「食」と「健康」の教育を考える
- いま問い直される「栄養」とは -
〜教育最前線講演会:「食」と「健康」


2010年7月3日(土)、早稲田大学で、教育最前線講演会シリーズ「「食」と「健康」の教育を考える--いま問い直される「栄養」とは--」が開催された。現代社会が抱える様々な食の問題のなかで、健康とは何か、栄養とは何かを、臨床医学や生物学の最端的知見から再考する機会として、多くの聴講者が参加した。

子どもの視点からみる「食」の問題
社会福祉法人 恩賜財団母子愛育会 日本子ども家庭総合研究所 母子保健研究部 栄養担当部長堤 ちはる氏

「朝食の欠食」、児童の集中力や学力低下に繋がる

日本国内で平均寿命は伸びているが、健康寿命は伸びているとはいえない。この平均寿命と健康寿命の乖離は問題で、同じ先進国でもこの乖離が2〜3年である国があるのに対し、日本では7〜10年の乖離があると堤氏は指摘する。

食育基本法は平成17年に施行され、私たちの多くが食育という言葉や内容を理解しているが、しかしこれが実際に実行されているかといえば別の問題であり、食育、食事、栄養の知識は十分にあるが、実際に実践できない、していないという点が現在の食に関する大きな問題であると堤氏はいう。

食育とは知識を啓蒙したり学んだりするだけでなく、それを実践できる人を育むことであり、現在、私たちは食育の啓蒙から定着を目指す時期にきている。なかでも子どもの視点からみる「食」の問題に「朝食の欠食」があるという。

朝食を欠食する子どもと、朝食をしっかり食べている子どもでは、後者のほうが、学力や運動能力が向上し、集中力なども高いことは多くのデータが公表されていることからも明らかとなっている。にもかかわらず、朝食を欠食する児童が減らないのは、「なぜ朝食を食べなければいけないのか」をきちんと理解していない大人が多くいることが原因であるのではないかと、堤氏は指摘する。

朝食欠食は学力や運動脳力、精神面(キレやすい、鬱になりやすいなど)にも大きな影響を与えていることが明らかとなっているが、低体温症や、肥満、不定愁訴などの原因とも関連しているといわれる。

子どもの食育と共に、大人自身が正しい食の知識を学び、習慣にしていかなければ、なかなか子どもの実践レベルには繋がらないと堤氏。大人であっても朝食をきちんと摂る、ということが生活リズムの改善にもつながる。まずは大人から食事のリズムを正しく見直し、そして食べ物を適切に選ぶことを実践しなければならないとまとめた。

成人・高齢者の「健康」医学
埼玉医科大学総合医療センター 神経内科・ER 准教授
大貫 学氏

食生活の見直しや正しい食生活の実践は究極の予防医学

成人あるいは高齢者の「健康」を考えるとき、まだまだ国内では「高齢者はどのような病気になりやすいか?」「どのような治療をすればいいのか?」と議論してしまう傾向がある。

しかし本来の「健康医学」的な味方からすると、真の「健康」とは究極の「予防医学」を追求することであり、「疾患予防」は当然のことであるが、いかに病気になりにくい体をつくるか、に全てがかかっているといっても過言ではないと大貫氏はいう。

大貫氏は自身の現場から究極の予防医学において重要なことは、@食と栄養、A右脳刺激、B芸術療法、C五感刺激であるという。

@の食と栄養とは、もちろん正しい食事方法、栄養方法であり、近年は食の機能性なども次々に解明されていることなどから、それらを活かすためにも「おいしく、正しく、バランス良く」食事を楽しむことがまずは健康の土台作りになるということである。

実際、臨床現場でも食事を改善するだけで、健康状態がよくなるケースは多くあり、食生活の見直しや正しい食生活の実践は究極の予防医学であると大貫氏は実感しているという。

一例をあげると、これまでパーキンソン病の患者に必要な蛋白質の量は7g程度であると、医学会ではこの数値が常識として通用していたが、埼玉医科大では20gまで増やし、また野菜や水分の量も大幅に増やしたところ、患者さんの症状が緩和したケースが発表されており、病気であっても五感を刺激する良質な食事は患者さんに有効となる場合もあるのではないかと指摘した。

Aの右脳刺激については、これも臨床の現場で患者さんに散歩をさせたり絵を書かせたり、あるいは俳句を作ってもらったりと、様々な方法で脳を刺激してみると、多くの患者さんは表情が豊かになったり、リハビリの効果があがったりと、患者であってもQOLが上がっていくという結果が出ているという。

Bの芸術療法やCの五感刺激も同様で、音楽やマッサージ、芸術などの様々な方法で五感や脳を刺激することで、薬以上の効果が見られることが多くあるという。もちろんこれはどんな刺激でも良い、というわけではなく快が得られやすい質の良い刺激でなければならない。

また通常、病院食というのは決まったメニューの食事が提供されるが、埼玉医科大では、メニューの一部を患者さんに選択してもらえるようなシステムに変えたところ、それだけでも患者さんの脳刺激となり、他の治療効果が上がる傾向にあることも報告された。

私たちの脳には広辞苑4冊がまるまる覚えられるだけの力が本来備わっているという。「生きる力」や「脳力」は、私たちの想像をはるかに超える無限に近いエネルギーを秘めており、「食」や「脳の刺激」は年齢や体調に関わらずこの「脳力」をどこまでも引き出し、健康を作り出してくれる力がある、と大貫氏。臨床現場でもこの「脳力」を高めるような工夫を実践し、治療との相乗効果を高めていきたいとまとめた。


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