環境ホルモン、ダイオキシン、水銀など生活に潜むリスク 〜平成21年度 厚生労働科
学研究・シンポジウム「化学物質と環境・健康」


2010年3月2日(火)、社団法人日本食品衛生協会で、シンポジウム「化学物質と環境・健康」が開催された。現代人の生活に人工化学物質は不可欠だが、扱いには十分配慮が必要である。200名を超える参加者が、最新研究報告を熱心に聞き入っていた。

「食品汚染と次世代への影響」〜ダイオキシンによる胎児脳下垂体障害と発達への影響
九州大学大学品薬学研究員教授 山田英之 氏

ダイオキシン類、低容量でも後世代に毒性

ここ数年、現代人の不妊、出生率の低下などが社会問題化しているが、環境ホルモンやダイオキシンと精子数の減少が深く関係しているのではないかと指摘されている。 山田氏は、ダイオキシンのなかでも最も毒性が高いとされるTCDDを用いた研究報告を行なった。

ダイオキシン類は高容量を使用すると一般的毒性が発現する。しかし低容量でも後世代に生殖などで毒性が現れるため非常に危険であるという。

例えば、「カネミ油症事件」がその一例。妊娠中の女性が「カネミ油」を摂取したことで、色素沈着の激しい子供が生まれたが、次の世代では男児が生まれ難い(女性の出生率に対して29%)ことが判っているという。

環境ホルモンやダイオキシン、脳下垂体に影響

また、現在、全国的に男児が減少傾向にあるが、ダイオキシンと関係がないとは言い切れないと山田氏はいう。
ダイオキシンを含む「環境ホルモン」や「内分泌かくらん物質」は、ホルモンに類似する作用、またホルモンの阻害作用を通して悪影響を起こしていると考えられてきたが、妊娠中のラットにTCDDを投与し、胎児における遺伝子発現や生育への影響を観察したところ、実は脳下垂体に影響を与えていることが判明したという。

生まれたてのラットが成長して、正常な交尾をするためには性ステロイドが必要不可欠である。しかし、TCDD投与ラットから生まれたラットは、性ステロイドが体内でほとんど合成されないため、メスのラットとペアリングしても正常な交尾を行なうことができない。また後天的に性ステロイドを投与しても効果がない。

この性ステロイドは男性ホルモン(テストステロンなど)と女性ホルモン(エストラジオールなど)から成り立ち、胎児期に胎児の脳下垂体から分泌される黄体形成ホルモンや卵巣刺激ホルモンが作動し、コレステロールで作られる。

山田氏の行なった最新のラット実験では、TCDDを投与されたラットの胎児には脳下垂体から分泌されるべきホルモン類がすでに減少していることが判明。ダイオキシン類がホルモンの阻害作用を起こしているのではなく、周産期の脳下垂体そのものに影響し、これが性ステロイドの異常を起こしていることが裏付けられたという。

アルファ・リポ酸、性ステロイドの低下を回復

TCDD投与ラットから生まれたラットは、健康なラットと比べて生殖組織の発達に遅延が見られる他、発情までの時間も延長、交尾の回数も半減するなどの障害が見られたという。しかしTCDD投入後のラットの胎児でも脳下垂体ホルモンを注入すると、性行動はほぼ正常水準へと回復することが判ったという。

TCDDの毒性は少なくとも酸化ストレスの増加に起因すると考えられるため、抗酸化ストレス作用を示す食品の摂取でTCDDのマイナス影響を解消できないか模索していると山田氏。

実験を重ねた結果、抗酸化作用の高いアルファ・リポ酸を妊娠中のマウスが摂取すると、TCDD投与後のラット児でも脳下垂体ホルモンと性ステロイドの低下を回復させたことがわかった。しかし、同じく抗酸化作用の高いビタミンCでは回復は見られなかったという。

したがって抗酸化作用ではなく、アルファ・リポ酸の補酵素としての機能に現状注目しているという。いずれにせよ、なぜアルファ・リポ酸が効果的なのかを解明するとともに、食生活での改善提案ができるよう、実験を引き続き行ないたいと述べた。

「発達期と化学物質」
東京農工大学大学院共生科学技術研究員
準教授 渋谷淳 氏

乳幼児は大人以上に化学物質の危険にさらされる 

胎児や乳幼児は、その特有な行動や生活環境により、大人とは異なる化学物質のばく露が生じる。人体器官が未熟であることも考慮しなければならない。

胎児や乳幼児の成長過程で、さまざまな器官が段階的に発達していくが、構造や機能の成熟時期は器官ごとに異なる。内分泌系である性ホルモンは、妊娠初期は母体にのみ由来し、妊娠後期は脳の視床下部が発達する。どちらも等しく重要期で、どの期間で化学物質の影響を受けても思春期以降の生殖機能に関係する。

また妊娠中に形成される胎盤は多環芳香族炭化水素、メチル水銀などの脂溶性化合物や、鉛、エタノールなどを容易に通過させ、化学物質が胎児の血中に入り込みやすい。

これらは低濃度でも胎児の発達中の神経系、内分泌系、生殖器に有害な影響をもたらす可能性が指摘されていると渋谷氏はいう。
また経皮吸収において重要なバリア機能である表皮角質層は胎児にはなく、生後2-3週間までは形成されたばかりの角質層で透過性が極めて高いため、成人の3倍も化学物質を経皮吸収しやすいという。

小児の場合、特に注意が必要なのが母乳。化学物質の潜在的なばく露源となり、特に脂溶性の高い化学物質は新生児や乳児に移行しやすい。また乳幼児は、乳製品や果実といった特定の食品の摂取が多く、多様性が乏しいため、それらに残留しやすい化学物質にばく露されやすい傾向が強いという。

また、ベビーベッドなどの特定の場所や、ハイハイをした後の「ハンドトゥマウス」行為からも床やカーペット、手に付着した化学物質を取り込みやすい。床に近い位置で長時間生活するため、空気よりも比重の思い気体状の化学物質の高濃度摂取の可能性もある。胎児、乳幼児は大人以上に化学物質の危険にさらされている。

ばく露経路の特定などの定量的な評価が今後必要 

国際的には1997年のG8で「マイアミ宣言」が採択され、子供の健康と環境保護に関する合意事項が掲げられた。また2006年には国際化学物質管理会議にて「ドバイ宣言」が採択され、小児の健康保護の観点からの化学物質管理を進めるための指針が示されている。

国内では厚生労働省が2005年に「妊婦への魚介類の摂取と水銀に関する注意事項」を公表し、食品安全委員会はメチル水銀にかかわる食品健康影響評価を実施している。 いずれにせよ、胎児、乳幼児の化学物質のリスク評価については、ばく露経路の特定やばく露量の定量的な評価が今後必要であり、化学物質のばく露量と健康影響との関係についても定量的な知見が必要であると渋谷氏はまとめた。

「胎児と化学物質」〜妊娠中の化学物質と生後の発達障害
三重大学大学院医科学系研究科教授 成田正明 氏

アスペルガーやADHD、化学物質の摂取が原因 

胎児や子供の先天異常や催奇形性の外表奇形。これらはサリドマイド、アルコール、喫煙、水銀、ビタミンA酸化合物、ワクチン、抗てんかん、その他抗そう薬、抗不安薬、抗炎症薬などの妊娠中の摂取が原因と考えられている。

また、精神遅滞(知的障害)、運動発達遅滞、自閉症(アスペルガー、ADHDなど含む)なども妊娠中の化学物質の摂取が原因ではないかと成田氏はという。

自閉症はここ数年急激に増加しており、以前は1万人あたり4-5人だったが、この30年で20-30倍になり、今や150人に1人は自閉症を患って生まれてくるという。この急激な増加とここ20-30年の妊婦をとりまく環境変化(妊娠中のアルコール摂取や薬物摂取など)との関係は否定できないと成田氏は指摘する。

自閉症の発生理由は現段階では解明されておらず、原因も治療方法も見つかっていない。しかし最新の研究ではセロトニンの関与が指摘されており、自閉症患者の一部に、血中のセロトニン濃度の増加やセロトニン神経発達異常が見られることが報告されているという。

薬剤などの因子の胎内ばく露は、胎内での胎児セロトニン神経の発生異常を引き起こす

また、「サリドマイドを内服した母親から高頻度に自閉症が発生」という報告もあり、胎生期の化学物質のばく露による自閉症発症という仮説を立て、ラット実験を行なっていると成田氏はいう。

実際、妊娠したラットにサリドマイドやVPAを投与する方法で生まれた自閉症モデルラットを作成したところ、血中セロトニン濃度の上昇や多動、学習能力の低下、セロトニン神経の形成異常など、ヒト自閉症と共通する異常が見られたという。

つまり、サリドマイドだけでなく、薬剤などの因子(水銀や環境ホルモンなど)の胎内ばく露は、胎内での胎児セロトニン神経の発生異常を引き起こし、生後のセロトニン異常が、自閉症の症状を発現させているのではないかという仮説を成田氏は報告した。


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