2021年7月5日(月)、Web配信にて政策情報セミナー「国連食料システムサミット2021」と「みどりの食料システム戦略について」が開催された。この中から、坂下誠氏(農林水産省大臣官房政策課技術製作室 課長補佐)の講演「みどりの食料システム戦略について~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」を取り上げる。
気候変動の影響による生産物の品質低下
SDGsを主軸とし地球環境について考え具体的に取り組むことが各国に求められているが、まず日本の現状について解説。坂下氏は大きな課題として「温暖化による気候変動」「それに伴う大規模自然災害の増加」の2点があると説明。
農林水産業は気候変動の影響を特に受けやすく、高温になるとそこで生産される生産物の品質低下が生じやすい。また降雨量の増加や災害の激甚化による生産被害額も年々増えている。
世界的な問題となっている「温室効果ガス(GHG)」については、日本の排出量は年間平均12.12億トン、そのうち農林水産分野は約4.747万トン。
日本の排出量は世界的に見て決して多いわけではないが、食品の多くを輸入でカバーしているため排出国が日本ではないからといって無関心でいて良いわけではない。
日本の最大の課題は少子高齢化による「生産基盤の脆弱化」「地域コミュニティの衰退」である。
これらの影響を受け里山などの管理や利用が低下し、生物の多様性が失われていることも喫緊に対策を講じなければならない、と坂下氏。
高温に強い品種や生産技術を開発
これらの課題解決に向けた取り組みの事例として、まず「気候変動に適応する持続的な農業の実現に向け、高温に強い品種や生産技術の開発」がある。
具体的には高温でも未熟粒が少ない米の品種「にじのあきら」や「秋はるか」、果実でも高温でも着色が良いぶどうやりんご、みかんなどの品種改良の成果を紹介。
「脱炭素社会の実現に向けて農林水産分野の環境イノベーション創出」にも力を入れているという。
例えば、農地や森林、海洋においてCO2吸収のための技術として、海藻類によるブルーカーボンの創出やバイオス炭の開発・普及、農畜産業からのCO2排出削減のためにメタン発生の少ない稲や家畜の育種の開発事例などがある。
さらに、スマート農林水産業を目標に農林業の機器や漁船の電化、水素燃料による機械の開発などを進めている。
農作物のゲノム情報や生育等のビックデータを整備することで「スマート育種システム」を開発している。「GABA高蓄積トマト」や「天然毒素を低減したじゃがいも」「超多収可能な改変イネ」などの事例もある。
持続可能な農林水産業の実現は十分可能
特に日本は労働力不足が深刻化しているため、生産性を高めるロボットの開発やICTなどの最先端技術を活用することが必須である。
現時点では農業において無人草刈りロボット、ドローンによるピンポイント農薬散布、ロボットトラクター、また林業では自動伐採作業者、水産業では自動釣り漁船、自動給餌機などがすでに活用されている。
そもそも農林水産業は作業が重労働で大変、技術の習得に時間がかかるといった労働特性があり、これに少子高齢化の問題が上乗せされるため生産者人口が激減しているという背景がある。
しかし、スマート技術などの最先端技術を農林水産業に導入することで作業の負担が軽減し安全性が向上、さらに環境負荷も軽減するなど様々な効果が期待される。
近年は大規模経営だけでなく中小経営から家族経営までこれらICTの導入が普及しつつある。
しかも日本においてはこれまで現場で培ってきた技術が非常に優れており、この優れた技術を体系化し横展開することで持続可能な農林水産業の実現は十分可能だと考えられる、と坂下氏。
「グリーン成長戦略」を発表
この優れたシステムによって生産される農林水産物を今後はフードサプライチェーンにまで広げていくことも大きな目標の一つである。
例えば、新型コロナで外食・宅配・小売のそれぞれに大きな影響があったが、このような有事の需要変動に即座に対応できるフードチェーンの実現や、生産販売計画の実現なども目指すところである。
また、日本は食料の多くを輸入に依存しているが、例えば、肥料は国内で調達可能な産業副産物を活用することで、低コスト肥料を開発することが可能である。
また家畜の排泄物や食品ロスのリサイクルなどによっても肥料の製造が実現するのではないか、と坂下氏。
SDGsの実現に向けて諸外国でも食料・農林水産業と地獄可能性に関わる戦略が策定されており、特にEUや米国では具体的な数値目標も設定されている。
この流れの中で、日本も2020年10月「2050年カーボンニュートラル」宣言を行なっており、農林水産省は14の産業分野において具体的な目標と数値、政策を作成し「グリーン成長戦略」として発表している。
「みどりの食料システム」で輸入に依存しない産業基盤を構築
さらにこの戦略の先に「みどりの食料システム」がある。みどりの食料システムでは「農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現」「ネオニコチノイド系を含む従来の殺虫剤に代わる新規農薬等の開発に夜化学農薬の使用量を50%低減」する。
また「2030年までに食品製造業の労働生産性を最低3割向上」「日本うなぎ、クロマグロ等の養殖において人口種苗比率100%を実現」など、中長期的な視点から調達・生産・加工・流通・消費すべての段階にいてカーボンニュートラルを中心とした環境負荷軽減のイノベーションを推進することを目標としている、と坂下氏。
「みどりの食料システム」が実現すれば、経済的には輸入に依存しない国内生産を中心とした持続的な産業基盤が構築される。
また、社会的には国民の豊かな食生活だけでなく地域の雇用や所得が拡大、そして地球環境の安心した未来の継続が期待される。
2021年度はまだ取り組みのスタート段階であるが、2050年には廃棄物ゼロ=ゼロエミッションを実現させることを目標に、各分野だけでなく消費者一人ひとりも巻き込み、大きなムーブメントとして1歩1歩実現に向けて取り組みたいと話した。