「食」を正しく医療に役立てる
〜第三回「食と医科学、そして健康長寿」

2011年12月7日(水)、慶応義塾大学三田キャンパスで、シンポジウム「第三回 食と医科学、そして健康長寿」が開催された。超高齢化社会において、健康長寿の実現のために求められる「食」とはどのようなものか。シンポジウムでは坪田 一男氏(慶応義塾大学医学部眼科学教室教授)らが、医科学からのアプローチによる「食」の最新研究を報告した。

目に良い食べ物
慶応義塾大学医学部眼科学教室 教授 坪田 一男

食によるアンチエイジング、「カロリス説」と「抗酸化食」が注目

食とアンチエイジングとの関連について研究を続けている坪田氏。アンチエイジング研究で、「食」は重要なテーマとなっている。中でも少しずつ認知度が上がっている理論が「カロリーリストリクション(カロリス説)」と「抗酸化食」である。

カロリスは、通常の食事からの摂取カロリーをおよそ80%程度に減らすと、カロリー制限を行わない状態に比べ成人病を中心とした疾病リスクが低下するというもの。 老眼、脱毛、肌の老化といった老化現象が著しく遅延することがサルでも証明され、日本古来より伝えられる「腹八分目」理論が科学的に見直されるきっかけとなった。

「抗酸化食」は、身体の諸機能の酸化(=老化)を防ぐために、とりわけ野菜やフルーツに多く含まれるファイトケミカル成分を積極的に摂取することが良いとする食事方法である。

サーチュイン遺伝子の活性化による寿命延長のヒトでの報告はまだ無い

坪田氏は自身の専門である「目」についてのアンチエイジングも食からのアプローチを行い、ルテインやアスタキサンチン、レスベラトールといった機能成分による眼の疾患予防の可能性について研究をしている。

とくに赤ワインやブドウの果皮に含まれるポリフェノールの一種であるレスベラトールは、先にあげた「カロリス」の観点からも注目されている。カロリスにより、通常は殆ど機能していないが、ヒトが誰でも持っているサーチュイン遺伝子という長寿遺伝子(マサチューセッツ工科大学レオナルド・ギャランテ教授により発見)がONになり、寿命延長が期待されている。

このサーチュイン遺伝子をカロリス以外の方法でONにする方法がレスベラトールの摂取で、先日NHKで取り上げられたことで、店頭からはレスベラトールサプリメントが消えるという騒動にもなった。

レスベラトールを摂取することでサーチュイン遺伝子が活性化することは事実だが、サーチュイン遺伝子が活性すれば寿命が延びるかについては、「まだそうした報告はヒトではない」と坪田氏。またカロリスによるサーチュイン遺伝子の活性とレスベラトールによるサーチュイン遺伝子の活性には若干の違いがあるため、レスベラトールサプリメントを摂取したからといって、暴飲暴食、腹八分目でない食事をしていいという誤解はしないでほしいと坪田氏は指摘する。

しかしながら、レスベラトールの摂取で糖尿病由来の眼の疾患、光障害、ぶどう膜炎などの炎症は抑えられるというデータも出ている。レスベラトールが眼の疾患、とりわけ老化由来のものには効果的であることが示唆される。とはいえ、光障害やぶどう膜炎の炎症はカロリスや適度な運動でも抑えられることが報告されているため、レスベラトールだけが突出した効果があるとはいえないと坪田氏。

ルテインの積極的摂取で「黄斑」の状態を整える

また「抗酸化食」の観点から、ほうれん草やケールなどに豊富に含まれるカロテノイド成分のルテインに注目が集まっている。私たちの目の中にある「黄斑」と呼ばれる水晶体の後ろにある網膜の中心は、まさにルテインそのものといっても過言ではなく、この「黄斑」の状態が眼の健康状態を左右していると坪田氏は解説。

「黄斑」の色素濃度が低下すると白内障などの発病率が上がり紫外線を吸収しやすくなり、体内に活性酸素が生じるなど老化を引き起こす原因となる。しかしルテインの積極的摂取で「黄斑」の状態が整えられ、眼のアンチエイジングに効果的であることも示唆されている。

これまでは、例えば糖尿病の合併症として網膜症を発症した患者に、「血糖値をコントロールしましょう」というアドバイスしかできず、眼に直接的なアプローチをすることができなかったが、今後レスベラトールやルテインといった成分が生体内でどのように吸収・代謝されているかそのメカニズムを明らかにすることで、治療の幅が増えるだけでなく、予防にも確実に役立つと坪田氏。慶応義塾大学としてもSFC(湘南藤沢キャンパス)を中心にヘルスサイエンスという新たな領域として研究を拡大したいとまとめた。

肝臓病と食・薬の安全
慶応義塾大学薬学部薬物治療学 医学部消化器内科 教授 齋藤 英胤

肝臓はフィルターのような構造

肝臓そのものの働きが健康でなければ、健康食品が効き目をなさないということは、あまり知られていないと齋藤氏。 薬は消化管より吸収され、門脈という血管を介して肝臓に流れ込む。食品も薬品も全て、糖質、アミノ酸、脂質という最小単位の形で血液内に取り込まれる。このことが健康食品の領域では忘れられがちではないかと齋藤氏は指摘する。

肝臓はフィルターのような構造になっていて、吸収された物質を血液と肝細胞の間で相互に効率よく授受する。栄養素は血液中に取り込まれ、不要な毒素は排泄される。しかしこの肝臓のフィルターが目詰まりを起こすと、肝機能が低下し、ひどい場合は肝硬変になってしまう。

アルコール、肝臓で分解の際に活性酸素が発生

また肝臓はアルコール、薬剤、アンモニア等の異物を解毒・分解する役割も果たしている。分解された代謝物は腎臓や腸から排泄されるが、アルコールは肝臓で分解されることによりアセトアルデヒトと水素になる。このアセトアルデヒトがさらに酢酸へと分解・解毒される時に体内に大量の活性酸素が発生し、肝臓が活性酸素の攻撃を受け、肝機能が低下することが考えられる。

人体のなかで活性酸素の攻撃を一番受けるのは脳だが、肝臓は脳に続いて活性酸素の攻撃を受けている。日頃から肝臓に負担をかけないような生活を心がけることが極めて重要であると齋藤氏。不規則な生活も肝臓に負担となるが、暴飲暴食や過度のアルコール摂取、またサプリメントや健康食品の過剰な摂取も肝臓を傷つける要因になるという。

肝臓は自己再生能力が高いため、傷ついても自らを修復させて機能し続ける、まさに「沈黙の臓器」であり、肝臓にダイレクトに働きかける特別効果のある食品はないが、敢えて「肝臓に良い食べ物」をあげるなら、抗酸化力のある物質やビタミン類、脂肪肝には低炭水化物食、赤身肉、アミノ酸のBCAAであると齋藤氏。また肝臓には鉄などの重金属も溜まりやすいため、貧血でない限りは低鉄食を意識すると良いとまとめた。


Copyright(C)JAFRA. All rights reserved.