と科学について次のように解説した。
スーパーに行くと醤油と名のつく多種多様の商品があるが、JASでは「醤油」ではなく「しょうゆ」と表記を統一しており、分類すると、「しょうゆ」「しょうゆ加工品」のいずれかになる。

私たちが日頃口にしている「こいくちしょうゆ」には、あまり知られていないが、実は大量の小麦が使用されている。しょうゆの製造に使われる大豆は蒸したものを使用し、大豆と小麦とほぼ同じ量使用し、炒って砕き、混ぜ合わせそれに種麹を接種して「しょうゆ麹」を作る。この麹を食塩水と混合してタンクに入れて「諸味」とし、半年から一年間、醗酵と熟成に十分な時間をかけた後、搾って生のしょうゆが作られる。

しょうゆ製造の歴史を遡ると江戸時代の中期にあたる。1712年頃の和漢三歳図絵にはすでに記されている。しかし、みそやしょうゆの原型と言われる「穀醤(こくびしお)」は既に弥生時代には存在しているとみられている。

日本のしょうゆにはバラ麹が用いられている

その後、少しずつ進化を遂げて現在の日本独自の製法に至っている。大陸ごとの食文化の大きな違いがあり、西アジアは麦芽を利用した醗酵文化圏だが、東アジアはカビを利用した醗酵文化圏である。同じ東アジアでも中国大陸では主にクモノスカビやケカビが利用され、日本ではコウジカビの利用が発展した。この結果、日本のしょうゆ造りにはバラ麹という種類の麹が用いられるようになっている。

こいくちしょうゆの主原料は大豆、小麦、塩であり、大豆はタンパク質、小麦はでんぷんとタンパク質の供給をする。食塩は塩味の素で、醸造中の腐敗を防止する重要な役割を担う。

大豆は蒸してから使用するが、これは加熱殺菌と生のタンパク質の分解性を良くするため。小麦は炒って使用するが、加熱殺菌とでんぷんの分解性向上と、割砕しやすくするためである。

しょうゆの香り、300種類以上の香り成分から成る

小麦のでんぷんからは微生物の作用により、ブドウ糖、グルタミン酸、乳酸、エチルアルコールなどの主要な香味物質が生成される。また、色物質やしょうゆに独特の香り成分も生成される。

特にしょうゆの最大の魅力とも言える、加熱時の香ばしい香りは、糖分とアミノ酸からアミノカルボニル反応で副生されるピラジン化合物やアルデヒト化合物によるものである。しょうゆに含まれる香り成分には、リンゴやバニラ、パイナップル、バナナなどの香り成分も含まれており、現在発見されているだけでも300種類以上の香り成分から成っている。特定の香りが目立つことなく、全体に調和してしょうゆ独特の香りを作り出していることが、世界中で愛される秘訣かもしれない。

また、しょうゆの色は黒ではなく、透かしてみると実は赤紫をしている。しょうゆの色も小麦から生まれるブドウ糖と大豆のタンパク質から作られるアミノ酸が熟成中に反応してできるメラノイジンという物質によるもので、この色は食欲をそそる高級で美しい色とされている。

旨味、塩味、甘味、酸味、苦みの味の基本要素である5つの全てを併せ持ち、誰からも多種多様な成分が見事に調和し、愛される香りと色を併せ持つことを可能にした「しょうゆ」は、まさに世界中に愛されるべくして誕生した食品であるといえる。


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