日本の大気環境と健康への影響
〜第63回日本アレルギー学会秋季学術大会

2013年11月30日(土)、都市センターホテルで、「第63回日本アレルギー学会秋季学術大会 市民公開講座」が開催された。今回は、環境微粒子が花粉症のようなアレルギー疾患だけでなく、健康全体にどのような影響を与えるのかについて講演が行われた。この中から、新田 裕史氏(独立行政法人国立環境研究所 環境健康研究センター長)の「日本の大気環境と健康への影響」を取り上げる。


PM2.5、対応も複雑

私たちは呼吸をすることによって絶えず酸素を取り込み、それにより生かされている。当たり前のように吸い込んでいる空気の中にはさまざまな汚染物質が含まれている。汚染物質には粒子状のものだけでなくガス状のものもある。これらの成分は極めて多様で複雑であることが特徴と新田氏。

今年話題となったPM2.5は粒子状の汚染物質に分類できるが、さまざまな物質から成る複雑な粒子物質で、対応も複雑になる。つまり特定の方法で対策をすることができない。空気中から特定の汚染物質だけを取り除くこともできない、また特定の物質だけを吸い込まないようにする方法もない。

1955〜1960年初頭、日本も今の中国レベル

大気中の汚染物質の複雑な構成は今に始まったことではない。近代になり、汚染物質がより複雑化してきたが、日本の歴史を振り返ると、今の中国レベルほど汚染されていた時期もあった。

正確な計測やデータが残されているわけではないが、1955〜1960年初頭は日本はおそらく今の中国レベルに汚染されていた可能性が十分あり、公害問題は日本の歴史上最も深刻な時期であったと新田氏。

今年は、高濃度の大気汚染が頻繁に起こるという奇妙な現象が多発し世間を騒がせた。しかしその原因を特定するには至っていない。つい最近も千葉でPM2.5が高濃度に検出されてニュースとなったが、その原因はわからないままという。

国が目指す大気汚染基準に対し、現在の達成状況が完全とはいえない、また国際的に、日本は最も大気環境が良い国ともいえないが、といって悪い部類でもなく、安心して暮らせるレベルであることを冷静に受け止めてほしいと新田氏。

過去2年と比較し特に高い濃度の一年だった

1970年代から大気汚染防止対策が国を挙げて行われ、汚染状況が著しく改善した。その後2000年代頃までは、横這い状態で続き大きな変化はなかった。2000年代からはさらに状況は良くなり、今年のように大気汚染が話題になった年でも、極めて状況が悪化したということはない。

確かに今年の春はPM2.5の報道が多かった。西日本を中心に広域で汚染濃度が上昇し、また九州や西端の離島でも高濃度が計測されることが幾度もありニュースとなった。しかし過去2年と比較してみると、実際は特に高い濃度の一年ではなかった。

中国からの越境大気汚染が原因と報道されたが、実は国内汚染の寄与も相当程度あったと推測できる事例も数日以上あり、両者の定量的な寄与については解析が進められたが明確な答えは得られていないという。

PM2.5、高濃度曝露による身体影響についての研究はほとんどない

PM2.5が注目されたのは、これまで健康への影響が認められないと想定されていた濃度よりも、低い濃度で影響が見られるという米国での20年に及ぶ疫学研究の結果が明らかとなったことがきっかけだった。

しかし高濃度のPM2.5に曝露された場合の影響については知見や研究がほとんどない。今後中国でどのような健康被害が報告されるかに注目が集まっていると新田氏。

PM2.5に限らず、大気汚染が健康にどのような影響を与えているか調べるには疫学研究に頼るしかない。もちろん世界中で何百という疫学研究データがストックされている。

それらの調査結果から、大気汚染によって呼吸器症状や呼吸機能の変化、心臓・循環器の機能変化、医療機関への受診・入院数・外来受診の増加や変化、呼吸器系・循環器系疾患による死亡者数の増加、肺がんの増加、胎児・小児への影響が起こることが分かっている。

またこれらの疫学調査からPM2.5の健康リスクについて考えると、以下のような場合は心配するレベルであると新田氏は解説。

・長期的に環境基準(年平均値15μg/m3以下)をかなり超えるような状態が何年も続いた場合で、しかも健康に影響が大きい成分が減らないことが続く場合。

・短期的に環境基準(日平均値35μg/m3以下)の何倍(とりあえずの目安は70μg/m3)にもなるような濃度が何日も続く場合。

・呼吸器や循環器などの病気がある人は、健康な人よりも影響が強く現れたり、より低い濃度でも影響が現れる場合があるので注意が必要。

マスクなどで曝露の低減が期待

PM2.5による健康被害を低減するために個人としてできることは、マスクなどで曝露の低減が期待されるが、マスクや衣類による具体的な健康への影響防止効果についても実は検証されていないという。

子どもや病人など感受性が高いと考えられる人は、大気汚染レベルの正確な情報を把握した上で、適切な管理を行うことが求められるが、個人が経済的に負担を伴うような(引越など)曝露低減策を講じなければならないという状況ではない、それよりもタバコの健康被害や非喫煙者でも分煙されていない場所での汚染濃度を気にする方がよいと新田氏は解説した。


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