ガンと糖質の関係、ケトン食療法の可能性
〜第4回ウエルネスフードジャパン


2019年7月3日〜5日、パシフィコ横浜にて「第4回ウエルネスフードジャパン」が開催された。この中から、萩原 圭祐氏(大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座 特任教授)の講演「ガンと糖質の関係、がんケトン食療法の可能性について」を取り上げる。


ケトン食、誤った情報が一人歩き

ここ数年「ケトン食」という言葉が一人歩きし、誤った情報や手法が見られ、非常に危惧している、と萩原氏は警鐘を鳴らす。

萩原氏は大阪大学先進融合医学共同研究講座で、日本の基幹病院ではどこよりも先駆けて「がんケトン食療法」の臨床研究をスタートさせた第一人者である。ケトン食療法の臨床研究を行うのは決して簡単なことではなかったという。

2012年に大阪大学ゲノム審査委員会に臨床研究の申請をかけ、承認取得後の2013年から、肺がん患者を対象に臨床研究を始める。

研究は、医療チームだけでなく、小児科で「難知性てんかん患者」にケトン食療法を取り入れていた大阪大学栄養管理室や患者さんの家族など沢山の協力があって実現したという。

研究成果は萩原氏の想像を上回るもので、2015年の「第53回日本癌治療学会学術集会」で発表したところ、大きな注目を集めることとなった。

がん予防、健康寿命を延ばす最善の策

しかし、これにより「ケトン食」が一人歩きし、理解の足りない食事療法により、結果的にがん患者さんを落胆させたり、このまま民間療法のようになってしまうことが危惧された。

そもそも、萩原氏らが「ケトン食」に注目したのはある2つの研究結果に基づいている。

まず1つが、長野県と大阪府の健康寿命の差の考察である。現在は滋賀県が長寿県のトップだが、数年前まで長野県が日本一で、現在も上位に付いている。一方、大阪府は44〜45位をウロウロしており、健康寿命が短いことで知られている。

3大疾病というと、「がん」「脳卒中」「心筋梗塞」だが、実は長野県も大阪府も「脳卒中」「心筋梗塞」の発症率に大差はない。一方、大阪府は長野県に比べ「がん」の発症率が圧倒的に高い。このことが「健康寿命の差」になっていると推測される。

超高齢化社会の健康問題はがんである。国民の2人に1人ががんになり、がんは国民病、とまでいわれるようになっている。がんを予防することが健康寿命を延ばす最善の策であると、萩原氏は解説する。

予防すべきは「がん」と「糖尿病」

さらにがんの予防は、糖尿病の予防にも繋がるという。「糖尿病既往ありの人は後にがんになりやすくなる可能性がある」と、2006年に国立がん研究所でも報告している。

実際、100歳以上の健康な長寿者を調査すると、6割の人が「白内障」や「高血圧」を患っているが、「糖尿病」や「がん」を患っている人は10%にも満たない。

私たちが予防すべきは「がん」と「糖尿病」で、健康寿命と平均寿命を伸ばすには、まず「がん予防」、これは糖尿病予防にもなる、と萩原氏。

また、注目に値する研究に「イヌイット民族の疫学調査」がある。イヌイットは伝統的にケトン食に似た「低炭水化物高脂肪食(摂取エネルギーのうち40%が脂質)」の食習慣を4000年以上守っている。

これほどの高脂肪食なのに、デンマーク人と比べて血中脂質・急性心筋梗塞・糖尿病の罹患率が低く、さらに1910年頃までがんの発生率もきわめて低かった。

ケトン食、古くから治療食として利用

しかし1910年以降、欧米型の食文化、とくに小麦食が普及し、1950年代からは大腸がん・肺がん・乳がん・前立腺がんが増加していった。

日本でも1970年代から米の消費が減少し、今や小麦(パン)が米を逆転するほどになっている。

イヌイットの人々と同じように、日本人に大腸がん・肺がん・乳がん・前立腺がんが増加していることは、偶然とは言えない。

ちなみに、食の欧米化でがんの罹患率が高くなっているのは、イヌイット・日本人ともに男性より女性であることも共通している。

ケトン食の治療応用に関する歴史は古い。ヒポクラテスは「てんかん」には絶食が有効としていた。

1921年、アメリカのワイルダー氏は絶食より負担の少ないケトン食を考案、さらにドイツやアメリカではケトン食の肺がん・膵臓がん・前立腺がんなどへの有効性についての研究が行われた。

日本でも小児科で「難知性てんかん」患者に、ケトン食指導を行い、有効性や安全性が確認されている。

「炭水化物=糖質」という誤解

では、現在の「ケトン食」について、一体どのような誤解があるのか。まず、糖質制限は筋肉量が少ない人に効果がある、ということだ。

誰もが糖質制限をすればいいということではない。自分の体の状態を知らずに糖質制限をしても続かないケースが多い。

また、「炭水化物=糖質」も誤解である。炭水化物は食物繊維も含み、複雑な構造をしている。

低糖質食品を摂っても、その後の血糖値や健康状態を追跡しているものがほんどないことも問題である、と萩原氏は指摘する。

特に、「炭水化物=ご飯」、だからご飯を抜く、というのは日本人の場合問題である。ご飯は糖質だけでできているわけではない。日本人には日本人特有の腸内細菌叢があり、ご飯と味噌汁を腹八分目で食べている人が一番健康であることもわかっている。

「ケトン食」と「糖質制限」は別物

また、極端に糖質を減らしても血糖値が安定するわけではない、と萩原氏。

「ケトン食」と「糖質制限」はまったく別物である。糖質制限の場合、一般的に1日の糖質摂取量を100g以下に目指しているものが多い。

萩原氏らががん患者のために行なっている「ケトン食療法」では最初の1週間で糖質を10gまで減らす(糖質制限の1/10)。

さらに1週間から3ヶ月は20g、3ヶ月以降は30g、3ヶ月以降で個々人に合わせて脂質・タンパク質の量もさらに調整するというかなり厳しい方法を取っている。

これには理由があり、単なる糖質制限や低糖質ではケトン体はそれほど上がらず、ここまで制限することで最初の1週間でケトン体を急激に上げ、その上がったケトン体を維持するようにフォローしていく。

大阪大学での臨床試験ではケトン食療法に取り組んだ37人のうち25人に効果が出ており、がんのステージ4だった人でも4割くらいが生存率をあげているが、それでも全員に効果があるとは言えない、と萩原氏。

がんにおけるケトン食療法、臨床エビデンスはまだ確立していない

がんにおけるケトン食療法は有望だが、臨床エビデンスは確立しておらず、効果の発現機序もまだ不明で、ようやく今、エビデンスを構築していく段階に移行した、と萩原氏。

健康な人であっても、体の状態・筋肉量などまずは自分の体をしっかり把握した上で適切な糖質量を見極めなければ、正しい糖質制限にはならない。

病人、とくにがん患者さんは「ケトン食で治る」という情報に飛びつきたくなるが、「ケトン食療法」の安全性・有効性を確立し、標準化させることではじめて提供できる。

また、「ケトン食」で効果が出ているように思えても、ケトン食にしたことで、総合的に体のバランスが整ったことで効果が出ているということも忘れてはならない、と萩原氏。

現在、萩原氏を中心に「癌ケトン食研究会」を立ち上げ、研究成果等についても複数の特許申請を行い、ケトン食療法を行える医療関係者の育成、正しい情報発信などに力を入れているという。

1日でも早く、多くのがん患者さんや必要な人に「ケトン食療法」が実践できる環境を整えたい、と萩原氏は話した。


Copyright(C)JAFRA. All rights reserved.