食事で摂取されるリン、寿命を制御〜第8回 慶応義塾生命科学シンポジウム

2017年12月6日(水)、慶應義塾大学にて「第8回 慶応義塾生命科学シンポジウム 食と医科学フォーラム〜食・運動・ごきげんでアンチエイジング」が開催された。この中から、宮本 健史氏(慶応義塾大学医学部整形外科 特任准教授)の講演「食事で摂取されるリンの代謝が寿命を制御する〜老化のメカニズム解明につながる成果」を取り上げる。


リンが体内に少ないほうが寿命が長い傾向

体内に存在するミネラルのリンは、骨内に蓄えられ、体内ではカルシウムの次に多く存在する。リンは主に食事により私たち人の体内に吸収される。

近年、このリンが体内に少ない人や動物のほうが寿命が長い傾向があることが報告され、リンの代謝がどのように寿命をコントロールするのかについて注目が集まっている。

慶応義塾大学医学部の宮本准教授らのチームは、リンに対し、寿命を制御する分子「Enpp1」がクロトー(長寿遺伝子として最近注目)の発現に影響を与えていると報告。

また、この作用が老化や寿命と関係していることが明らかになっていると報告した。

リン、適切に代謝されないと老化に

リンは吸収後、腎臓などで全身に循環し、不要なものは排出されるようになっている。

このメカニズムが正常に働いているマウスと、リンが体内でコントロールできないマウスのそれぞれに、通常食の1.5倍〜2倍程度のリンを摂取させる試験を行った。

通常のマウスは、リンを1.5倍〜2倍程度増やしても老化の特徴は出ない。

しかし、リンを正常にコントロールできないマウスは、動脈効果や骨粗鬆症といった老化現象が8週間程で現れ、やがて死んでしまうことが観察されている。

この老化現象から死を迎えるまでのプロセスはヒトの死のプロセスと非常に似ていると宮本氏。

この研究から、リンが体内で適切に代謝されないと老化につながる可能性が高いとした。

高リン食、寿命の短縮に繋がる

また骨形成や糖尿病発症に関係するたんぱく質「Enpp1」の欠損したマウスにリンを過剰投与した。

すると、通常の野生型マウスでは見られない骨粗鬆症や大動脈の石灰化などの老化の進行が起こり、数週間で死に至った。

この研究により、Enpp1が食事の際に摂取されたリンを制御し、体内の石灰化などによる老化防止に関与している可能性があると宮本氏。

近年、長寿遺伝子として注目され、腎臓で老化を制御しているクロトーについても、Enpp1が欠損したマウスにおいてリンの摂取が増えると、クロトーまでも有意に低下することが分かったという。

クロトーもたんぱく質で、老化を制御することが分かっているが、そのメカニズムについてはあまり分かっていなかった。

しかし今回の研究で、高リン食だと腎臓でのクロトーの発現が低下し、臓器の石灰化が促され寿命の短縮に繋がるのではないか、と宮本氏。

肉類、リンが豊富に含まれる

また、ビタミD3についても、これまではビタミンD全般と同様に積極的な摂取が健康維持に有効と考えられてきた。

しかし、ビタミンD3の過剰により骨の老化が進み、ビタミンD3を制限することでクロトーの発現が戻ったことも確認されている。

ビタミンD3についても過剰ではなく、適量の摂取が望ましいことが推測されると宮本氏。

現在、骨粗鬆症が認められる中高年以上の世代にはたんぱく質の意識的な摂取やカルシウムの積極的な摂取が推奨されており、現時点ではこの標準的ガイドラインに則って治療を指導するしかない。

ただ、たんぱく質といえば、その補給源は肉類がメインとなるが、肉類にはリンが豊富に含まれている。

6万1000人を対象にした海外のコホート研究によると、1日3杯の牛乳を飲む人は、1杯未満の人より短命であるという報告があり、これは食事由来のリンの摂取量と関係している可能性がある。

食事から摂取するリンを制限

また牛乳を3杯以上(日)飲んでいる人の方が大腿骨骨折のリスクも高いことが報告されている。これらの研究報告から、食事から摂取するリンの制限はある程度必要と予測される。

しかし、欧米は飲料水が硬水で元々のリンの摂取量が日本人より高く、軟水を飲んでいる日本人にはやはり肉類(たんぱく質)やカルシウムの摂取は不足傾向にある人のほうが多いといえる。

今後研究が進めば、日本人であってもカルシウムやリンの食事摂取について、ある程度コントロールが望ましい体質の人とそうでない人のスクリーニングができるようになるかもしれない、と宮本氏。

健康的で自立した高齢社会を迎えるためには動脈硬化や骨粗鬆症のメカニズムについてさらなる研究が必要になるとした。


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