乳由来の「βラクトリン」、認知機能改善へ〜第10回慶應義塾生命科学シンポジウム

2019年12月18日(水)、慶應義塾大学 三田キャンパスにて「第10回慶應義塾生命科学シンポジウム」が開催された。この中から、梅田 聡氏(慶應義塾大学文学部心理学研究室 教授)の講演「βラクトリンによる認知機能改善とそのメカニズム」を取り上げる。


認知症患者、2025年には730万人突破

梅田氏の専門は「認知神経科学」で、人の高次認知機能のメカニズムの解明をしている。

通常のMRIではなく、ファンクショナルMRIという機械を使うと人間の脳のどの部分が、いつどのように動き活性するか、脳波がどう変動するかなどが分かる。

それを心理学と掛け合わせる。人のさまざまな感情と肉体は連動して動く。心理学において感情の研究は体の研究とも言える、と梅田氏。

日本では高齢化に伴い、認知症患者が増加している。2012年は430万人であったが、2025年には730万人を突破すると予測されている。

また、2030年には認知症にかかる社会的コスト(医療費や介護費など)は21.4兆円に達すると見込まれている。

乳製品、認知機能を改善・予防の可能性

問題なのは、認知症の医薬品による治療が不十分であるということ。先進各国で治療薬の研究開発が進められているがほとんどうまくいっておらず、世界的にも「予防」に力を入れる方向にシフトしはじめている。

認知症予防の研究を行う上で、参考になるのが「久山町スタディ」という疫学調査である。

久山町の住民で60歳以上の非認知症者(n=1,081)を対象としたコホート研究で、牛乳と乳製品摂取量で4つのグループに分け、牛乳と乳製品摂取量による認知症全体、アルツハイマー、血管性認知症の発症リスクを算出した。

その結果、牛乳・乳製品の摂取量が多いグループほど認知症の発症率が有意に低下することが分かった。

米国でも似たような疫学調査があるが、こうした疫学調査からチーズなどの発酵乳製品の摂取が認知機能を改善、または予防する可能性があるのではないかと示唆されてきた。

βラクトクリン、記憶機能が有意に改善

さらに最近の研究ではカマンベールチーズなどの白カビ系の発酵乳製品にはアルツハイマー病モデルラットのアルツハイマー予防作用があることも報告されている。

また、カマンベールチーズや乳清に含まれるペプチド「βラクトリン」に認知機能改善作用があるのではないかということが解明されつつある。

そこで梅田氏らのチームとキリンホールディングス株式会社は、乳由来の認知機能改善ペプチド「βラクトリン」を高含有する食品素材を開発、健康な中高年114名を対象とした12週間のランダム化比較の人試験を行った。

その結果、βラクトリン摂取群は、「標準言語性対連合学習」の検査や、覚えたことを思い出す「想起機能」などで優位な記憶力の改善が見られ、プラセボ群と比較して記憶機能が有意に改善することが分かった。

機能性表示食品として実用化へ

とはいえ、カマンベールやチーズ、ヨーグルトを普通の量、日常的に食べるだけではβラクトリンを高濃度摂取することは難しい。

長期的に食べ続けることで久山町データのような効果が出てくることが期待できる。

認知症患者増加に伴う社会問題の改善ということでは、食経験が豊富な乳から高濃度のβラクトリンを抽出し、健康食品や健康食品素材として一般食品に転用していくことが望ましい。

実際に、キリンホールディングスでは機能性表示食品での展開・実用化に向けての動きもある。

今後はβラクトリンが活性化する脳の領域はどの部分かといった研究や、さらなる作用機序の解明を目指すことになるとした。


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