2023年10月27日(金)、ニューピアホール(東京都竹芝)にて公益財団法人ヤクルト・バイオサイエンス研究財団主催・文部科学省後援による「第31回腸内フローラシンポジウム」が開催された。本年度は「腸内フローラと感染症抑制」をテーマにした最新研究が発表された。ここでは特別講演1のブラジルのリオグランデ・ド・スル・カトリック大学のアナ ポウラ デュアルテ ドゥ ソーザ氏による「ウイルス性呼吸感染症における腸内細菌叢とその代謝産物の役割」と、医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤 純氏による講演1「腸内細菌と食が作り出す腸内環境の理解と健康科学への展開」を取り上げる。
ウイルス性呼吸感染症における腸内細菌叢とその代謝産物の役割
この4年間、世界は新型コロナウイルス感染の脅威に晒されたが、その最中にも数多の腸内細菌や腸内細菌叢と感染症の関係を明らかにしようとする研究が行われていた。すでに腸と脳が関係していることがわかっているが、最新の研究では腸と肺にも関係があることや、コロナに感染した後に腸内細菌叢が変化することなどもわかってきているという。ソウザ氏はブラジルで腸内細菌とその代謝物の研究に長年従事しているが、腸内細菌が産生するさまざまな代謝物が腸内や皮膚、口腔内や脳だけでなく、肺などの呼吸器を含むあらゆる臓器にも多大な影響を与えていることに注目しているという。
体内には非常に多様な細菌が存在し、特に腸内には多種多様な菌叢があることが知られているが、実は皮膚や呼吸器にも同じように菌叢が定着しておりそれぞれの臓器だけでなく全身に影響を与えている。ソウザ氏は肺と腸内細菌の研究、腸内細菌(マイクロバイオータ)は肺にどのような影響を与えているかを研究している。そもそも腸内細菌は体内のさまざまな免疫応答を調整していることがわかっている。そのメカニズムは主に3つあり「腸内細菌が細胞の中の免疫応答を惹起する」「腸内細菌が粘膜で作用し、それが血流にのって他の臓器に移動し機能する」「腸内細菌叢が産生する代謝物が免疫細胞を刺激し全身で働く」だ。この代謝産物の役割は非常に大きい。腸内細菌は食物繊維の中でも特に不溶性食物繊維によって酪酸や短鎖脂肪酸を産生する。これらは血液に乗って細胞に取り込まれエピジェネティクスな反応を起こす。そこで発現した新たな物質がさらに血液に乗り別の臓器に移動し、その臓器で作用することも確認されている。ソウザ氏はこのメカニズムを使って肺の免疫システムを向上させれば、さまざまな感染症に対応できるのではないか、つまり感染症の予防や治療に貢献できるのではないかと考えたと話す。まずは乳幼児の調整乳にプレバイオティクスを添加する研究をしたところ、乳幼児がかかりやすいRSウイルスの予防効果が見られた。そこで喘息にも効果があるか、喘息モデルのマウスに対し、短鎖脂肪酸を投与したところやはり改善の確認ができた。RSウイルス罹患時の免疫反応は喘息時の反応に類似しているので、腸内細菌の代謝物でRSウイルスにも対応できるのかを研究。細胞の中には色々な遺伝子があるが特にインターフェロンが抗ウイルスに関係している。
マウスの試験では、RSウイルスモデルのマウスに高繊維食と普通食(低繊維食)をそれぞれ与えたところ、高繊維食マウスは体重の減少が抑制され、それに伴い肺の炎症も普通食マウスより抑制されたことが確認できたという。普通食マウスの方は体重が減少し、それに比例するようにウイルス量が増加し症状が悪化。さらにそれぞれに糞便を確認すると高繊維食マウスの方には短鎖脂肪酸が多く含まれ、短鎖脂肪酸の中でも酢酸が肺での1型インターフェロン産生に関与していることが確認できたと解説。RSウイルスに感染した子どもの腸内細菌叢と重症度の関連性を解析したところ、便中に短鎖脂肪酸が多く含まれる子どもほど入院期間や、発熱、鼻詰まりなどの症状が短縮されていることを確認したという。そこで、酢酸水をRSウイルス感染前のマウスに経鼻投薬したところ、マウスの体重減少は抑制され、ウイルスが肺に蓄積することなく、経鼻投与による感染予防と治療効果が確認できたと解説。いずれにせよ酢酸は肺のウイルス量を抑制する働きも持ち、中でも酢酸はタイプ1のインターフェロンを誘導していることがわかったという。つまり高繊維食によって腸内細菌が酢酸を増加させ、酢酸の受容体であるGPR43に結合し免疫応答を調整。その結果RSウイルスに対して予防、治療効果を示すとまとめた。一般的に「風邪」と呼ばれる症状を引き起こすウイルスの一つであるライノウイルスにも酢酸による予防効果があるかについてもマウスで検討したところ、酢酸を処置したマウスにライノウイルスを投与すると酢酸投与マウスの肺ではライノウイルス量が有意に低下し、他にも肺のムチン量が低下するなど、改善を示すデータが得られたという。コロナウイルスについても現在予備的な研究を進めているという。
これらの研究を経て、現在は、免疫調整剤として細菌溶解物(ポストバイオティック)、つまり、異なる腸内細菌による産生物のカクテルを経口または鼻腔投与することで呼吸器感染症予防に貢献する方法を検討しているという。すでにOM85という腸内細菌由来のカクテル製剤が登場していて、これも効果のメカニズムとしては体内の短鎖脂肪酸(酢酸)を増やし免疫調整機能を高めることでRSウイルスやライノウイルスに対する保護作用を発揮している。乳幼児、喘息患者、高齢者などはRSウイルスやライノウイルスの重症化のリスクが高いので、ポストバイオティクスの使用について検討が進むと良いのではないかとまとめた。
「腸内細菌と食が作り出す腸内環境の理解と健康科学への展開」
医薬基盤・健康・栄養研究所 國澤 純
一方、國澤氏らのグループでは食用脂の摂取により腸内細菌叢から産生される代謝産物に注目し、それが免疫に及ぼす影響や疾患との関わりについて研究を進めているという。特に必須脂肪酸であるオメガ3脂肪酸の「αリノレン酸」を多く含む亜麻仁油を投与して飼育したマウスにおいて、腸管や皮膚、呼吸器などでアレルギーが予防改善できることを明らかにしたと発表。これは食品から摂取された脂質が腸内細菌によって脂質代謝物に変換され、その脂質代謝物が標的受容体に結合するなどで抗アレルギー・抗炎症効果を発揮しているメカニズムも解説。脂質の腸内細菌代謝産物の一つとして「αketo A」があるが、「αketo A」は亜麻仁油で飼育したマウスの糞便において増加するが、無菌マウスでは産生されず、このことから「αketo A」脂質代謝物は腸内細菌の代謝に依存して産生される代謝物であることも解明された。腸管で産生されたαketo Aは体内に吸収された後、炎症性マクロファージの機能を阻害することで糖尿病や接触皮膚炎の抑制に働く。これはαリノレン酸の事例にすぎないが、これから他の脂質によっても腸内細菌による脂質代謝産物が見出されることが期待されている。 このようにさまざまな知見が蓄積されることで、腸内環境の「個人差」という課題に挑戦できる可能性も高まっている。食品が個々人に与える影響を予測し、個人個人が最適な食品を摂取できる「個別化栄養」の確立が待たれるが、國澤氏らのグループではすでに大麦やアマニポリフェノールを摂取した際の産生を予測する機械学習モデルを構築している。今後は対象食材を増やし、腸内細菌のデータによって食品の健康効果を予測し、個別化栄養の実現・実用化へ更なる前進を図りたいと話した。