2021年9月15日(水)、Web配信にて未来へのバイオ技術勉強会セミナーが開催された。この中から加藤久典氏(東京大学大学院 農学生命科学研究科 健康栄養機能学)の講演「国内外における栄養学のトレンド~Precision Nutritionを中心に」を取り上げる。
世界の人々の栄養改善について広く議論
現在、世界の栄養学で問題とされている事柄に「微量栄養素の欠乏」「高齢者の低栄養」「若年女性の栄養不足」「食塩・飽和脂肪酸等の摂取過多」などがある。
これらの問題を一つひとつを解決していくべきだが、その前に私たちが現在どのような立ち位置にいるのかを知り、どの問題を優先的に解決していくべきかを考える必要がある、と加藤氏。
国連(UN)は「WHO国際栄養目標2025」という目標を設定しているが、これはそのままSDGsに引き継がれる形になっている。
このゴール達成までのプロセスとして、さまざまな国際会議や研究発表イベントが予定されているが、この2年はコロナで開催できていないものも多い。
例えば、2020年9月に行われる予定の「東京栄養サミット2020」は延期となり、本年の12月に開催される予定で改めて準備が進められている。
このサミットは各国政府、国際機関、企業、市民団体などのリーダーが食・健康・繁栄をテーマに、世界の人々の栄養改善について広く議論し、今後の行動の方向性について共通認識を深めていく。
2025年までに、「出生児の低体重を30%減らす」などの目標
特に2020年(実質2021年)は、国連がこれまで手がけてきた栄養に関する活動の中間地点にある。
母体、乳児、幼児の栄養に関するWHA(世界保険総会)の目標を達成するまであと5年という大切な時期である。また、引き継がれたSDGs達成まであと10年という重要な期間でもある。
5年、10年で何ができるのか、何をすべきなのか。食糧や栄養に関する世界的な目標の達成や、あらゆる形態の栄養不良を終結させるために、「東京栄養サミット」では参加者が中心となって誓約し、実際の活動として2025年、2030年のゴール達成を目標にコミットメントしていくことが重要だ、と加藤氏。
ちなみに「WHO国際栄養目標2025」では、2025年までに「1、 5歳以下の子供の発育阻害の割合を40%減らす」「2、 生殖可能年齢にある女性の貧血を50%減らす」「3、出生児の低体重を30%減らす」「4、子供の過体重を増やさない」「5、最初の6カ月間の完全母乳育児の割合を50%以上にする」「6、小児期の消耗性の割合を5%以下に減少・維持する」といった具体的な目標が設定されている。
新型コロナの影響で標達成に遅れ
さらにこれはSDGsの主に「2」の「飢餓を終わらせ、食糧安全保障及び 栄養改善を実現し、 持続可能な農業を促進する」に引き継がれている。
SDGsの2-1では「2030年までに、飢餓の撲滅と、特に貧困者層や幼児を含む脆弱者層などを対象に、通年にわたる全ての人々の安全で栄養価の高い十分な食料へのアクセスを確保する」と明記されている。
また2-2では「2030年までに、2025年を目指した5歳以下の発育阻害及び消耗性に関する国際的目標の達成を含む、すべての形態の栄養不良の終焉、および女児、妊産婦及び高齢者の栄養需要への対処を行う」と明記されている。
しかし現時点では新型コロナウイルスの影響もあり目標達成の進度は適切とは言えない状況である。
例えば、5歳以下の子供の約22%(150億人)が未だ食糧不足による発育障害にある。また約3000万人がコロナがなかった場合に比べ飢餓にさらされていることが報告されている。
精密栄養という新たなトレンド
国際的な栄養の課題やトレンドとして新たに「Precision Nutrition(精密栄養)」というものがある。
これは 年齢、性別、ライフステージ、さらにゲノムやエピゲノム、腸内細菌、睡眠や休息、運動や活動と、生活リズム、体格や体組成、病歴、ストレスや精神状態、食事履歴、思考などを考慮した個人に合った栄養を提供するトレンドである。
これまでの健康診断や身体検査だけでなく遺伝子検査やスマート機器を使ったリアルタイムなモニタリングなどを通し、人工知能によって情報処理を行う。
これによりそれぞれに合った食事や運動、さらに行動変容プログラムまでアドバイス・プログラムしようという考えだ。
早めの段階で異常を察知するだけでなく、起こりうる異常を予知して未然に対処することができれば、健やかな加齢やQOLを保つことができる。さらには食による治療が可能になると期待されている。
現時点では「テーラーメイドゲノム栄養」を実現するために、食に関わる遺伝子領域を同定することが先決課題と考えられている。
母体の栄養、胎児の成人期の疾病リスクに関わる
もう一つ「DOHaD」もトレンドだ。DOHaDとは、 胎児期から出生後の発達における種々の環境要因が成長後の健康や種々の疾病発症リスクに影響を及ぼすという概念である。
胎児は、母体の栄養状況がどのようなものであるか、母体の影響をダイレクトに受ける。
また母体の栄養や環境は胎児の遺伝子にも影響を与え、影響は胎児が成人した時にまで及び、成人期の疾病リスクにまで関わってくるのではないか、ということがさまざまな分野によって研究されている。
特に、 虚血性心疾患、脳梗塞、2型糖尿病、肥満、脂質異常症、神経発達障害などは、低出生体重との関係性が非常に強い疾患と考えられるようになってきている。
テーラーメイド栄養学というトレンド
さらにタンパク質についてもここ数年で注目が高くなっている。特に大豆、酒粕、そばなどのレジスタントプロテインと呼ばれるタンパク質は、プロバイオティクスとして腸内環境に影響を与えるのではないかと研究が進められている。
これらのタンパク質は、コレステロールの低下や腸内細菌層の調節などに役立つことで将来の疾病リスクに関係している可能性がある。またこの辺りは同じくトレンドといえる植物性タンパク質への移行との関わりが期待される。
これからの栄養学は、個人個人に合わせたテーラーメイドというトレンドがあり、その上で、地球に優しい細やかな戦略が求められているのではないか、と加藤氏はまとめた。