オメガ3系脂肪酸による心的外傷後ストレス障害予防の試み
国立病院機構 災害医療センター 精神科科長 西大輔
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DHA投与で敵意性が低下
オメガ3系脂肪酸には抗血栓作用や抗炎症効果などがあることが知られている。近年は鬱病やPTSDなどの精神疾患の治療や予防にも効果があるかもしれないといわれている。そのメカニズムについては不明な点が多いが、脳の細胞膜を構成するリン脂質などが脂肪酸からできている事を考えると、オメガ3系脂肪酸が精神面に影響を与える可能性があることは否定できないと西氏はいう。
代表的な研究として、オメガ3系脂肪酸と敵意性について、いわゆるイライラ感やキレやすさについて調べたものがある。受験を控えてストレスが溜まっている学生(非喫煙者)41人を対象に、1日1.5〜1.8gのDHAカプセルを投与した群と大豆油主体のプラセボカプセルを投与した群で、敵意性の変化を調べるランダム化比較試験を行ったところ、投与3ヶ月後に、プラセボ投与群は受験を目前に明らかに敵意性が上昇したが、DHA投与群では受験が目前であるにも関わらず敵意性が低下し、両群の間に明らかに有意差が認められたという。
また、敵意性が高く交通事故を起こしやすい患者に、DHAを連続的に摂取してもらうと明らかに運転が穏やかなものになったと答える外来患者も多いと、西氏は実体験を述べた。
魚の消費量が少ない国ほど鬱病が多い
鬱病については、魚の消費量が少ない国ほど鬱病が多いことを示した地域相関研究がある。魚を全く食べない女性はよく食べる女性に比べて鬱病を発症する危険が高いことを示した疫学研究がある。また、鬱病患者は健常者に比べて抹消のオメガ3系脂肪酸レベルが低いことを示すメタ解析、鬱病患者の脳の眼窩前頭皮質のDHAが明らかに低下していることを示す研究報告もある。
これらの研究報告についてはオメガ3系脂肪酸の種類が異なるが、オメガ3系脂肪酸は鬱病の改善に一定の効果があるという解釈が認められつつあると西氏。
オメガ3系脂肪酸、精神や肉体の健康増進に大きく寄与
PTSDについてはラットによる基礎研究が行われているが、DHAを与えたラットにおいて海馬の神経新生を活性化させることが明らかとなっている。これにより海馬から早期に恐怖の記憶が消失し、結果的にPTSDの症状が最小化するのではないかという仮説を立て、介入研究を実施している最中であると西氏はいう。
鬱病に関してもPTSDについても今後大規模な臨床試験が必要だが、オメガ3系脂肪酸には安全性の高さから妊婦や子供も含めた幅広い対象者に受け入れやすいという利点があるため、高齢化社会かつストレス社会における精神や肉体の健康増進に大きく寄与する可能性を秘めていると西氏はまとめた。