動物由来病原細菌による食肉の汚染
〜東京大学食の安全研究センターシンポジウム


2017年2月22日、東京大学にて「東京大学食の安全研究センター 創立10周年記念シンポジウム〜食科学の現在と近未来」が開催された。この中から、関崎 勉氏(東京大学食の安全研究センター長)の講演「動物由来病原細菌による食肉の汚染」を取り上げる。


動物がほとんど症状を示さない感染症もある

食肉や乳製品となる動物の感染症は、家畜の生産を阻害し、畜産家や消費者に経済的ダメージを与えるだけではない。

人に感染症を引き起こす可能性があり、非常に厄介で、食の安全の確保のためにも「畜産の感染症対策」は非常に重要な課題である。

そのため、日本では家畜が明らかな感染症状を示した場合、農場で迅速に適切な処置が取られ、被害が人に及ぶことは今ではほとんどありえない。

しかし、怖いのが、動物がほとんど症状を示さない感染症もあるということだ、と関崎氏は指摘。

私たちにとって身近な「O157」や「サルモネラ」もその一例である。これらの菌は農場で発見されることが難しく、どの段階でどのように食肉に紛れ込んだか特定できないことが多い。

豚レンサ球菌、人にも感染

こうしたことから、食の安全センターの食品病原微生物研究室では豚の病原体の一つである「豚レンサ球菌」について研究してきたという。

豚レンサ球菌は、重症の場合、豚に髄膜炎や敗血症などを引き起こし、人にも同様の感染症を引き起こす。

日本では1979年に島根県で報告されたことをきっかけに全国で発生しているが、人への症例はこれまでに20例未満と少ない。

しかし、いずれも髄膜炎などの重篤な症状となり、死亡例も2例あるという。

また話題になったのが、一昨年、一般消消費者が家庭で豚肉の調理中に手指の傷から感染した例があったことである。

つまり日本でも危険性がないわけでなはなく、誰もがこの菌のリスクや対策・予防法について知っておく必要がある。

ベトナムやタイでは年間100人以上が死亡

豚レンサ球菌は世界中で発生しており、日本では人への感染事例は少ない。

しかし、豚肉を生で食べる習慣のあるベトナムやタイでは年間100人以上がこの菌の感染が原因で亡くなっていることが報告されている。

豚レンサ球菌の恐ろしい点は、全く症状を示さず健康な状態で、と畜の段階まで発見されないこともあるということだ。

と畜場まで来て心内膜炎が発見され、豚レンサ球菌の感染が発見された場合はその場で全廃棄となるため、人への感染は免れるが飼育者の経済的ダメージは大きい。

豚レンサ球菌は、と畜場の最終段階で発見されることは珍しいことではないため、健康な豚が潜在的に保有する病原体の一つと考えられるようになっているという。

汚染ルートが明らかに

豚レンサ球菌については、農場の豚がどの程度保有し、食肉を汚染するかなど詳細はこれまでわかっていなかった。

食の安全研究センターでは、農場で豚レンサ球菌が潜在的に存在している場所を探索し、市販食肉への汚染ルートを調査してきた。

その結果、これまで豚レンサ球菌は35種類の血清型が報告されていたが、うち6つは分類学上異なる菌種に分類でき、6つの血清型を除く真の豚レンサ球菌のみを陽性とする遺伝子検査法を開発することに成功したという。

豚レンサ球菌、加熱によって死滅

さらに、ゲノム解析で、豚レンサ球菌の遺伝子は国内で飼育されているほぼ100%の豚の唾液から検出されることを特定し、豚間で感染を繰り返していることが分かった。

また、と畜場では衛生管理が徹底しているため殆ど細菌が検出されないことや、市販豚肉ではレバーやタンのような内臓肉で60%程度の汚染があり、コマ肉などの生肉では汚染が20%程度であることなども分かった、という。

つまり、豚レンサ球菌は農場内や農場環境が汚染源ではなく、豚の体内に潜在し、特に内臓(タン)はもともと汚染されていると考えた方が良いことがわかった、という。

豚レンサ球菌は加熱によって死滅するため恐れることはないが、それでも一昨年の家庭での感染などの例からも、食肉を正しく扱うことの重要性や食肉を取り扱う人たちへの情報・知識の共有などが重要であることに間違いはない。

またこの事例がO157の感染経路を考えるのにも役立つのではないか、と話した。


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