アメリカの医療改革の行方〜日本はどうすべきか 〜平成24年度機能性食品勉強会
2013年2月28日(木)、平成24年度「第2回機能性食品勉強会」(主催:薬業健康食品研究会)が開催された。日本医療ジャーナリスト協会の森 宏之氏が「アメリカの医療改革の行方〜日本はどうすべきか」と題して講演した。

アメリカの医療改革の行方〜日本はどうすべきか
日本医療ジャーナリスト協会 森 宏之

アメリカでは、「医療の高額化」が定着

2010年3月に成立したオバマ大統領の医療改革法案(オバマケア)。医療格差の是非、プライマリーケア(初期診療/かかりつけ医)の充実など、今、まさに取り組みがなされている。

しかし共和党の反対は未だ根強く、オバマケアの実現こそが再選したオバマ大統領の2期目の主要課題となっている。今後10年ほどでアメリカの医療保険制度の改革は大きく進むのではないかと期待されている。それは同時に、アメリカの格差社会の解消への期待でもあると森氏。

アメリカは26代大統領セオドア・ルーズベルトの時代(1933年〜)から国民皆保険制度を目指していた。しかし、19世紀より存在していた民間の医療保険の方がすでに社会的に普及していたことや、さまざまな社会的背景が重なり、国民皆保険制度が未だに実現できずにいるというのが現状だ。

特に1970〜80年代に、医療における倫理委員会の設置が義務づけられ、経営と医療の2重構造化が強化、さらに保険会社の病院を中心とする医療分野への進出が盛んになったことなどが原因で、アメリカの医療は大きく変質し、「医療の高額化」が定着してしまった、これが、オバマケアが進まない根底の問題であるという。

高額な保険料が支払えず自己破産者が続出

アメリカの現在の医療制度は、公的医療保険と民間医療保険の2本立てとなっている。公的医療保険制度には2種類ある。一つは「メディケア」で、65歳以上の高齢者、65歳未満の身体障害者、末期の腎疾患患者が対象とされ、4種の保険から成る。

もう一つが「メディケイド」。これは実質的な生活支援金とも言え、低所得者向けの医療保険として利用されている。公的医療保険はこの2種で、対象が弱者に限られている。高齢者でも貧困者でもない、平均的なサラリーマン・自営業・学生・公務員等は、こうした民間の保険会社を利用している。

高齢者はメディケア、貧困者はメディケイド、一般は民間医療保険という棲み分けだが、現在900万人以上のアメリカ人がメディケアとメディケイドの両方の恩恵を受けているというのが実態。さらに、受給者の大半が勤労者世帯に属していることが最大の問題であると森氏はいう。

しかも民間医療保険は道徳的にも暴走しているという。これはアメリカの医療費が世界一高いことが背景にあるためだ。一世帯あたりの年間医療保険料は平均で72万円ともいわれ、この高額な民間医療保険料が支払えずに自己破産する人が続出している。自己破産が原因で中流階級から貧困層へ転落するケースも少なくない。その受け皿となるメディケアとメディケイドへ加入する人は毎年増加傾向にある。

アメリカの医薬品費、42兆円超

そもそもアメリカの医薬品費の市場規模は42兆円を超えている。これは世界全体の医薬品費の約54%を占める。しかもアメリカの医療保険は日本の医療保険のシステムとは真逆だ。日本では所得の高い人ほど保険料を多く支払う累進性だが、アメリカは高所得者ほどセルフメディケーション意識が高いという理由から保険料が安いという逆累進性となっている。この考え方が貧富の差をより拡大させる一因になっている。

ハーバード大学医学部の調査によると、アメリカでは医療保険に無加入であるために毎年4.5万人が満足な治療を受けることができずに死亡しているという。この数は飲酒運転や殺人による死者よりも多い。また60歳以下の成人で、医療保険に入っていない人の死亡リスクは、入っている人よりも40%高いという統計もある。

2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは「アメリカの医療保険制度を含む、アメリカにおける格差のすべての源は、アメリカ人の人種差別問題にある」と指摘し、国家の再生のために、オバマケアを実現させることを支持している。

「コンビニクリニック」が出現

オバマケアへの反対者の多くは、自ら無保険者になることを選択した「フリーライダー」と呼ばれる中小業者などである。約4,700万人の無保険者のうち約40%は医療保険の負担能力があるとされるが、その多くが「フリーライダー」である。また、同時にオバマケアの被対象者(民間医療保険の適用外の非雇用者など)である低所得者層も反対しているという。

民間医療保険に加入している1.6億人のうち1.3億人は新医療制度が成立したら、公的保険に切り替えたいとしている。そのため、保険業界そのものも危機を感じ強く反対している。病院協会も反対の姿勢を崩さない。

さらに近年は、病院に駆け込むことのできない無保険者をマーケットにした「コンビニクリニック」なるものが現われている。大手ドラッグストアチェーンが中心となって現在700店舗程度のコンビニクリニックがニッチ産業としてアメリカ全土に出現しており、薬剤師を中心に医師や看護師資格者を配置しているが、安易な薬の過剰摂取によって副作用の問題などが深刻化しはじめているという。

ホームドクターを増やす施策

オバマケアのなかで、いま早急に見直しが進められているのがホームドクターである。ホームドクターは地域住民の一般的な医療相談を受ける役割を果たす。保険加入者はホームドクターの紹介なしで専門医にかかった場合、保険は適用されず全額自己負担しなければならない。そのため、いわゆる「町のお医者さん」であるホームドクターは安易な専門医利用を阻止するゲートキーパーで、医療費の抑制や診療時間の問題解決などの役割を果たしている。

だが、ホームドクターは専門医に比べ、収入面でも労働時間面でも労働環境が厳しく、専門医との格差は広がる一方でなり手も少ない。実際、アメリカではホームドクターは圧倒的に不足している。

ホームドクターを目指す学生も医学生全体の2割を切っている。そのため、特に女性のホームドクターを増やすこと、あるいは諸外国出身のホームドクターを増やすことでなんとか解決を図ろうという施策もオバマケアの一つという。

オバマ政権の「プライマリーケア政策」10指針

オバマ政権が打ち出す「プライマリーケア政策」は次の10の指針からなる。
@幅広い治療法の提供(先進医療から自然療法まで)A低コストでの治療法の提供(自然療法含む)B高額な外科的手法の必要性の減少C処方薬のコストの減少D医薬品の副作用の減少E医療機関での病気発症の減少(感染症の予防など)F誤診率の引き下げG西洋医学の原因療法による高価な治療の削減H病気予防法の提供I保険コストの減少

先進医療から自然療法までを同等に扱い提供しようという観点から保険制度は問題を抱えているが、医療ではアメリカは先進している部分が多いのも事実であると森氏。例えば、アメリカではセカンド・オピニオン制度が確立しているし、チーム医療の概念も確立されている。

がんの場合は、病理医、放射線専門医、腫瘍専門内科・外科医、看護師、薬剤師などがチームで患者の治療にあたるため心強い。日本ではハードルの高い臨床試験や医療教育も進んでいる。そのため海外から渡米する患者数は年々増加し、特に日本や韓国から自国で受けることのできない専門的な治療を求める患者が増加しているという。

日本人に対しては意思疎通の問題がないように、医療チームに日本語通訳が入っていたり、日本語の通じる医師や看護師を紹介するコーディネーター企業まで存在するという。さらにはメディカルツーリズムにも力を入れている。例えば、テキサスではスポーツ、観光、ショッピングなどの環境整備が進んでいて、海外の患者の受け入れに一役買っている。またサプリメントや機能性食品の開発、販売についても世界一である。

日本は看護師不足が深刻

これに対し、日本は国民皆保険制度は維持されているが、崩壊寸前レベルで、医療そのもの安全性に対しては諸外国から懸念が指摘されている。例えば、日本は圧倒的な医師不足状態が長く続いている。さらに、医師以外の医療従事者(看護師、保険師、助産師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士など)=コメディカルの数も絶対的に不足している。アメリカはコメディカルの数が多く質も高い。

特に日本では看護師不足が深刻で、大卒の看護師がほとんどいない。他にも、医師法が厳し過ぎる、チーム医療の概念がほとんど芽生えない、セカンド・オピニオンの概念が定着しない、臨床教育の不足など多数の問題を抱えている。産科・小児科は荒廃し、機能性食品やサプリメントと医療現場の連携も進んでいない。

健康を維持するためには禁煙が絶対だが、低過ぎるたばこ税は世界的に問題だと指摘されている。つまり諸外国から「医療鎖国から脱却せよ」と指摘されているのである。実際、良質な医療を求め、海外へ脱出する日本人患者は年々増加していると森氏。

日本の医療はガラパゴス化

この後進的な状態はアジア圏でも日本が特に深刻であるという。シンガポールではすでに80年代から医療立国を目指し、世界で活躍する優秀な医師を多数輩出している。医療ツーリズムも10年以上前から推進され、外国人患者はすでに年間60万人を突破し、今は100万人を目標としている。

タイはシンガポールを抜き、医療ツーリズム、医療スパといった総合的なヘルスケアが売りで成功している。韓国は2009年に医療法が改正され、医療ツーリズムをスタートし始めている。

中国は遅れながらも経済発展と同様の急進撃で、医学論文数は急増、世界から注目を集めている。さらに上海バイオチップコーポレーションや北京ゲノムセンターなど、先端医療に対する力の入れ方が際立っており、国家として日本を追い越すことを至近の目標に掲げている。

すでにアメリカの医療は世界的な医療ツーリズムの波に乗り、その医療技術やサービスを国内にとどめることなく病院や医学部を世界に進出させることを目指し、国家プロジェクトとして世界進出が計画されている。しかし日本の医療は海外進出が何歩も遅れ、アジア諸国と比較しても「ガラパゴス化」していると言わざるを得ないと森氏。

医療難民を生んでいるという現実

いま日本医療の将来には暗雲が立ちこめている。医療先進国からはすでに転落し、特に創薬部門は世界のスタンダードから立ち後れている。21世紀の創薬とはゲノム解析が不可欠で、ゲノム創薬へ転換することが日本の創薬部門にも求められている。

他にも日本医療の弱点として、遺伝学に弱いこと、基礎研究への予算配分のアンバランス、研究の遅れ、国家として統一戦略がなく省庁がバラバラである。TPP参加が日本の医療の再生に役立つかどうかは賛否両論あるが、アメリカからは混合診療の解禁、ドラッグラグ、ディバイスラグの解消が求められている。

日本の国民皆保険制度は世界に誇れるが、反面現実の医療との間に大きな齟齬をきたし、社会的矛盾が医療難民を生んでいるという現実がある。医療制度の改善は国家の主要な問題であり、日本再生のためには国民皆保険制度の正常な維持と医療立国を目指すことこそ鍵となるとした。


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