2024年10月11日(金)、オンラインにて「公益財団法人不二たん白質研究振興財団公開講演会大豆のはたらき〜人と地球を健康に〜」が開催された。持続可能な社会の発展を目的として植物性素材の高度利用が急速に進んでいるが、大豆にはどのような役割が求められているのか、ここでは東京大学大学院 農学生命科学研究科 佐藤隆一郎氏の講演を取り上げる。
大豆はすごい!日本人の長寿を支える大豆の機能性とは 東京大学大学院 農学生命科学研究科 佐藤隆一郎
今現在、地球には約80億の人がいるが、2050年には100億人を超えると予測されている。このことを踏まえると「世界のタンパク質危機にどう立ち向かうか」、は人類の重要な課題の一つだ。人間の体は体重10キロに対して約10gのタンパク質が毎日必要で、それは食品から摂取するしかない。たとえば60キロの人であれば毎日60gのタンパク質が必要だ。多くの人が好むタンパク質といえば肉であり、特に牛肉であるが、数年後には牛肉は「超贅沢品」になることが予測されている。食用牛肉の牛を一頭育てるにも膨大な水と飼料が必要で環境負荷が大きいが、その割に牛一頭から取れるタンパク質の量は人口を考えると十分とは言えない。健康面の問題もある。魚や植物性タンパク質に含まれる脂質と動物性タンパク質に含まれる脂質の組成は異なり、前者に含まれる脂質には健康効果が多数報告されているが、後者の方は食べ過ぎると健康問題を引き起こすことがわかっている。人間の健康にも地球の健康にも動物性タンパク質の摂取は減らしていくべき、というのが世界共通の認識になっているのが現段階だ、と佐藤氏は解説。そこで注目されているのが大豆などの植物性タンパク質だ。特に大豆はグラムあたりのタンパク質量が牛肩ロースや豚肩ロースと大差がなく、しかもいわゆる「アミノ酸スコア」が100という、質の高さにも注目が集まる。それだけではない。近年は大豆にさまざまな機能性が報告され、その健康効果についても目を見張るものがある。
古来より日本人の食生活に大豆は不可欠な食材であるが、それでも日本人の食事内容は戦後少しずつ変化してきて、今では完全に「欧米式」に近づいていることが指摘されている。戦後の日本は糖尿病をはじめとする生活習慣病患者数が急激に増加しているのに対し、エネルギー摂取量(食事から摂取するカロリー)は1950年の1日の食事のエネルギー摂取量と比較して減少傾向で、食事の内容が大きく変化しているということだ。具体的には1950年には一人1日あたりの食事摂取カロリーは2100Kcal程度であったが、現在は2000kcal以下になっている。また、魚介類や米の摂取の減少に対し、肉類や小麦類の摂取は増えている。さらに摂取カロリーの内訳を考察すると、脂肪エネルギーの割合が大きく増えているという。食事摂取基準では脂肪エネルギーの摂取は摂取カロリー全体の25%以下にすることが推奨されているが、成人男性で20%以上、女性で27%以上が、30%以上のカロリーを脂質から摂取していることが報告されている。つまり「脂肪摂取過剰」に陥っている日本人が多いのだ。年代別・性別別に見ると、20歳〜29歳の男性で63%、30歳〜39歳の男性で55%、40歳〜49歳の男性で48%が脂肪摂取過剰状態に陥っているとされる。この「脂肪摂取過剰」は健康問題との関連が指摘されている。1970年代、男長寿県といえば「沖縄」であったが、2015年には「長野」になった(1970年代には全国の男女の糖尿病死亡率47位)。これは沖縄にはBMI25以上の肥満者の割合が増えていることと関連していると推測されている。現代の沖縄の成人男性は二人に一人がBMI 25以上の肥満に該当し、これが平均寿命の短縮の原因になっている可能性が高いのだ。実際、食事全体からの摂取カロリーの高低よりも、食事の中に含まれる脂質の割合が高いと肥満になりやすいことがわかってきており、食事の内容が肥満、健康状態を左右することは間違いなさそうだ、と佐藤氏。
現在、食事内容と老化のスピードについても世界中で研究が行われているが、老化の進行速度には個人差があり、老化が最も遅い人であれば1年に0.4歳程度しか老化が進行しないが、最も速い人だと1年で2.44歳程度老化が進行し、老化の進行速度には最大6倍の個人差があることがわかっている。アンチエイジングは高齢になってから慌てて行うのではなく、中高年以降の早期から時間をかけて行うべきだというのが最新の研究結果だ。しかし、アンチエイジングは特別な手法であると続かない。ストレスなく生活の一部としてできるケア方法であることが重要で、そうなるとやはり「食の内容を見直す」というのが最も手軽に誰でもできることだ、と佐藤氏。そのような中で、日本人にはもともと「大豆を食べる」という習慣があるのはラッキーだという。世界では大豆タンパクに注目が集まりつつあるが、そもそも大豆を食する国は日本・韓国・北朝鮮・コスタリカ・中国などの少ない国でしかない。世界の大豆生産国のトップ3は米国やブラジル、アルゼンチンであるが、これらは主に搾油や家畜飼料用であり、私たちの食材として作られているわけではない。
日本人は大豆、特に豆腐や納豆を当たり前に食べる習慣がある。その中で大豆の優れた機能性についても多く報告されているが、佐藤氏が特に注目しているのが「βコングリシニン」だという。βコングリシニンには内臓脂肪低下作用や血清TG低下作用が確認されている。さらに、マウスの試験ではβコングリシニンを摂取することで「FGF21」というホルモン分子の血中濃度が高まることが確認できているという。FGF21とは約180のアミノ酸からなるホルモン作用物質で、特に体内では肝臓で合成されるが、高血糖時の摂食抑制作用・抗肥満作用・抗糖尿病作用・コラーゲン保護作用などを持つ物質であるが、βコングリシニンの摂取でFGF21の発現と血中濃度は優位に上昇するため、人においてもやはりアンチエイジングに効果的と言えるのではないか、と佐藤氏。 大豆は寿命を伸ばす食品であると佐藤氏は話す。効果的な大豆の摂取量は1日100gだ。健康日本21の報告によれば、日本人は平均60g(日)の大豆摂取量とされているので、毎日の食事に納豆を1パック(1パック=50g平均)追加するだけで十分なアンチエイジング効果、寿命延伸効果、そしてタンパク質不足を改善し、質の良い脂質を摂取する食事内容に変わるのではないかと説明。大豆の機能を多くの人に知ってもらうことで、大豆の生産量も消費量ももっと増えるのではないか、とまとめた。