今、子どもの食が危ない
〜23回公開シンポジウム「食と栄養から心の発達と体の成長を考える」


2010年6月12日(土)、(財)成長科学協会主催の第23回 公開シンポジウム「食と栄養から心の発達と体の成長を考える〜今、子どもの食が危ない〜」が新宿明治安田生命ホールで開催された。お茶の水女子大学生活科学部教育研究協力員の小泉美和子氏と帝京大学医学部小児科教授の児玉浩子氏が最新の研究動向を発表した。

子どもの食嗜好と成育環境
--栄養化学と脳科学の視点から--

お茶の水女子大学生活科学部教育研究協力員 
小泉美和子 氏

親の食嗜好が子どもの食嗜好にダイレクトに影響

食べるということは、我々人間にとって生命活動を維持するための栄養吸収を担うだけの活動ではなく、心の栄養にもなっているという視点から小泉氏はさまざまな研究を行なっている。

とくに離乳を迎える2歳頃までの幼児から児童期の子どもは、外的要因から脳の刺激や変化を受けやすく、この時期にどのような食環境で生活をしていたかが、その後の人生に大きく関与するのではないか、ということが知られるようになってきた、と小泉氏。

食嗜好は食行動に大きな影響を与えるが、子ども(幼児期、児童期)は周囲との関わりによって食嗜好が大きく変化するのではないか、ということがラットの研究でも証明されつつある。

例えば、蛋白質、糖分、塩分、カルシウムをバランスよく摂取できる環境にあるラットのグループ(母親と子ねずみ)から、母親だけをケージから移動させても、そのグループの子ねずみは同じ栄養分を摂取することができる。

しかし、糖分、塩分、カルシウムだけしか摂取しない環境で別のラットのグループ(母親と子ねずみ)を飼育し、母親だけをケージから移動させたうえで蛋白質をケージのなかに入れても、残された子ねずみは新しく加わった蛋白質という栄養素を自ら摂取しにいくことはほとんどないという結果が出ているという。

つまり、親の食行動が子ねずみにダイレクトに影響を与えているということになる。我々人間も同様で、親の食嗜好、好き嫌いが子どものその後の食嗜好にダイレクトに影響していく可能性が高いと小泉氏は指摘する。

子どもの弧食経験、大人になってから心身に影響

近年問題となっている「弧食」についても、食行動が心身にどのような影響を与えるのか、ラットベースでの実験が繰り返されている。たとえば、若年期に親や集団と隔離したねずみの行動の観察では、ねずみであっても弧食の環境で成育することにより、ねずみの体内における白血球の減少や卵巣の縮小など、ストレスによって生じる体内変化が多く報告されている。

しかし近年は、不安、鬱、社会性の低下、暴力的行為など体内変化にとどまらない身体的変化がねずみにも観察報告されるようになっており、特に幼ければ幼い時期に弧食の環境で育成したねずみに、この変化は多く見られることから、我々人間であっても、幼少期に弧食という環境で過ごすことが将来的な問題につながるのではないかということが証明されつつあると小泉氏はいう。

また親や集団から隔離して弧食の環境で成育したラットの観察で見られた、不安症/暴力的行為/鬱傾向といった症状は、弧食環境にあるときに起こるのではなく、ある程度成長してから発症することが多い。つまり子ども時代の弧食経験が、大人になってから大きな影響を与えるのではないか、ということが考えられていると小泉氏は報告した。

子どもの弧食、肥満傾向に

また、あくまでラットベースだが、幼児期に1日10分親ねずみから隔離することを3週間続けただけでも、その60日後にはその子ねずみの脂肪細胞は増加し肥満体質の子ネズミになってしまったという報告もあるという。

アメリカでは小学生未満の幼児を対象に@週に5日以の弧食はないか、A睡眠時間は10時間以内か、Bテレビを見る時間は1日2時間以下か、という3つの質問をベースにしたアンケートをとって分析したところ、3つとも「Yes」だった幼児のなかには14.3%しか肥満傾向の子どもがいなかったのに対し、すべて「No」と答えた幼児のなかには24.5%、つまり1.7倍の肥満児がみられたという調査結果が今年発表されたという。

いずれにせよ、子ども時代の食環境がその後の食嗜好だけでなく、人格形成にまで影響を与えることは間違いなさそうだが、それを成長期で矯正していく方法や研究はまだされていない。

あくまでラットベースの研究だが、我々人間の場合、仕事をしている母親と乳幼児が一端別々になっても、保育園などで楽しく食事をする環境などがあり、乳幼児にとって何がストレスになり、どこでそれを克服していくかは個人差もある。どんな環境であっても子どもに安心感を与える食環境やバランスのとれた食事を提供することが何よりも大切といえそうだ。

食は知力・体力のもと
帝京大学医学部小児科教授 児玉浩子氏

人類はまだ飽食に慣れていない

第二次世界大戦後、日本人の身長は伸び、特に男性の平均身長は約10センチも伸びている。栄養状況が改善され、飽食の時代に突入しているが、我々人類はこれまでずっと飢餓と戦ってきた歴史的背景があり、人類はまだまだ飽食に慣れてはいないと児玉氏。

飽食の時代においてどのような食べ方をすればよいのか、どんな食環境が適切であるのか、我々は今こそ試行錯誤しながら学んで行かなければならない。飽食に慣れていないからこそ起こってしまう食の問題の筆頭が「肥満」。

国内でも平成19年度の国民健康・栄養調査で糖尿病の疑いがあるというレベルの人を併せた数が2200万人を突破したと報告され、いわゆるメタボリックシンドロームの人は40-74歳で男性の1/2、女性の1/5であると報告されている。

標準の子どもが減少している

幼児を分析してみると、近年は肥満の子どもが増加している一方で、痩せ過ぎの子どもも増加しており、いわゆる標準の子どもが減少しているというデータが発表されている。肥満児は子どもであっても生活習慣病に陥りやすく、あるいはすでに陥っているケースも多くみられ、そのまま成人肥満に移行するケースがきわめて高いと児玉氏は指摘する。

また幼児期、児童期において肥満であると、消極的、内向的、うつ状態といった精神的トラブルを持ちやすい傾向になることもわかっていて、できるだけ早い時期に両親が正しい食環境で肥満解消へ導くことが重要であると児玉氏。痩せ過ぎの子どもはイライラといった精神トラブルの傾向が見られ、肉体的には将来的に骨粗鬆症になる可能性が高いという。

肥満児も痩せ過ぎの子ども、朝食が欠食

肥満児も痩せ過ぎの子どももどちらも、朝食の欠食傾向がみられるが、幼児期、児童期において朝食はやはり重要であることは間違いないようだ。朝食欠食児は午前中の授業に勉強する気が起きにくく、体力・学力が朝食摂取児に比べて劣ることを国立教育改策研究所が報告している。

子どもを心身ともに健全に育成するためには、健全な食生活が極めて大切である、積極的に食育を推進実践している学校では、肥満児や朝食欠食時が減少しているといった改善傾向も報告されるようになっている。

家族だけでなく、保育士、学校教諭、栄養士、小児科医らが協力して食育を実践することが望ましいだけでなく、近年知られるようになってきて栄養教諭制度をさらに普及させ、栄養教諭を各学校に配置するなどの活動も必要になってくるであろうとまとめた。


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