2021年6月24日(木)、Web配信にて「未来へのバイオ技術勉強会 バイオ素材百花繚乱~ミルク由来成分の機能と実装」が開催された。この中から、北岡本光氏(新潟大学農学部教授)の講演「母乳がビフィズス菌を増やすメカニズムの理解~ビフィズス菌のヒトミルクオリゴ糖代謝経路の解明」を取り上げる。
母乳はビフィズス菌を増やす
人間の赤ちゃん、特に母乳で育てられる赤ちゃんの便にはビフィズス菌が大量に含まれる。
体内で無菌状態で育っていた赤ちゃんだが、誕生後、授乳開始とともに腸管内はビフィズス菌が優勢となる腸内フローラ(腸内細菌層)が形成されることも近年よく知られている。
しかし離乳食が始まり、授乳回数が減る頃にはビフィズス菌が優勢な腸内細菌層は消失してしまう。
そのため人の母乳にはビフィズス菌を増やす因子(ビフィズス因子)が含まれていると予測されてきたが、そのメカニズムについてはなかなか解明されなかった、と北岡氏。
1950年代頃から、母乳に含まれる糖類のうちラクトースを除くヒトミルクオリゴ糖(母乳オリゴ糖=HMO)といわれる成分がビフィズス因子として作用しているのではないかと考えられるようになった。しかし、ビフィズス菌がHMOにどのように作用しているかは解明されていなかった。
というのも、ヒトミルクオリゴ糖は推定200種類以上の分子が含まれる非常に複雑な混合物で、この複雑な組成により代謝経路を解明することが困難であったからだ。
母乳オリゴ糖(HMO)、非常に特徴的な構造
また、さまざまな哺乳類や、ヒトの遺伝子と類似性が非常に近いとされている類人猿の乳の組成を調べても、HMOの組成とは大きな違いがある。
HMOはタイプIと呼ばれる構造が主成分で、他の動物にはない非常に特徴的な構造である。他の哺乳類の乳からはHMOを調整することはできない。
ビフィズス菌は乳児、成人、人以外の動物の糞便など、どこから抽出するかによって菌種が異なる。
2005年、乳児の便から単離されることが多いビフィズス菌の一種であるビフィドバクテリウムロンガムがNMOの中でも含有量の高いラクト-N-テトラオース(LNB)というオリゴ糖とガラクト-N-ビオース(GNB)に作用する酵素に特異的な代謝経路を持つことが確認され、「ビフィズス菌GMB/LNB経路」と名付けられた。
さらに乳児の便にからよく分離される「ロンガム」「ブレべ」「アンファティス」などのビフィズス菌を調査したところ、これらすべての菌株がGMB/LNB経路を持ち、LNBを利用することも分かった。
しかし成人やヒト以外から分離されるビフィズス菌種の大部分はこの「ビフィズス菌GMB/LNB経路」をもたない、またLNBも利用しないことがわかった、と北岡氏。
このことから、ビフィズス菌はHMOの各分子からLNBを利用することで、乳児の腸管内でビフィズス菌を優先的に増殖させるのではないかという「LNB仮説」が立てられた。
ビフィズス菌のゲノム情報が明らかに
しかしこの仮説だけでは乳児の腸管でビフィズス菌が優先的に増殖することを完全に説明することはできなかった。
現在、ビフィズス菌のゲノム情報が明らかになってきたことで、乳幼児の腸内でビフィズス菌を定着するにはLNBを利用するだけでなく、ビフィズス菌種間の共生関係を考慮する必要があることがわかってきている。
なかでもビフィズス菌ビフィダムが他のビフィズス菌と共生の鍵になっているのではないかというところまで解明されている、と北岡氏。
というのも、同じく乳幼児に多く見られるビフィズス菌アンファンティスは利己的なビフィズス菌でHMOの代謝にGMB/LNB経路を関与しないという特徴がある。
その一方で、同じく乳幼児に多く含まれるビフィズス菌ビフィダムは他のビフィズス菌種をも増やす利他的な菌であるといった特徴がわかってきた。
複数のビフィズス菌の共生により増殖
現時点での研究成果をまとめると、ビフィズス菌のHMO代謝経路についてはビフィズス菌GMB/LNB経路が発見されているということ。
ビフィズス菌増殖の鍵はLNB仮説があったがそれだけでは不十分で、ビフィズス菌種により代謝系が異なり、複数のビフィズス菌の共生によって増殖や定着が行われている。
さらに、フコシルラクトースというトランスポーターも関与しているのではないか、というところまで解明されてきている、と北岡氏。
人工ミルクの作成においてビフィズス因子になり得るLNBの実用的な製造についても試み、これは成功していて、食品素材としての開発が期待されていたが、遺伝子組み換え酵素の食品製造に対する懸念が指摘され現時点では実用化されていない。
一方、欧米ではフコシルラクトースを含む粉ミルクが販売されている。今後日本でも、LNBはビフィズス因子食品素材として開発される可能性はまだ十分あるのではないか、と北岡氏はまとめた。