食物繊維、消化・吸収への作用
〜桐山修八先生メモリアルシンポジウム

2012年9月29日(土)、大妻女子大学千代田キャンパスで、「桐山修八先生メモリアルシンポジウム」が開催。牛田氏(京都府立大学院生命環境研究科)らによる講演が行われた。

食物繊維と大腸醗酵
京都府立大学大学院生命環境研究科学研究科 牛田 一成

二足歩行から食生活のターニングポイント

人間はどういった食性を持ち、どのような進化を経て今の食生活や腸のメカニズムを獲得したのか。牛田氏は日本での研究だけでなく、アフリカでのフィールドワークによってヒト以外の霊長類の腸についても研究し、ヒトの腸の進化や特性について多角的に調査・研究を行っている。

食事で得られるエネルギーから、それを獲得するまでに消費したエネルギーコストを差し引いた残りが、動物の生命維持や成長、繁殖に用いられる。この残りの差が大きいからこそ、我々の祖先は猿人類には珍しく、早い段階での離乳と短い出産期間が実現し、肉食獣に打ち勝って現在の繁栄を地球上で獲得した、と牛田氏は解説する。

そしてその進化の過程のなかで、四足歩行から二足歩行になったことは、ヒトの食生活や脳の発展を大きく変化させるターニングポイントになったという。

脳の維持で、効率の良い食事が必要に

二足歩行は四足歩行より速度は落ちる。しかし移動に使う消費エネルギーが格段に少なくて済む。この変化はヒトの脳を飛躍的に大きくすることに貢献した。脳は大量のエネルギーと酸素を消費する器官であることはよく知られているが、現代人の脳は安静時の全エネルギーの約25%を消費するという。

これは他の霊長類と比べると2〜3倍の消費量であり、哺乳類というレベルで比較するとおよそ5〜10倍近い消費量であるという。つまり大量のエネルギーを消費する脳を維持するためには、効率の良い食事を摂取するだけでなく、他の動物より高エネルギー食が必要となる。

そしてこの進化のプロセスの中で、人類は繊維のより少ない、あまり堅くない食物を食べるようになったと考えられる。そしてもう一つ、エネルギーを大量に必要とする脳を維持するために、肉食をする必要も出てきた。脳の発達、食生活の変化は石器などの道具を生み出し、この道具は肉食の効率を更に高めた。

人間の大腸は植物食時代の特徴が色濃い

さらに火を使った調理は根菜類や豆類の菜食を可能にした。火食することで食物の消化性が高まり、低毒化することも可能となった。脳の発達において肉食が必要だという説は、現在も地球上に存在するどの狩猟採集民族も平均すると50%以上は肉食に依存しているという事実からも有効であると牛田氏。

そしてデンプンの火食と肉食という食生活の変化は歯の形態の変化と腸管の変化をもたらした。現生人類の消化体制は、ゴリラのような植物中心の食事に肉食を一定程度(5%)とりいれたチンパンジーのような形態となり、さらに進化して肉食をかなり高率に取り入れたデンプン食という特異な食事に適応する方向に進化してきた形跡がみられるという。現生人類の大腸は、典型的な草食動物より貧弱で、果実や茎葉を主食とする類人猿と比べても縮小している。

しかし、私たちの大腸は、植物食時代の特徴も色濃く残しており、肉食動物のそれとは比較にならないほど充実し、つまり構造的にも微生物を腸内で醗酵できるようにヒダ構造になっており、内容物の移動と変化を独自なものとしている。

人類の腸の形、隠れ草食動物

人類の進化とは逆のパターンで、肉食から果実などの草食に移行したクマは、大腸の形が長くはあるが、醗酵タンクとしての構造にはなっていない。このことから、私たち人類は腸の形からすると隠れ草食動物といえそうだと牛田氏はいう。

デンプンは加熱してα化すれば消化性が向上する。しかし、デンプンにはアミロースの多い難消化性部分が存在し、これらは唾液や膵アミラーゼの作用を逃れて大腸まで到達するため、食物繊維として取り扱うこともできる。一般に難消化性デンプンが大腸に到達すると、酪酸が発生しやすく、このことは大腸の機能を考えるうえで非常に重要だという。

腸内の癒しの菌ともいわれる酪酸は、現在のがん研究においてもがん細胞の増殖抑制効果があると考えられている。糖尿病治療のために糖質制限食が話題となっているが、糖質といった場合に想定されるデンプンをあまり制限しすぎた場合、大腸で酪酸が十分に供給されない恐れがあるのでその点は注意すべきと牛田氏はいう。

日本人の大腸がんの増加、高脂肪高たんぱく質への移行が背景

近年の日本人に大腸がんが増加しているのは、食の西洋化、つまり高脂肪高たんぱく質への移行が背景に存在している。

脂肪の摂取は胆汁酸の分泌を増やす。肝臓で合成される一次胆汁酸のうち過剰なものは腸内細菌により二次胆汁酸となり、この二次胆汁酸が発がんのリスクともいわれている。この二次胆汁酸は卵黄や乳酸品に多く含まれるコレステロールを過剰摂取しても増加することがわかっている。

また高タンパク質食では大腸に流入するアミノ酸が増加し、腸内でおこる脱アミノ反応によってアンモニアが生じるリスクが増加、この脱アミノのプロセスでメタンチオールや硫化水素など細胞障害の化合物も発生する。この大腸のメカニズム、特に分解や醗酵について更に解明されることで、より人間の腸にふさわしい食事、調理、食べ方が示されるはずであると牛田氏はまとめた。

難消化性糖質によるミネラル吸収促進とその作用機序
北海道大学大学院農学研究院 原 博

難消化性糖質の吸収促進作用

食物繊維を含む難消化性糖質は消化管のなかでさまざまな働きをしている。特に同時に摂取した他の食品成分の消化吸収に及ぼす影響は大きい。例えば水溶性食物繊維は糖質の吸収を遅延させたり、脂質の吸収を抑制する働きを担っている。

その一方で、不溶性食物繊維はカルシウムや鉄、亜鉛といったミネラルの吸収を阻害することも指摘され、研究されてきた。つまり、食物繊維のミネラル吸収への影響は、古くは「阻害作用」を中心に研究が進められてきた歴史がある。

しかし、難消化性糖質であるオリゴ糖が、カルシウムやマグネシウムの吸収促進作用を持つことが1990年前半に見い出され、多くの「促進」に関する研究が積み重ねられてきた。

全粒穀物に含まれるフィチン酸、亜鉛の吸収を阻害

そもそも大腸には高いミネラル吸収能力が備わっているが、これは特に腸内にオリゴ糖があることで大腸醗酵が起こり、そこで生産される物質によりミネラルの吸収が促進されるからで、近年このメカニズムが解明され知られるようになってきた。また低粘度で腸内に留まり、腸内細菌に利用される食物繊維は、ミネラルの吸収を促進する作用があると認められるようになった。

これまでは食物繊維の過剰摂取はミネラルの吸収を阻害するとされてきた理由についても、食物繊維そのものがミネラル吸収を阻害しているのではなく、全粒穀物から食物繊維を摂取した場合、全粒穀物に多く含まれるフィチン酸が亜鉛の吸収を阻害しているということまで明らかとなったと原氏はいう。

さらにこの時に不溶性繊維を同時に摂取すると、フィチン酸による亜鉛吸収阻害を回復させることを示した試験結果も出ている。全粒穀物を食べている地域の人に亜鉛欠乏症が報告されているのは事実だが、その理由は食物繊維ではなくフィチン酸であることが明確となったと原氏。

もちろん亜鉛は、特に生体防御系が貧弱な高齢者や幼児において免疫系の維持に重要なミネラルであるにも関わらず、吸収率が非常に低く、食物繊維以外の食品成分の影響も受けやすいミネラルである。

今後ヒト試験を通して、高齢者や幼児を対象とした亜鉛吸収促進作用を有する難消化性糖質含有食品の実用化が望まれると原氏はいう。

食物繊維には未知なる部分が多い

一方、水溶性食物繊維はカルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛の吸収を促進することが明らかとなっており、これは腸内で食物繊維が吸収醗酵される際に短鎖脂肪酸が生産され、大腸内のphが低下することでミネラルの溶解度が高まり吸収率も上がるからだと原氏は解説。短鎖脂肪酸は腸内を弱酸性にするので腸内環境も整え、善玉菌を増やしてくれているという。

国際食品規格委員会であるコーデックス委員会では、難消化性オリゴ糖と食物繊維の区別は表示上はしていない。しかし、高分子の食物繊維には、オリゴ糖とは異なった性質があることが明らかとなっている。

難消化性糖質によるミネラル吸収促進作用の研究は近年急速に衰えているが、最近キノコ由来の不溶性食物繊維には強いマンガン吸収促進作用があることも見い出されている。

食物繊維のどのような性質が関与しているのかはまだ解明されていないが、食物繊維という栄養素には未知なる部分がまだまだ多くあるということだけがわかっていると原氏は述べた。


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