摂食機能と味覚・うま味の関連
うま味研究会公開シンポジウム


2010年5月28日(金)、コクヨホール(東京)で、うま味研究会公開シンポジウム「摂食機能と味覚・うま味の関連」が開催された。うま味研究会は、国内で古くから用いられてきた「だし」とその味覚効果に着目し、その主要な成分であるうま味物質についての科学的追求とその生体における意義の解明をテーマとして20年あまり活動をしている。今回は摂食機能という切り口から最新の研究結果が報告された。

摂食・嚥下障害の味覚刺激による評価・訓練法
昭和大学歯学部 口腔衛生学教室 向井美惠(よしはる) 氏

摂食、嚥下機能は呼吸とともに生きるための基本機能で、日常生活で頻度が高く繰り返される。この機能に障害が起こると、全身に及ぼす影響は計り知れないと向井氏はいう。口腔・咽頭領域に障害が生じると、低栄養、脱水だけでなく、誤嚥による呼吸器感染や窒息などの問題が生じる。

味覚刺激は、様々な反射性活動を誘発する。末梢神経を介して、延髄の弧束核に伝達された味覚情報は、三叉神経運動核、舌下神経核、迷走神経などに情報を送り、顎、顔面、舌の運動や唾液分泌を始めとする消化活動を誘発する。

向井氏は、こうした摂食、嚥下機能領域における味覚の果たす役割を、未熟性(未熟児、低体重、早産児)、筋ジストロフィー症、摂食拒否、などといった摂食・嚥下障害疾患を抱えた人々が利用するリハビリテーションの臨床の場で、嚥下障害の機能評価と訓練に応用する試みを実践している。

母乳以外の食物を経口摂取するためには、嚥下の動きである食塊形成と食塊を咽頭へ送り込む口腔の機能発達が必要となる。この嚥下の動きは離乳期に発達するが、特徴的な動きのひとつとして、嚥下時の閉口時に舌先を口蓋前方部に押し付ける動きをスムーズに誘導する下唇の内転する動きがある。

この一連の動きを誘発する刺激として「甘味」を用いることが有効だと向井氏はいう。舌は避けて、下唇の内側に甘味物を塗ると、粘膜、唾液などにより味覚が口腔内に拡散し、舌前方部の味蕾を刺激する。すると甘味の受容と刺激唾液が分泌され、耳下腺唾液の分泌と貯留が始まる。

これが唾液を用いた嚥下機能評価、訓練となる。美味しさという快の刺激を求めて舌運動は開始され、舌先の前方移動による下唇舐めが舌運動の評価と訓練になる。こうした甘味の刺激による評価、訓練法は多くの嚥下障害に対して有効であると向井氏はいうが、快の刺激と考えられる甘味に対して拒否を示す小児も少なからずいるという。

その理由を解明するために現在ラットの実験が行なわれているが、現段階では、発達(離乳)期の口腔内遮断が、味覚伝達系の発達に影響を及ぼしているのではないかという仮説を立てている段階だと向井氏はいう。

食物物性および一口量と嚥下機能との関連
大阪大学大学院 歯学研究科 高次脳口腔機能学講座
舘村 卓 氏

摂食嚥下障害により社会復帰、参加が妨げられている人が現在増加傾向にあるという。医療現場において、経口摂取への取り組みは近年重要視されつつも、他の医療的介入よりも遅くなる傾向があり、そのため摂食嚥下機能に関わる器官の機能低下、汚染などのマイナスの変化を起こし、結果、医原性とも云わざるを得ない摂食嚥下障害も多く見られると舘村氏は指摘する。

摂食嚥下障害に陥ったとみなされた場合には経鼻胃栄養チューブなどを利用して液体の栄養剤を患者に投与する傾向があるが、口腔を含む消化管への負荷が小さすぎるために、腸を含む消化機能の萎縮が生じて、栄養吸収不全に陥り、結果入院期間が長引く場合もある。

社会復帰、参加の支援のためにも医療現場では早期からに経口摂取を支援することが重要であり、摂食嚥下障害への対応は社会的要請ともいえると舘村氏はいう。摂食嚥下障害が疑われる場合にでも、安全に経口摂取を誘導するためには、何よりも呼吸器の安全性を確保することが重要である。

そのために医療現場では粘性を付与した食品(増粘剤の使用)を用いることがあるが、必ずしも適切に対応できているとはいえず、むしろ過剰にトロミを付与することが嚥下障害を増悪させている場合もあると舘村氏は指摘する。安全を確保しながら嚥下機能の正常運動を手伝うためには、食物のどのような物性が適しているのか、食物の物性は嚥下にどのような影響を与えているのか、舘村氏は最新の研究を報告した。

通常、嚥下動作が開始されると、舌と口蓋の圧迫圧によって食塊は押しつぶされながら咽頭方向に移送され、食塊の先端が前口蓋弓に摂食すると軟口蓋が挙上して口峡が大きく開き、食塊の先端が咽頭に流れ込み始め、挙上した軟口蓋に舌の奥が摂食することによって食塊の流れが遮断されて咽頭に流入していた食塊部分を嚥下している。

従って、軟口蓋の挙上量、軟口蓋の挙上から下の奥の接触までの時間、その間に口峡を通過する食塊量の差異によって一回の嚥下量が異なり、この間の嚥下運動の調節機能が誤嚥防止には重要な役割を担っていると考えられると舘村氏は解説した。

つまり、口腔内に食べ物が入り咀嚼することと、その食べ物が咽頭を通過する運動は別の運動であり、咽頭を通過するために必要な運動は軟口蓋運動であり、この軟口蓋運動は口腔内の食べ物の量とその物性(粘性や性質など)と関与し、またその食べ物がずり落ちる速度(ずり速度)までに関与していることが最新の研究でわかってきているという。

私たちの口腔内では、食物を咀嚼した段階でその食べ物の物性を速やかに検知し、それに併せて軟口蓋は自動的に適切な角度に挙上し、嚥下をサポートしている。従って、食事支援の現場では食物の粘性だけでなくずり速度(ポタージュのようなものが適切なずり速度ではないかという)にも考慮した食物でサポートすることが重要であるとまとめた。


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