抗酸化物質を利用したがん戦略
〜平成24年度慶応義塾大学薬学部公開講座

2013年1月11日(金)、慶應義塾大学で、同薬学部大学院薬学研究科公開講座「抗酸化物質を巧みに利用するがんの生存戦略〜先端質量分析技術によるブレイクスルー〜」が開催された。末松誠氏(慶應義塾大学医学部長・教授)が抗酸化物質とがんの関係について解説した。

抗酸化物質を巧みに利用するがんの生存戦略〜先端質量分析技術によるブレイクスルー
末松 誠 慶応義塾大学医学部長 教授

抗酸化物質のグルタチオン、肝機能向上などで有用

私たちのすべての細胞は代謝の際、活性酸素が発生する。活性酸素は細胞毒性が強く、がん細胞の生成に関与しているとされる。その毒性の弊害を少しでも避けるために、医療・健康・美容関連業界では食品から「抗酸化成分」を積極的に摂ることを推奨している。

抗酸化物質の中でも有名なものに「グルタチオン」がある。グルタチオンはアミノ酸の一種でほとんどすべての動植物や微生物の組織内に含まれる。このグルタチオンは、細胞の機能低下や変異をもたらす有害な物質を体内で解毒、肝機能を強化する作用が知られている。

コレステロールや中性脂肪が活性酸素によって酸化したものを過酸化脂質というが、この過酸化脂質の生成が細胞の老化やがん化を招くとも考えられている。グルタチオンは過酸化脂質の生成を抑制したり、生成された過酸化脂質から体を防御する働きが認められている。

グルタチオンは抗酸化作用だけでなく、肝機能向上や免疫活性、抗ストレス、アンチエイジング、がんへの効果などが期待されている。グルタチオンを多く含む食品には、アスパラガスやブロッコリー、ほうれん草やアボガド、牛レバーや赤貝などがある。

がん細胞、驚くべきスピードで増殖を続ける

そもそも代謝とは、食べ物などを摂取・消化し、ブドウ糖に変換して取り込み、筋肉や内臓あるいは脳で消費し、余ったものは脂肪として貯えられる一連のシステムのことである。

この代謝のメカニズムこそが我々の生命活動とも言い換えられるが、がん細胞の場合、周りの栄養や酸素はどんどん少なくなり、がん細胞の周囲の細胞は自身の代謝のために必要な栄養や酸素が得られず、腫瘍となる。そうした低栄養・低酸素の状態でもがん細胞は驚くべきスピードで増殖を続けるのが特徴である。

がん細胞、酸素を使わずATPを作る

細胞が代謝しながら倍々に増えるためには、莫大なATP(アデノシン三リン酸)が必要となる。ATPは、すべての植物、動物および微生物の細胞に存在するエネルギー分子で、細胞の増殖、筋肉の収縮、植物の光合成、菌類の醗酵などの代謝過程にエネルギーを供給するためにすべての生物が使用している。このATPも通常私たちの食事が消化吸収される代謝過程で、活性酸素によって作られる。

ところで、正常な細胞は、酸素を使ってATPを作り出すが、がん細胞は酸素を使わず、ATPを作り出すことが近年解明されているという。

この酸素を使わない方法を、解糖系の代謝という(解糖系とはブドウ糖をピルビン酸や乳酸などに分解しATPを生産する化学反応)。

末松氏らの研究グループは世界に先駆け、定量的質量分析イメージングシステムを開発し、虚血状態や低酸素状態でがん細胞がどのように代謝するのか、その特性についての研究を行っている。がん細胞は低酸素でも代謝を繰り返し増殖するが、高度な解糖系(ブドウ糖使用)の代謝でATP作り出していることが分かってきたという。

がん細胞は周囲のエネルギーを独り占めし、ブドウ糖を利用しながら低酸素状態でATPを作り出し、自らの代謝に利用している。さらに、ブドウ糖の量が制限されると今度はアミノ酸を活用しATPを作り出すことも分かってきたという。

がん細胞にはATPが非常に多く含まれていることも明らかになっているが、最新の研究で明らかになったのが、先に挙げた抗酸化物質グルタチオンとがん細胞の関わりである。

がん細胞、抗酸化物質を使い巧妙にサバイバル

グルタチオンは細胞内の異物や毒素を細胞外へ排出する作用があるが、がん細胞、特に抗がん剤に耐性のある強いがん細胞内では、このグルタチオンの抗酸化作用が非常に発達していることが分かってきたという。

がん細胞も増殖のための代謝を行うたびに、自分ら活性酸素を作り出すが、その活性酸素の毒性を回避するためにグルタチオンを利用している可能性が推測されるという。つまり、がん細胞は抗酸化物質を使って巧妙に自らサバイバルをしているのではないかと末松氏。もちろん、グルタチオンを使ってどのようにがん細胞が生き延びていくのかその詳細についてはまだわかっていないが、がん細胞の代謝経路を研究することで新たな抗がん剤の開発も可能になるという。

がん細胞の生存戦略

最新の研究として、細胞内のグルタチオン量を低下させたがん細胞に抗がん剤を投与すると、より少ない投与で抗がん剤の効果が発揮されることが可能となることも報告されつつある。

自らの活性酸素の被害を避けるために抗酸化物質を巧みに利用するというのが、がん細胞の生存戦略なのか? そもそも代謝の研究についての80%くらいは未知の領域、がん細胞の代謝の研究は抗がん剤の開発において、重要な役割を果たすとした。


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