TPP参加による日本の医療の行方
〜平成23年度 機能性食品勉強会

2011年12月8日(木)、薬業健康食品研究会主催の「機能性食品勉強会」が大正製薬本社で開催された。今回は「TPP参加による日本の医療の行方」をメインテーマに、TPP参加による日本の医療の影響について専門家2名が解説を行った。

米国の予防医療
〜西洋医学から統合医療への流れと今後

NPO法人 日本医学ジャーナリスト協会会員 森 宏之

マクガバン報告が米国栄養政策の転機に

森氏は米国における栄養政策の方向転換や予防医療への流れを次のように述べた。
アメリカの栄養政策で、1977年の「マクガバン報告書」の影響は見逃せない。1960〜70年代、米国は冷戦構造社会の中、あらゆる意味で世界最強を誇っていたが、一方でガン、心臓病、糖尿病などの生活習慣病の蔓延、医療費の急激な増大が深刻な社会問題となっていた。その原因究明と問題解決に向け、1968年に上院で「栄養素問題特別調査委員会」を組織し、5年間に及ぶ膨大な調査を行った。

そこで結論付けられたことは「医学は栄養学が基本」、そして「栄養学を無視した近代医学では現代病は治せない」という新たな概念であった。医学のあり方を根本的に考えなおし、栄養学を基本に置く医学の確立が提言された。また、動物性脂肪の過剰摂取の改善、(日本古来の)日本食の導入、食事とガンの相関関係を調査し対策を講じることが方針として決められた。寿司などの和食がアメリカで爆発的人気を博したのも、マクガバンレポートと深い関係がある。

近年、次々と健康政策が実施

マクガバンレポートにより米国ではヘルスケア政策が大きく方向転換し、食品と病気の関係表示の義務化(「US栄養表示教育法1990年」)、栄養補助食品への市民権付与(「栄養補助食品健康教育法1994年」)、そして健康目標ガイドラインである「Healthy People2000」の制定など、次々と健康政策が実施された。また、さらなる前進のために近年、「Healthy People2010」が制定された。このようにアメリカは先進国に先駆け、栄養学と医療の関連づけ、市民への健康教育を始めている。

アメリカでは、とくにこうした栄養政策を国民に定着させるために、教育を行うというシステムがあり、そこが日本と大きく異なる。アメリカでサプリメント産業が巨大市場へと成長するが、その陰には栄養素が人体へ与える影響のエビデンスの収集や分析など企業努力も大きい。

2006年頃からオーガニック・自然食市場が急伸

アメリカでは、2006年頃からオーガニック・自然食のカテゴリーがサプリメント市場を追い越している。その背景にはLOHAS層の伸張がある。人口の3割の9000万人以上が、持続可能な社会・経済・環境を目指してライフスタイルそのものを変化させたという報告もある。

こうした流れから、アメリカで自然療法が見直されている。高額高度な治療が必要になる前に病気を押さえ込み、医療費や患者の負担を削減し、国家の財政破綻を回避するという目的がそこにはある。現在では「予防」という概念が国民に十分浸透している。

自然療法医の教育カリキュラムも充実

また、これまではエビデンスがないという理由から無視・軽視されてきた伝承医療だが、科学的な検証が進み、医師たちが正当治療として認め始めた。 医療の提供側も受けて側も徹底したプライマリーケアで医療崩壊を回避しようという流れが自然に盛り上がり、ホームドクター制にも注目が集まっている。

住民は地域のホームドクターの管轄エリアに登録され、異常が生じた場合はまずホームドクターが診断し、アドバイスを行い、できるだけ初期段階で病気を回避するか、必要であれば初めてそこから専門病院へ紹介される。こうした流れが主流となったことで、病気の8割はプライマリーケアで解消できることが分かり、社会的なヘルスケアコストの削減が実現している。同時に自然療法医の教育カリキュラムも充実し、現在では通常の医学部の教育と同等の教育・扱いが受けられるようになっている。

毎年4万5000人以上が無保険・無治療で亡くなっている

しかし、それで問題の全てが解決したわけではない。現在アメリカでは、保険制度をめぐる問題が最たるものとなっている。ハーバード大学の調査によると毎年4万5000人以上が無保険・無治療で亡くなっているという。この高い死亡率は殺人や交通事故による死者数より多く、アメリカンドリームの名の下で格差社会が拡大するにつれて、無保険の問題もさらに拡大している。

2010年3月に医療保険制度がかろうじてアメリカ議会を通過し、これにより2014年には4,600万人の無保険者のうち約3000万人が被保険者になる見込みと予測された。しかしながら、このいわゆる「オバマケア」は全米25州で憲法違反と論争され、特に高所得者層や高納税者層は新医療保険制度に大反対で、2012年の大統領選挙ではオバマ氏を落選させ、新医療保険制度を廃止に持ち込もうと必死になっているという。

TPPをテコに日本への市場開放を強硬に迫る

アメリカは保険の問題だけでなく8,000兆円という莫大な借金を抱え、TPPをテコに日本への市場開放を強硬に迫っている。

特に医療のテーマとしては混合診療、IT導入化、病院経営の株式会社化、医師・看護師の自由化、さらには健康食品、安全規制、食品添加物リスト拡大など徹底的な市場開放を求めてくることが予測される。

農業も問題となっているが、医療・健康はそれに続いて問題である。TPPは次期大統領選挙とも非常に密接に関わっているため、アメリカの動向から目が離せない。就任当初、環境保護や労働者保護で投資家保護ではなかったオバマ氏だが、このところ再選のために何でもありになっているようで、日本はアメリカの政局に振り回されることがないよう、まずは国内で意見をまとめることが大事ではないだろうか。

TPP参加による日本の医療への影響〜自由診療・予防医療はどうなる?〜
横浜大学教授 萩原 伸次郎

TPPはアメリカが自分たちの利益を見越したもの

萩原氏の周りでもTPPの是非について活発な議論がなされているという。TPP賛成派と反対派が真っ向から対立しているが、だいたいが所得と利害関係によるものであるという。

荻原氏自身はTPP参加によって「国を開く」とか「国が壊れる」という認識はなく、あくまで「第三の構造改革」として捉えているという。過去2度ほど日本では大きな構造改革が行われた。第一の改革は橋本内閣時。1998年の大規模小売店鋪法の廃止と同じく1998年の金融システム改革法。そして第二の改革が小泉改革。2004年実施の派遣労働の製造業への解禁。2005年の郵政民営化法案の成立。

その時に利益を得た人たちは基本的には富裕層であり、不利益を被った人たちは経済的弱者だったといえる。従ってアメリカがこのように日本に対して構造改革を迫ってきたということは、アメリカが自分たちの利益を見越していることは間違いないと萩原氏。

日本の市場解放が最大の狙い

国会などでTPP議論が盛んにされる時、最もよく聞かれる言葉が「国益」という言葉だが、そこには真の国益など存在しない。立場によって利益を得られる者と得られない者が同時に存在する以上、国益という言葉で議論するのは非常に危険。TPPに参加して得する職業もあれば損する職業もあり、その辺りを平等かつ正確に報道する論調が少ない、と荻原氏。

日本のTPP交渉参加は具体的には何を意味するのか。基本的な内容としては@物品貿易自由化=すべての関税を撤廃する。Aサービス貿易もその対象で、ただし金融サービスは除かれるとされている。B政府調達の解放。C貿易促進の様々な制度的規制の撤廃。D知的財産権などのルール作りであり、アジア太平洋における高い水準の自由化が目標となっている。アメリカは日本の市場解放を最大の狙いとしていることに間違いないと荻原氏。

諸外国から高すぎる薬価を指摘

今回のTPPをきっかけに財界が目論む「第三の構造改革」とは、巨大企業の支配がいまだ続く分野や市場原理主義の中でも公的システムがかろうじて維持される分野である。

その一つが医療分野である。国内において医療市場には動きがない。国民皆保険は崩壊しているといわれているが、現実は続いている。そしてこの国民皆保険システムによって、諸外国からは高すぎると指摘される薬価、原則として医療では利益を求めないという医師保護の姿勢が貫かれている。

そのためTPP参加で医療市場を解放したいと目論む側は、21世紀の医療が成長ビジネスとして拡大することを期待している。すでに政府は昨年11月の閣議決定において「経済連携交渉と国内対策を一体的に実施する」とし、その内容について@農業、A人の移動、B規制制度改革をあげている。

TPPについて議論すべきことは大きく分けると2点になる。第一に、アメリカに言われるままに参加するのではなく、国家としてどのような戦略があるのか、同等なレベルで話し合える政治家がいるのか、ということ。そもそも議論もできないのであれば交渉に参加すべきでない、という意見は一理あると荻原氏。

もう一点は構造改革(TPP参加)をしてもしなくても、日本の医療も農業も瀕死の状態に直面しているということである。日本は97年以降GDPが全く伸びず、財政危機が叫ばれ続けているが、その最たる原因は過去2回の構造改革にあったことを忘れるべきではないとまとめた。


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