低線量放射線は生体にとって特殊なストレスなどでは決してない。生命は様々なストレスに対応する仕組みを備えていて、ストレスによるDNA損傷の生成とその修復のバランスをとりながら存在している。
低線量放射線に対する生体応答の仕組みは生命が生きていくためにおこなう通常の生理活動の仕組みと同じであり、おそらく100mSvから250mSvくらいの放射線はストレス応答機能が働き生体は正常に維持される範囲であると渡邊氏。
放射線に限らず、わたしたちは様々なストレスに日々さらされているが、生理活動とストレス応答活動のバランスが取れた状況というのが、まさに生きることであると渡邊氏は結んだ。
「食事調査から見た内部被曝の評価」
京都大学大学院医学研究科環境衛生学分野 教授 小泉昭夫
|
風評により壊滅的な被害
福島は農業県である。従って東日本大震災からの一日も早い復興を果たすためにも、まずは農産物や畜産物に関する風評被害を減らし、農業を立ち直らせていくことが何よりも重要であると小泉氏は訴える。しかし、風評被害は決して収束することなく、出荷制限などもすべてが解除されたわけではなく、いまだ福島の農業や酪農は壊滅的な被害を受けている。
福島産の食品は果たして本当に危険なのか?3.11後の福島産の食品を摂取し続けた場合、実際のところどのような健康被害が起こると予測されるのか?そのために食事調査は極めて重要であり、小泉氏を中心とした京大グループはいち早く福島入りをし、その実状を調査し、その結果を報告した。
ストロンチウムやプルトニウム、セシウムの1/2000〜1/4000程度しか屋外で測定されていない
福島産の食品を摂取した場合、考えられる健康被害は放射性物質の「内部被曝」である。これは一般消費者が最も懸念している被害であり、実態がよくわからないことで不安を増大させている。「内部被曝」、つまり日々の食事から放射能に被曝する可能性は果たしてどれくらいあるのか。またそれは、どのくらいの期間で、体内にどれくらいの量の放射性物質が蓄積し、最終的に人体にどのような影響を与えるのか。これまで大気中の放射性物質については多くの報道がなされてきているが、内部被曝については情報が圧倒的に少なく不明瞭である。
調査方法については次のとおり。まず期間は2011年7月2日から8日間。食事だけでなく、福島で生活している人を前提に、食事と大気中の放射能被曝の両方から内部被曝した場合、どのような影響を受けるか、という評価測定を行った。ただし、評価の核種はセシウム134とセシウム137に限定。これはストロンチウムやプルトニウムについてはそもそもセシウムの1/2000~1/4000程度しか屋外で測定されず極めて微量であるため、この2つの核種については他の専門家同様、小泉氏のチームも人体に与える影響は極めて低いと判断しており、まずはセシウムを徹底的に評価することのほうが重要であると考えていると補足説明した。
食事と大気の両方からの内部被曝を想定し調査
外部被曝は大気中や地表面に沈着した放射性物質が皮膚などに付着して起こるこが、内部被曝は2つの要因があり、1つは食品に付着した放射性物質が食事によって体内に取り込まれ、体内に沈着し、体内で何らかの健康被害を起こすこと、もう1つは大気中に含まれた放射性物質が呼吸によって体内に取り込まれ、同様に健康被害を起こすという2つの方向性から起こる。そこで食事と大気の両方からの内部被曝が同時に起こるという想定で調査を進めたと解説。
福島第一原子力発電所周囲およそ20〜70キロ圏内の食品を対象
まずは食事については、福島第一原子力発電所周囲およそ20キロ〜70キロ圏内の主要市町村を訪問し、各スーパーマーケットで一般的な家庭で摂取される食品をおよそ55日分購入し(飲料水含む)、それを分析。さらに野菜については、市販の販売所ですべて福島産の野菜を購入。同様に牛乳についても市販の福島産の牛乳を購入した。
食品中の有害物質の含有量を推定する方法は一般的に2つある。1つは「マーケットバス方式」といわれ、食品を準備し、日本人の各食品の平均的な消費量から食事を再構成し、その食品中の濃度から一日摂取量を推定する手法である。もう1つは「陰膳方式」といわれ、実際に個人一人が一日に食べるものと同じ内容の食事を複製し、それを摂取して、その含有量を測定する方法。
今回この2つの推定方法を使用し、先に購入した食品に含まれる有害物質(ここではセシウム)の含有量を測定した。因みに対象として、京都府宇治市で19人から19日分の食事・間食及び飲料水を集め、測定を実施。この際野菜と牛乳は宇治市で一般的に販売されているものを使用したという。
福島産の食品を相当量摂取したとしても、内部被曝量は年間で83.1マイクロシーベルト
このように、一般的な食事を再構築して「福島で売られているもの(全国各地が生産地)と福島産の生鮮食品」、そして「京都で売られているもの(全国各地が生産地)と京都産とはかぎらないが京都の人たちが一般的に食する生鮮食品」という群に分け、先の2種類の方法で食事調査を実施したところ、次のような結果が出た。
まず福島県群では55セットの食事のうち、36セットで放射性物質が検出され、京都府群では19セットのうち1セットで検出された。そして食事由来の預託実効線量の中央値は年間3.0マイクロシーベルトであり、最小値は検出限界以下(年間1.2マイクロシーベルト以下)、最大値は年間83.1マイクロシーベルト。つまり、福島産のものを相当量摂取したとしても、内部被曝量は年間で83.1マイクロシーベルトと極めて低い数値にしかならないことが明らかになったという。
福島産の牛乳・野菜類で基準値超は見つからず
更に調査の中で、福島産の牛乳・野菜類で基準値(牛乳50ベクレル、野菜類100ベクレル)を超えた物は見つからず、基準値を超えていないが高い傾向にあるのは椎茸のみであるということもわかった。また、献立に卵を使用することで卵は汚染されていないため食事全体としての放射性物質含有量が薄まること、献立を全国各地のさまざまな食材を使用して組み立てることで放射性物質含有量が薄まることなどもわかってきたという。
大気と食事からの内部被曝数値の一年間の合計はおよそ160マイクロシーベルト
同時に大気中の放射性物質も測定を行い、これも複数の測定方法で客観的かつ平均的な数値を算出することにつとめ、福島県で24時間生活しつづけた場合、大気からの内部被曝については年間で76.9マイクロシーベルトであるという数値が明らかになったという。
この大気からの内部被曝数値と食事からの内部被曝数値を合計すると、一年間の内部被爆数値になるが、これでもおよそ160マイクロシーベルト。同様の調査を数回行ったが、最大値は175マイクロシーベルトと極めて低い数値となり、今後調査を続け食事と大気由来のものを合計しても200 マイクロシーベルト以上になることは有り得ないと解説。従って内部被曝についてはそれほど重要視する問題ではない、という見解を示した。
ただ、外部被曝つまり環境中の空間線量による被曝はその4倍で、年間で880マイクロシーベルトという数値がすでに発表されている。この数値をいかに減らしていくかのほうがやはり重要であると指摘した。
食事からの内部被曝が気になる人は、できるだけ多様な産地のものを食べるようにすると良いと小泉氏はアドバイス。また熱によって放射性物質が低減することはありえないが、独立行政法人放射線医学総合研究所によると、野菜を洗う、煮る(煮汁は捨てる)、皮や外葉は剥くことによって、放射性物質による汚染の低減が期待できる。調理方法を工夫することも良いのではないかと小泉氏は付け加えた。