オメガ3系脂肪酸、脳・神経機能との関わり

2011年10月26日(水)、東京アイビーホールで、DHA・EPA協議会及び財団法人日本水産油脂協会主催による公開講座「人の一生における脳・神経機能とオメガ3」が開催された。食品成分と脳神経機能がどのような関わりを持っているのか、各研究者より食品成分オメガ3を中心に最新の研究成果が発表された。

食品成分と脳神経機能〜動物実験からヒトボランティア試験まで
静岡県立大学 食品栄養科学部 栄養科学研究室 教授 横越英彦

健康長寿には、健全な脳機能の維持が重要

日本は高齢社会であると同時に高ストレス社会でもあり、ストレスが様々な病気の引き金になっていると横越氏は指摘する。ストレスによる病気では、躁鬱病、ダイエット障害、不眠症、記憶力の低下、強迫神経症、統合失調症、認知症、パニック症候群、パーキンソン病、アルツハイマー病など多様で、これらはすべて脳に何らかの障害が起きていることが原因の一つと考えられている。健康長寿を実現するためには、健全な脳機能を維持することが極めて重要であると横越氏はいう。

5大栄養素のタンパク質、炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラルは神経に作用しているが、特に重要なのはタンパク質のアミノ酸で、中でもトリプトファン、チロシン、ヒスチジン、コリンなどは脳神経伝達物質として重要な役割を果たしているという。

セロトニン不足で精神がアンバランスに

例えばノルアドレナリンやドーパミンの暴走を抑え、心のバランスを整える作用がある伝達物質として最近注目を浴びているのがセロトニン。 セロトニンが体内で不足すると精神のバランスが崩れ、暴力的になることが知られている。セロトニンは必須アミノ酸であるトリプトファンから作られる。

必須アミノ酸は体内で合成されないため必ず食物から摂取しなければならない。セロトニンを合成するためにはトリプトファンだけでなくナイアシンやマグネシウム、ビタミンB6などが重要であると横越氏はいう。

大型魚類に多く含まれるアンセリンに抗ストレス作用

ストレスにさらされると、ヒトは行動が抑制されたり気分が低下する。ストレスが心身に与えるダメージはヒトの場合非常に大きい。しかし魚の場合はどうか。カツオやマグロは永久に泳ぎ続け、逆に泳がなければ死んでしまうという特徴がある。この観点から、魚類は泳ぎ続けることで、何か疲労物質やストレスを取り除く防御機能を有しているのではないかという仮説が立つと横越氏。

横越氏らは、まず大型の魚類に特異的に多く含まれているアンセリンに注目し、アンセリンの疲労に対する影響を動物実験で検討したという。マウスに強制水泳や懸垂運動を行わせてストレスと負荷を与え、その際にアンセリンの投与の有無による比較。またコミュニケーションボックスという身体的ストレスと心理的ストレスを同時に負荷できる装置を用いても検討した。

その結果、アンセリンを投与されたマウスは、投与されないマウスより運動能力を長く維持することが確認された。また疲労の指標といわれる乳酸の蓄積を抑えることが分かった。この他、活性酸素消去機能や血圧降下作用も認められた。魚由来のアンセリンの抗ストレス作用が明確になれば、新規の抗ストレス食品の開発が期待できると横越氏はまとめた。

オメガ3系脂肪酸による心的外傷後ストレス障害予防の試み
国立病院機構 災害医療センター 精神科科長 西大輔

DHA投与で敵意性が低下

オメガ3系脂肪酸には抗血栓作用や抗炎症効果などがあることが知られている。近年は鬱病やPTSDなどの精神疾患の治療や予防にも効果があるかもしれないといわれている。そのメカニズムについては不明な点が多いが、脳の細胞膜を構成するリン脂質などが脂肪酸からできている事を考えると、オメガ3系脂肪酸が精神面に影響を与える可能性があることは否定できないと西氏はいう。

代表的な研究として、オメガ3系脂肪酸と敵意性について、いわゆるイライラ感やキレやすさについて調べたものがある。受験を控えてストレスが溜まっている学生(非喫煙者)41人を対象に、1日1.5〜1.8gのDHAカプセルを投与した群と大豆油主体のプラセボカプセルを投与した群で、敵意性の変化を調べるランダム化比較試験を行ったところ、投与3ヶ月後に、プラセボ投与群は受験を目前に明らかに敵意性が上昇したが、DHA投与群では受験が目前であるにも関わらず敵意性が低下し、両群の間に明らかに有意差が認められたという。

また、敵意性が高く交通事故を起こしやすい患者に、DHAを連続的に摂取してもらうと明らかに運転が穏やかなものになったと答える外来患者も多いと、西氏は実体験を述べた。

魚の消費量が少ない国ほど鬱病が多い

鬱病については、魚の消費量が少ない国ほど鬱病が多いことを示した地域相関研究がある。魚を全く食べない女性はよく食べる女性に比べて鬱病を発症する危険が高いことを示した疫学研究がある。また、鬱病患者は健常者に比べて抹消のオメガ3系脂肪酸レベルが低いことを示すメタ解析、鬱病患者の脳の眼窩前頭皮質のDHAが明らかに低下していることを示す研究報告もある。

これらの研究報告についてはオメガ3系脂肪酸の種類が異なるが、オメガ3系脂肪酸は鬱病の改善に一定の効果があるという解釈が認められつつあると西氏。

オメガ3系脂肪酸、精神や肉体の健康増進に大きく寄与

PTSDについてはラットによる基礎研究が行われているが、DHAを与えたラットにおいて海馬の神経新生を活性化させることが明らかとなっている。これにより海馬から早期に恐怖の記憶が消失し、結果的にPTSDの症状が最小化するのではないかという仮説を立て、介入研究を実施している最中であると西氏はいう。

鬱病に関してもPTSDについても今後大規模な臨床試験が必要だが、オメガ3系脂肪酸には安全性の高さから妊婦や子供も含めた幅広い対象者に受け入れやすいという利点があるため、高齢化社会かつストレス社会における精神や肉体の健康増進に大きく寄与する可能性を秘めていると西氏はまとめた。


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