未病を治す神奈川県の挑戦
〜第61回日本栄養改善学会市民公開講座

2014年8月22日(金)、パシフィコ横浜で、「第61回日本栄養改善学会学術総会市民公開講座」が開催された。神奈川県知事の黒岩 祐治氏が、「未病を治す神奈川県の挑戦」と題し、神奈川県の医療の取り組みについて語った。


2050年、日本で85歳以上の女性の人口分布が一番多くなる

日本は超高齢化社会を迎えているが、2050年の日本は85歳以上の女性の人口分布が一番多くなることが予測されているという。その頃になると、病院は病気を治療するところではなく死亡診断書を書き続ける場所になるのではないかと言われているそうだ。

そのような状況の中で神奈川県ではいち早く対策を始めているという。その対策は「最先端医療と最新医療技術の追求」、そして「未病治療」という2つのアプローチから成ると黒岩氏は解説。

「最先端医療と最新医療技術の追求」は、具体的にはiPS細胞の研究や介護や介助に役立つ生活支援ロボットの研究開発、マイカルテの導入など。また、「未病治療」は「医食農同源のススメ」「運動習慣の啓蒙と奨励」「ライフスタイルの見直しの場の提供」などであるという。

健康寿命日本一を目指す

実際、神奈川県の中でも京浜臨海部は「最先端医療の総合特区」として、これまでにない医薬品や医療機器の実用化を図る等、最先端医療産業の創出に政府とともに力を入れている。

同県内には年内に「相模縦貫道路」が開通する予定で、その周辺エリアを「さがみロボット産業特区」とし、生活支援ロボットや災害支援ロボットの実用化に向けロボットの体験できるショールームもオープンする。

また神奈川県全域は全国に6つしかない国家戦略特区の1つに選ばれているが、国際的な経済活動の拠点として政府からも推進され、その戦略の肝こそが健康寿命日本一と新たな市場・産業の創出を目指す「ヘルスケア・ニューフロンティア」であるという。

1歩でも健康の方向に近づくことが未病治療

こうした取り組みは海外でも注目を集めており、黒岩氏も世界各国でその概要を講演している。この取り組みを説明するうえで重要な概念が「未病」だが、この言葉は英語にはないため「MI-BYO」で通し、今やアメリカやシンガポールなどで普及しつつあるという。

未病の概念や未病の治療という概念を説明するのは非常に難しいが、ポイントは「1歩でも健康に近づけることだ」と黒岩氏。 黒岩氏には未病治療に力を入れるきっかけとなった経験がある。それは実父が85歳の時に肝臓がんが見つかり、余命2ヶ月と宣告され、在宅介護をしたことだという。

がんは末期であったため医療機関も手を尽くせなかったが、なんとかしたいという思いから、黒岩氏はある中国医に相談した。その時に「未病から治しましょう」と、長芋を蒸したものを毎日父親に食べさせるようにいわれたという。

既に末期がんであった父親に未病治療の概念は当てはまらないと思ったが、病気であっても1歩でも健康の方向に近づくことが未病治療であることを教えられ、藁をもつかむ思いで「蒸し長芋」を父親に食べさせたという。

実は中医学では山芋を干したものは山薬という薬で、それは長芋を蒸しても同じであることが後にわかったそうだ。

また中国には「有胃気即生」という言葉があるが、これは「胃の気が高ければ人は生きることができる」という意味で、蒸し長芋はまさに胃の気を高める食材であったという。

1日3食の蒸し長いもと処方された漢方薬を取り続けるうちに、寝たきりだった黒岩氏の父親は徐々に食欲を取り戻し、しまいにはステーキやビールまで口にするようになり、最終的には自ら歩行するようになり、その頃は12pあったがんも3pにまで小さくなっていたという。

生きる気力を高めていくことが大事

ただ、この経験を科学的に証明しろといわれてもできない、と黒岩氏。しかし自らのこの経験が病気であっても未病治療はできる、一歩でも健康の方向にベクトルを戻すことが大事で、この発想が現在の医療には足りないのではないかと指摘する。

未病治療は予防とも違う。予防はやはり「健康」な人が病気にならないようにすることであり、がんの人には「予防」は存在しない。

しかし未病治療は病気の人にも適用できる。人間の体、心、臓器のすべてをトータルで見つめながら生きる気力を高めていくことが大事でありそのアプローチの重要性を神奈川県としても積極的に発信していきたいという。

オーダーメード医療、個別医療を目指す

黒岩氏は現在「ヘルスケア・ニューフロンティア」の一貫として研究開発されている最先端医療の具体例も紹介。例えば健康管理機能付きのトイレ。

現在のトイレには消臭機能が付いているが、この機能を利用し、においの情報をデータで送ることで健康状態が判定できるというシステムを研究開発。また、電話機能から声のデータを集め、声だけでうつ症状の始まりが見つけられるというシステムを研究開発中だという。

すでに神奈川ではお薬手帳の電子化が進められており、こうした個人の情報を収集・集積し、クラウドにストックしていくことで、予防医療、未病治療だけでなくオーダーメード医療、個別医療を目指すという。

また例えばウォーキングをするとポイントがたまり、圏内のお買い物で割引が受けられるといったサービスなども検討しているという。

「MI-BYO」の概念が世界で注目

こうした斬新なアイディアは「MI-BYO」の概念ともに世界でも注目されはじめていると黒岩氏。

これまでの「健康か病気か」という発想は「白か黒か」という西洋的な発想だが、「健康か病気か」という問題はグラデーションの世界であり、そのグラデーションをそのまま表現することはやはり東洋思想であり、その考え方にこそ欧米人から注目が集まっていると感じるという。

未病治療に大切なことは「食、運動、社会参加」の他に、前述したような「新しい視点」であり、これこそ新しい医学の在り方でもあると黒岩氏は語った。


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