ちなみに疫学とは「ヒト集団で起こるのか?」「現実的に意味があるのか?」を追求する学問で、「栄養疫学研究」は「ヒト」において「どれくらいの量か」を決め、実社会で活用していく学問である。
あらゆる食情報はもっと栄養疫学研究に基づくべき、と児林氏。というのも、疫学研究と実験研究では結果に違いが出ることが多いからだ。
実験研究では細胞や動物を使うのに対し、疫学研究はあくまで「ヒト」を対象にしている。「ヒト」の場合、遺伝子・ 身体的特性・生活習慣・睡眠・考え方などあまりに個体差が多い。
「交路」と「平均への回帰」の影響
また意思もあれば生活もしていて、注目している変数以外に異なる要因があまりにも多すぎる。特に「交路」と「平均への回帰」という2つの影響を考えなければならない。
例えば「コレステロールが高い方が長生きする」というセンセーショナルな文言が週刊誌を賑わせたことがあったが、これも交路因子について考えなければならない。
確かにそのような報告もあるが、交路因子がないか詳しく冷静に研究すると、例えばコレステロールが高いのに長生きしていると報告している研究には女性が多いとか、研究スタート時に若い人が多いといった「交路因子」が見つかっている。
さらに研究すると血中コレステロールの組成も異なり、またこの調査事態が日本人に限定した研究や、男性・女性と性別で区切った研究もないため、正確には「はっきりした答えはない」というのが正しい結論である、と児林氏。
正しく伝え、理解することは難しい
しかし、このように正しく伝え、理解することは難しい。他にも、βカロテンを多く摂取すると肺がんリスクが高まる、という報告もよく知られている。
このことを結論付けた研究はそもそも疫学が無視されており、βカロテンの日常的な摂取量を無視したデザインで進められていた実験に過ぎず、βカロテンが肺がんリスクを高めるかどうかは、正確なところわからない。
また、「平均への回帰」も頭に入れておく必要がある。これは何かの数値を測定した時、1回の測定というのは必ずしも正確ではない。
例えば血圧や血糖値など、本来は正常値にある人でも、たまたま異常値になることはよくある。そのため2回目に測定した時は数値が良くなったり、いわゆる「平均値」に近づく傾向が高い。
疫学研究に基づく情報発信を
さまざまな食事指導が行われているが、本当にその介入による効果なのかを知るためには、平均への回帰を無視しない研究デザインを設計しなければならない。
機能性表示食品の人気が高くなっているのは「エビデンスベースド」という流行が後押ししている側面があるが、疫学の知識や研究に基づく情報発信にまでは至っていないものが多い。
「日本人の食事摂取基準」は5年ごとに改定されるエビデンスに基づいた情報の一つだが、ここで紹介されている栄養素は日常的に食べられているものであるため研究や基準値が設定しやすい。
機能性栄養は悪くないが、日常的に食べている栄養素を基準値内で過不足なく摂取することが、健康を維持する上で、一番エビデンスに基づいた食行動といえるのではないか、と児林氏はまとめた。
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