2023年6月3日(土)、オンラインにて「第15回日本の農業と食を考えるシンポジウム」が開催された。ここでは遺伝子組み替え食品を考える中部の会代表の河田昌東氏による「ゲノム編集による品種改良 何が問題か」を取り上げる。
分子生物学者 遺伝子組み替え食品を考える中部の会代表 河田昌東
今、日本だけでなく世界的潮流として「遺伝子組み換え」よりも「ゲノム編集」へ流れが大きく変わりつつあるという。日本で商品化されているゲノム編集食品は「高GABAトマト(血圧降下作用)」「マッスル真鯛」「成長促進トラフグ」の3つがあるが、世界で商品化されているものもこの日本発の3点のみであるという。つい最近アメリカでゲノム編集コーンが開発されたと報道があったが、これは日本が世界で最も大量にゲノム編集トウモロコシを輸入しているため日本向けだとされているという。
「高GABAトマト」とは筑波大学で開発されたもので2020年12月の届け出により商品化され現在全国で栽培中となっている。「マッスル真鯛」は京都大学と近畿大学が開発したもので、成長ホルモン抑制遺伝子の「ミオスタチン遺伝子」を破壊することで体長は20%程度短いが非常に肉厚な真鯛になっている。「成長促進トラフグ」は京都大学が開発し、食欲抑制ホルモンのレプチン受容体を破壊したことで通常の2倍の速度で成長するトラフグで2021年10月に届け出されたものである。なぜこれほどゲノム編集が日本国内で盛んなのかといえば、2018年の6月に安倍首相が「総合イノベーション戦略」の一環として「ゲノム編集を成長戦略の真ん中に位置付け、関係閣僚はこれまでの発想にとらわれない大胆な政策を一丸となって迅速かつ確実に実行に移すように」という発言があったからで、この発言を受けて環境省と厚労省が急に動き出したという背景がある、と説明。
確かにゲノム編集がうまくいけば、難病治療の可能性や、従来の品種改良に比べ時間の短縮などのメリットはある。しかし遺伝子組み換えとゲノム編集は大きく違うことを理解しなければならない、と河田氏は指摘。遺伝子組み換えは外来遺伝子(除草剤耐性・害虫抵抗性など)をランダムに挿入する必要があり、目的の細胞を後から選別するので時間とコストがかかる。一方、ゲノム編集は標的遺伝子の特定の塩基配列だけを壊す(=ノックアウト)ので、短時間でコストも安い。ちなみにゲノム編集には大きく2種類あり、特定の遺伝子の塩基を削除するノックアウトと別の塩基配列を挿入するノックインがある。現在主流なのがノックアウトの方であるが、ノックアウトを実行するためには「ゲノム編集酵素」である「DNAを切断・分解するハサミ」が必要だ。最もよく使われるハサミ役が「Cas9」と呼ばれる酵素と案内役を務める「gRNA」から成る「CRISPR/Cas9」であるが、これを開発したジェニファー・ダウナウド氏とエマニュエル・シャルパン氏という2人の女性(20年、22年度のノーベル科学賞受賞)も今、このやり方で行うゲノム編集に警鐘を鳴らしているという。植物など小さい細胞にゲノム編集を行う場合は、「Cas9、gRNA」の他に「マーカー遺伝子」がどうしても必要となる。この技術によって行われるゲノム編集は「ベクター」と呼ばれる手法であるが、技術的な問題点として、標的外の遺伝子も破損してしまう「オフターゲット」が起こってしまうことがわかっている。その理由はゲノムの塩基対の数が多いからということや、少なくとも1個の細胞に100万個以上のゲノム編集のハサミを入れる必要があり、細胞に入れるゲノム編集酵素類を多く入れるほど(濃度をあげるほど)編集効率が上がる一方で、オフターゲットが起こりやすくなるというジレンマがあるからだ、と解説した。
これまで「ゲノム編集は自然突然変異と同じ」と話す人もいたが、それは完全な間違いであるとも河田氏は指摘。自然突然変異では「同じ塩基配列が同時に壊れるオフターゲットは起こらず」、「DNAの2本鎖が同時に切除されることもほとんどなく」「自然突然変異では機能中の遺伝子(エキソン)は修復されるが、タンパク質を作っていない塩基配列は修復されず突然変異率がダントツに高い」のに対し「ゲノム編集は機能している塩基配列を壊す」という大きな違いがある、と解説。ゲノム編集そのものが「一個の遺伝子が一個のタンパク質を作る」という古い考え方を採用していて、一個の遺伝子を破壊すると他の遺伝子の構造や発現にも影響することや、他の遺伝子機能への影響については考慮されていない、と指摘した。ゲノム編集を行うのであれば「他の遺伝子に与える影響」「ノックアウトが他の細胞に与える影響」そして「健康と環境に与える影響」を確かめる必要があるだろう。
しかもゲノム編集を行う上で不可欠な「マーカー遺伝子」についても注意しなければならいと話す。「マーカー遺伝子」はゲノム編集ができた細胞とできてない細胞を識別・選別するために不可欠で、発光タンパク質を作る遺伝子や抗生物質耐性遺伝子などから成るものだ。つまりゲノム編集の過程では必要だが、終われば不要な外来遺伝子と言える。例えば種子なしトマトに含まれるマーカー遺伝子は「抗生物質カナマイシン耐性遺伝子」と「発光クラゲ遺伝子」であるし、農研機構が作った改良シャインマスカットにはマーカー遺伝子として「ネオマイシン耐性」が、キリン株式会社が作っているソラニンを作らないジャガイモには「カナマイシン耐性遺伝子」「カルぺニシン耐性遺伝子」が含まれている。食品の場合、抗生物質耐性遺伝子は腸内細菌の遺伝子に取り込まれ、腸内細菌が抗生物質体制になることなどがわかってきている。例えば除草剤耐性遺伝子大豆(マーカーに抗生物質耐性遺伝子を使用)を食べると、便から除草剤耐性菌が検出されることが解明されているという。実際、このことは世界的な問題となっており、2022年1月国際的医学雑誌ランセットには「2019年に世界全体で450万人が抗生物質耐性菌で死亡している」というデータを紹介。日本では国立国際医療センターが2017年に国内で8000人が「薬剤耐性菌」によって死亡しているという推計を報告している。
抗生物質耐性菌が人の体で発生指定しまう原因は、抗生物質の多様(医療)だけでなく、家畜や飼料に含まれる抗生物質耐性遺伝子マーカーによるものも大きいことが想定されるが、人だけでなく、農地や河川などあらゆる場所で抗生物質耐性菌や除草剤による汚染が増え、地球規模の問題と認識すべきだろうと警鐘を鳴らす。マーカー遺伝子を除去する方針を国は出してはいるが、チェック義務はない。つまりゲノム編集食品については「ゲノム編集食品」と明記する必要があるのに、その表示義務がないため、消費者の選択の自由は奪われ、事実上の人体実験をされているようなものだろう、と話す。また、機能性表示食品の「高GABAトマト」とゲノム編集の「高GABAトマト」を見分ける手段は消費者にはない。ゲノム編集食品と機能性表示食品が混在している状態が野放しになっていることは大きな問題だと指摘した。 「ゲノム編集ではない」という自主的なマークを作っている団体などもあるがまずは国が主導して安全審査を行うことや、表示義務を指導することが急務であろう。いずれにせよ、ゲノム編集は特定遺伝子を効率よくターゲットにできる以外、技術的には従来の遺伝子組み換えとほとんど変わらず、また、抗生物質耐性菌などの問題などを考慮すれば弊害が大きいのではないか、とまとめた。