放射性物質と内部被曝を考える
〜第81回食と環境のセミナー

2012年6月1日(金)、日本橋公会堂で、財団法人東京顕微鏡院主催の第81回食と環境のセミナーが開催された。「放射性物質と内部被曝を考える」をテーマに、水や大気、表土、そして気になる食品の放射性物質について、とくに内部被曝とその健康影響について専門家が解説を行った。

「低線量被ばくの健康影響」〜福島原発事故を自分で正しく判断し行動するために
京都大学名誉教授 渡邊 正巳 

40代以下の人は学校教育で放射線や原子力についてほとんど学んでいない

放射線と放射線物質は生物や環境にどのような影響を与えるのか?渡邊氏は42年間研究を行ってきた。なかでも放射線や放射性物質がどのようなメカニズムで人にがんをもたらすのか?ということを中心に研究を続けてきたという。

現在60代以上の方々は、放射線や原子力について基礎的なことは学校で学んでいるはず、と渡邊氏。現在の日本人はライフスタイルの大部分で原子の力に依存し、もちろん医療分野でも放射線は非常に身近な存在として当たり前のように用いられている。

しかし40代以下の人は学校教育でも放射線や原子力についてほとんど学ぶこともなく、そのことを正確に理解していない。それが今回の福島原発事件をきっかけに、福島や日本全体を不安に陥れた要因である。まずは自分自身で放射線や原子力を理解し、それから正常な判断することが大事だと渡邊氏は訴えた。

日本放射線影響学会で一般からの質問に即時対応

渡邊氏自身、この事故が起きた時真っ先に心に浮かんだことは、多くの人が不安と混乱に陥るだろうということだったという。自らは専門家として関わってきたが、多くの人は放射線や原子力に対して知らないばかりかアレルギー的反応を示す。そこで、なんとかその不安を解消できるよう、自らが所属する日本放射線影響学会に働きかけ、一般からの質問に即時対応するQ&A窓口をweb上にわずか4日で開設し、学会に所属する専門家が寄せられた質問には必ず回答するというシステムを構築したという。

世界最大級の科学者集団

日本放射線影響学会は、第五福竜丸の被曝事故をきっかけに昭和34年に設立され、放射線が人体と環境に与える影響を調べ続けている世界最大級の科学者集団で、会員数はおよそ1000名から成る。今回よく報道された「ICRP」へ多くの情報やデータを提供しているのも実はこの学会だという。現在も、福島原発事故に係る疑問などは、ここへアクセスすると調べることができる。また学会は全国を回り、勉強会やセミナーなどで放射線や放射性物質、原子力に関する正しい情報の発信を続けているという。

とりあえず私たちは放射線とは一体何なのかを知るべきであろう。それは量子科学の分野である。つまり放射線が引き起こす現象は、目に見えないけれど確実に起きている現象を含む。従って目の前で起きている現象とを全く同様に理解することができない、という側面を持つと渡邊氏。放射線を最初に発見したレントゲンもたかだか100年前に登場した人物であり、この分野の研究はまだ100年しか行われていない。

放射性崩壊のメカニズム

そもそも原子はビックバンから生じた。ビックバンで爆発したエネルギーは素粒子、電子、陽子、中性子を生み、92種類の元素となった。核融合を繰り返しながらすべての元素が誕生した。その原子は陽子、中性子から成る核子、つまり原子核を必ず持つ。この陽子と中性子のバランスが悪い原子核は不安定で、不安定な原子核はエネルギー的に安定になろうとし、陽子と中性子のバランスを変えようとする。

そのときに放射線と熱を出す。これが放射性崩壊である。つまり原子が安定化するときに放射線が飛び出すというのが基本的なメカニズムである。そして原子は周囲の環境や状況(圧力、温度など)にはまったく影響されず、一定の半減期で崩壊する。その崩壊に伴って、原子の構成分が放射線として放出され、同時に熱を放出する。放出された放射線は物質に作用する。それはすべての物質を構成している原子と衝突し、散乱、あるいは共鳴を介してエネルギーを失うという作用である。

外部被曝も内部被曝も生体への影響はまったく同じ

放射線はこのようなメカニズムで物質、つまり生体にも作用する。生体への影響には確定的影響と確率的影響がある。人体が放射線に被曝する方法は「外部」と「内部」の2種類があるが、等価線量(Sv)が同じならば、外部被曝も内部被曝も生体への影響はまったく同じであると渡邊氏。確定的影響とは、被爆後数日から30日程度である程度以上の線量を被曝したすべてに現れる影響のことで、これにはしきい値があり、高い線量域(>250mSv)でしか起こらないことが明らかになっている。

そして臓器の細胞死があるレベルを超えたときには、臓器の正常機能を維持できなくなり影響が現れる。例えば一度に3Sv以上の放射線を浴びると、およそ30日程度で脱毛の症状が現れる。同じく一度に3Sv以上の放射線を浴びると、およそ30日程度で皮膚障害が現れる。一度に2Sv以上の放射線を浴びると、およそ1年程度で白内障の症状が現れる。これが確定的影響であると渡邊氏は説明。

放射線発がんと自然発がんの区別は極めて難しい

一方で確率的影響とは、被曝後、長期間経ったあとに被曝した人の一部に現れる影響のことである。それは細胞死を免れた細胞に低い頻度で起こり、被爆後長期間を経て現れる晩発影響であり、放射線の痕跡は残らないので、自然発がんと区別がつかないという特徴がある。この確率的影響は臓器ではなくDNAが標的となっていて、この確率的影響の原因はDNA損傷であるという大前提があるため、確率的影響について考える時には一般的にどんなに線量が少なくても線量に比例して影響が起きると仮定されているLNT仮説(直接仮説)が用いられている。しかし、これはあくまで仮説にすぎない。がんであれば20〜30年後、白血病であれば2〜3年後に現れるとされているが、特にがんについては自然発がん頻度があまりに大きく、放射線発がんと自然発がんを区別することは極めて難しいと渡邊氏はいう。

500mSv以下では固形がん発症リスクに年齢依存性はない

渡邊氏はおもしろいデータも紹介した。日本国内において、もともと自然放射線の地域差は福島原発事故以前から存在するという。例えば日本で自然放射線が低い県は神奈川県で、0.81mSv/年だが、高い県は岐阜県で1.2mSv/年と測定されている。つまり神奈川県から岐阜県に引っ越しをすると年間で0.4mSv被曝量が増加することになる。

これを世界で考えると、例えば神奈川県からデンバーへ引っ越した場合、1年で3.2mSv被曝量が増加することになるという。しかし疫学的にみて岐阜県にがんの死者数が多く神奈川に少ないということや、デンバーに極端にがん患者が多いということもない。

確かに子どもには注意を払わなければならないという。しかしそれは1Sv以上という高い数値であり、1Sv以上では19歳未満の固形がん発症リスクが1.5〜1.4倍高いことがわかっているという。ただし500mSv以下では固形がん発症リスクに年齢依存性はないと渡邊氏は解説した。

100mSvの発がん頻度、タバコや食事による発がん頻度に比べて1/60程度

それよりもがんは通常の生理活動が原因となって生じる現象だと理解してほしいと渡邊氏は強調する。生活様式や食習慣などによって発がん頻度は大きく影響される。日本人の死亡原因の30%程度が悪性新生物=がんだが、さらにその原因の約30%がタバコ、約30%が食品、約11%が感染……ほかにも少ないパーセンテージでの発がん原因が並ぶが、そこに年間100mSvの放射線を入れたとしても0.5%程度にしかならない。

実際のところ、原爆被曝者の疫学調査結果をもとに、様々な要因を加味し、1Svの放射線は発がん頻度を5%上昇させると推測されている。さらに100mSvの発がん頻度は0.5%上昇すると予測されている。しかし、100mSvの発がん頻度はタバコや食事による発がん頻度に比べて1/60程度であり、ヒトの全死亡原因の0.15%程度にすぎない。このリスクをどうみるかということである。

100mSvから250mSvの放射線はストレス応答機能が働き生体は正常に維持される範囲

さらに私たちの体には放射線による影響を軽減するすばらしい仕組みが備わっていることを忘れてはならないと渡邊氏。放射線は決して見えない敵ではなく、生命はそもそも放射線から切り離されて存在することはできない。

低線量放射線は生体にとって特殊なストレスなどでは決してない。生命は様々なストレスに対応する仕組みを備えていて、ストレスによるDNA損傷の生成とその修復のバランスをとりながら存在している。

低線量放射線に対する生体応答の仕組みは生命が生きていくためにおこなう通常の生理活動の仕組みと同じであり、おそらく100mSvから250mSvくらいの放射線はストレス応答機能が働き生体は正常に維持される範囲であると渡邊氏。

放射線に限らず、わたしたちは様々なストレスに日々さらされているが、生理活動とストレス応答活動のバランスが取れた状況というのが、まさに生きることであると渡邊氏は結んだ。

「食事調査から見た内部被曝の評価」
京都大学大学院医学研究科環境衛生学分野 教授 小泉昭夫

風評により壊滅的な被害

福島は農業県である。従って東日本大震災からの一日も早い復興を果たすためにも、まずは農産物や畜産物に関する風評被害を減らし、農業を立ち直らせていくことが何よりも重要であると小泉氏は訴える。しかし、風評被害は決して収束することなく、出荷制限などもすべてが解除されたわけではなく、いまだ福島の農業や酪農は壊滅的な被害を受けている。

福島産の食品は果たして本当に危険なのか?3.11後の福島産の食品を摂取し続けた場合、実際のところどのような健康被害が起こると予測されるのか?そのために食事調査は極めて重要であり、小泉氏を中心とした京大グループはいち早く福島入りをし、その実状を調査し、その結果を報告した。

ストロンチウムやプルトニウム、セシウムの1/2000〜1/4000程度しか屋外で測定されていない

福島産の食品を摂取した場合、考えられる健康被害は放射性物質の「内部被曝」である。これは一般消費者が最も懸念している被害であり、実態がよくわからないことで不安を増大させている。「内部被曝」、つまり日々の食事から放射能に被曝する可能性は果たしてどれくらいあるのか。またそれは、どのくらいの期間で、体内にどれくらいの量の放射性物質が蓄積し、最終的に人体にどのような影響を与えるのか。これまで大気中の放射性物質については多くの報道がなされてきているが、内部被曝については情報が圧倒的に少なく不明瞭である。

調査方法については次のとおり。まず期間は2011年7月2日から8日間。食事だけでなく、福島で生活している人を前提に、食事と大気中の放射能被曝の両方から内部被曝した場合、どのような影響を受けるか、という評価測定を行った。ただし、評価の核種はセシウム134とセシウム137に限定。これはストロンチウムやプルトニウムについてはそもそもセシウムの1/2000~1/4000程度しか屋外で測定されず極めて微量であるため、この2つの核種については他の専門家同様、小泉氏のチームも人体に与える影響は極めて低いと判断しており、まずはセシウムを徹底的に評価することのほうが重要であると考えていると補足説明した。

食事と大気の両方からの内部被曝を想定し調査

外部被曝は大気中や地表面に沈着した放射性物質が皮膚などに付着して起こるこが、内部被曝は2つの要因があり、1つは食品に付着した放射性物質が食事によって体内に取り込まれ、体内に沈着し、体内で何らかの健康被害を起こすこと、もう1つは大気中に含まれた放射性物質が呼吸によって体内に取り込まれ、同様に健康被害を起こすという2つの方向性から起こる。そこで食事と大気の両方からの内部被曝が同時に起こるという想定で調査を進めたと解説。

福島第一原子力発電所周囲およそ20〜70キロ圏内の食品を対象

まずは食事については、福島第一原子力発電所周囲およそ20キロ〜70キロ圏内の主要市町村を訪問し、各スーパーマーケットで一般的な家庭で摂取される食品をおよそ55日分購入し(飲料水含む)、それを分析。さらに野菜については、市販の販売所ですべて福島産の野菜を購入。同様に牛乳についても市販の福島産の牛乳を購入した。

食品中の有害物質の含有量を推定する方法は一般的に2つある。1つは「マーケットバス方式」といわれ、食品を準備し、日本人の各食品の平均的な消費量から食事を再構成し、その食品中の濃度から一日摂取量を推定する手法である。もう1つは「陰膳方式」といわれ、実際に個人一人が一日に食べるものと同じ内容の食事を複製し、それを摂取して、その含有量を測定する方法。

今回この2つの推定方法を使用し、先に購入した食品に含まれる有害物質(ここではセシウム)の含有量を測定した。因みに対象として、京都府宇治市で19人から19日分の食事・間食及び飲料水を集め、測定を実施。この際野菜と牛乳は宇治市で一般的に販売されているものを使用したという。

福島産の食品を相当量摂取したとしても、内部被曝量は年間で83.1マイクロシーベルト

このように、一般的な食事を再構築して「福島で売られているもの(全国各地が生産地)と福島産の生鮮食品」、そして「京都で売られているもの(全国各地が生産地)と京都産とはかぎらないが京都の人たちが一般的に食する生鮮食品」という群に分け、先の2種類の方法で食事調査を実施したところ、次のような結果が出た。

まず福島県群では55セットの食事のうち、36セットで放射性物質が検出され、京都府群では19セットのうち1セットで検出された。そして食事由来の預託実効線量の中央値は年間3.0マイクロシーベルトであり、最小値は検出限界以下(年間1.2マイクロシーベルト以下)、最大値は年間83.1マイクロシーベルト。つまり、福島産のものを相当量摂取したとしても、内部被曝量は年間で83.1マイクロシーベルトと極めて低い数値にしかならないことが明らかになったという。

福島産の牛乳・野菜類で基準値超は見つからず

更に調査の中で、福島産の牛乳・野菜類で基準値(牛乳50ベクレル、野菜類100ベクレル)を超えた物は見つからず、基準値を超えていないが高い傾向にあるのは椎茸のみであるということもわかった。また、献立に卵を使用することで卵は汚染されていないため食事全体としての放射性物質含有量が薄まること、献立を全国各地のさまざまな食材を使用して組み立てることで放射性物質含有量が薄まることなどもわかってきたという。

大気と食事からの内部被曝数値の一年間の合計はおよそ160マイクロシーベルト

同時に大気中の放射性物質も測定を行い、これも複数の測定方法で客観的かつ平均的な数値を算出することにつとめ、福島県で24時間生活しつづけた場合、大気からの内部被曝については年間で76.9マイクロシーベルトであるという数値が明らかになったという。

この大気からの内部被曝数値と食事からの内部被曝数値を合計すると、一年間の内部被爆数値になるが、これでもおよそ160マイクロシーベルト。同様の調査を数回行ったが、最大値は175マイクロシーベルトと極めて低い数値となり、今後調査を続け食事と大気由来のものを合計しても200 マイクロシーベルト以上になることは有り得ないと解説。従って内部被曝についてはそれほど重要視する問題ではない、という見解を示した。

ただ、外部被曝つまり環境中の空間線量による被曝はその4倍で、年間で880マイクロシーベルトという数値がすでに発表されている。この数値をいかに減らしていくかのほうがやはり重要であると指摘した。

食事からの内部被曝が気になる人は、できるだけ多様な産地のものを食べるようにすると良いと小泉氏はアドバイス。また熱によって放射性物質が低減することはありえないが、独立行政法人放射線医学総合研究所によると、野菜を洗う、煮る(煮汁は捨てる)、皮や外葉は剥くことによって、放射性物質による汚染の低減が期待できる。調理方法を工夫することも良いのではないかと小泉氏は付け加えた。


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