アメリカでは、「医療の高額化」が定着
2010年3月に成立したオバマ大統領の医療改革法案(オバマケア)。医療格差の是非、プライマリーケア(初期診療/かかりつけ医)の充実など、今、まさに取り組みがなされている。
しかし共和党の反対は未だ根強く、オバマケアの実現こそが再選したオバマ大統領の2期目の主要課題となっている。今後10年ほどでアメリカの医療保険制度の改革は大きく進むのではないかと期待されている。それは同時に、アメリカの格差社会の解消への期待でもあると森氏。
アメリカは26代大統領セオドア・ルーズベルトの時代(1933年〜)から国民皆保険制度を目指していた。しかし、19世紀より存在していた民間の医療保険の方がすでに社会的に普及していたことや、さまざまな社会的背景が重なり、国民皆保険制度が未だに実現できずにいるというのが現状だ。
特に1970〜80年代に、医療における倫理委員会の設置が義務づけられ、経営と医療の2重構造化が強化、さらに保険会社の病院を中心とする医療分野への進出が盛んになったことなどが原因で、アメリカの医療は大きく変質し、「医療の高額化」が定着してしまった、これが、オバマケアが進まない根底の問題であるという。
高額な保険料が支払えず自己破産者が続出
アメリカの現在の医療制度は、公的医療保険と民間医療保険の2本立てとなっている。公的医療保険制度には2種類ある。一つは「メディケア」で、65歳以上の高齢者、65歳未満の身体障害者、末期の腎疾患患者が対象とされ、4種の保険から成る。
もう一つが「メディケイド」。これは実質的な生活支援金とも言え、低所得者向けの医療保険として利用されている。公的医療保険はこの2種で、対象が弱者に限られている。高齢者でも貧困者でもない、平均的なサラリーマン・自営業・学生・公務員等は、こうした民間の保険会社を利用している。
高齢者はメディケア、貧困者はメディケイド、一般は民間医療保険という棲み分けだが、現在900万人以上のアメリカ人がメディケアとメディケイドの両方の恩恵を受けているというのが実態。さらに、受給者の大半が勤労者世帯に属していることが最大の問題であると森氏はいう。
しかも民間医療保険は道徳的にも暴走しているという。これはアメリカの医療費が世界一高いことが背景にあるためだ。一世帯あたりの年間医療保険料は平均で72万円ともいわれ、この高額な民間医療保険料が支払えずに自己破産する人が続出している。自己破産が原因で中流階級から貧困層へ転落するケースも少なくない。その受け皿となるメディケアとメディケイドへ加入する人は毎年増加傾向にある。
アメリカの医薬品費、42兆円超
そもそもアメリカの医薬品費の市場規模は42兆円を超えている。これは世界全体の医薬品費の約54%を占める。しかもアメリカの医療保険は日本の医療保険のシステムとは真逆だ。日本では所得の高い人ほど保険料を多く支払う累進性だが、アメリカは高所得者ほどセルフメディケーション意識が高いという理由から保険料が安いという逆累進性となっている。この考え方が貧富の差をより拡大させる一因になっている。
ハーバード大学医学部の調査によると、アメリカでは医療保険に無加入であるために毎年4.5万人が満足な治療を受けることができずに死亡しているという。この数は飲酒運転や殺人による死者よりも多い。また60歳以下の成人で、医療保険に入っていない人の死亡リスクは、入っている人よりも40%高いという統計もある。
2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは「アメリカの医療保険制度を含む、アメリカにおける格差のすべての源は、アメリカ人の人種差別問題にある」と指摘し、国家の再生のために、オバマケアを実現させることを支持している。
「コンビニクリニック」が出現
オバマケアへの反対者の多くは、自ら無保険者になることを選択した「フリーライダー」と呼ばれる中小業者などである。約4,700万人の無保険者のうち約40%は医療保険の負担能力があるとされるが、その多くが「フリーライダー」である。また、同時にオバマケアの被対象者(民間医療保険の適用外の非雇用者など)である低所得者層も反対しているという。
民間医療保険に加入している1.6億人のうち1.3億人は新医療制度が成立したら、公的保険に切り替えたいとしている。そのため、保険業界そのものも危機を感じ強く反対している。病院協会も反対の姿勢を崩さない。
さらに近年は、病院に駆け込むことのできない無保険者をマーケットにした「コンビニクリニック」なるものが現われている。大手ドラッグストアチェーンが中心となって現在700店舗程度のコンビニクリニックがニッチ産業としてアメリカ全土に出現しており、薬剤師を中心に医師や看護師資格者を配置しているが、安易な薬の過剰摂取によって副作用の問題などが深刻化しはじめているという。
ホームドクターを増やす施策
オバマケアのなかで、いま早急に見直しが進められているのがホームドクターである。ホームドクターは地域住民の一般的な医療相談を受ける役割を果たす。保険加入者はホームドクターの紹介なしで専門医にかかった場合、保険は適用されず全額自己負担しなければならない。そのため、いわゆる「町のお医者さん」であるホームドクターは安易な専門医利用を阻止するゲートキーパーで、医療費の抑制や診療時間の問題解決などの役割を果たしている。
だが、ホームドクターは専門医に比べ、収入面でも労働時間面でも労働環境が厳しく、専門医との格差は広がる一方でなり手も少ない。実際、アメリカではホームドクターは圧倒的に不足している。
・
・