2024年10月23日(水)〜25日(金)、東京ビッグサイトにて「食品開発展2024」が開催された。食品分野の研究・開発、品質保証、製造技術者向けの専門展示会である食品開発展。今年度で35回目を迎え、約4万人の来場者で賑わった。ここでは出展社プレゼンテーションから株式会社オルトメディコによる「遺伝子発現解析技術を利用した食品成分の安全性評価」を取り上げる。
早稲田大学教授 原太一 /㈱オルトメディコ
ここ数年、ノーベル賞受賞やコロナワクチンで知られるようになった「ゲノム」の世界であるが、「ゲノム科学」の分野はこの10〜20年で急速に発展し、さまざまな分野で実用化されるレベルになっている。特に医学の分野において応用が進んできているが、ようやく食品の分野でも少しずつゲノム科学が活用されるようになっている、と原氏。
私たちの体は30兆とも60兆ともいわれる細胞で構成されており、細胞の一つ一つの中には「核」と呼ばれる構造がある。核の中にはDNAが折りたたまれて格納されている。体の設計図であるDNAの情報はRNAに転写(コピー)されて、タンパク質へ変換されるが、そもそもDNAの中にはマイクロRNAと呼ばれる短いRNA情報が多数存在することがわかっている。マイクロRNAそのものはタンパク質に変換されないが、マイクロRNAそのものがさまざまな機能を有しており、遺伝子情報の読み出しと遺伝子の発現をコントロールする役割を担っていることがわかっている、と解説。食品においてもこの仕組みを利用しよう、というところまできているのが現状であるが、遺伝子発現解析によって食品の機能性や安全性を確認する方向性を大きく変えることができるという。
食品の機能性や安全性の確認は、これまでは食品を摂取した際に起こる体内の変化を見ていく流れが主流であった。しかし遺伝子発現解析技術を用いれば、先に「食品に持たせたい役割」を決定し、その食品を摂取することで本当に体内で狙った役割が起こるのか、体内で発現し変化するタンパク質の動体(遺伝子発現)を分析することで確認することができる。例えば、よく知られる食品機能である「抗酸化」について、これまでは個別に解析する必要があり、ラジカル消去を測定するキット等を用いて抗酸化作用が本当に起こっているのか検証してきた。このような従来の方法では、解析結果から機能性が確認できても食品の摂取によって期待通りの効果が得られるのか保証はできない。実際「ポリフェノールパラドックス」と言われるように、体内でほとんど吸収されない抗酸化成分ポリフェノールがどのようなメカニズムで抗酸化機能を発揮しているのか説明しきれない部分がある。しかし、遺伝子発現解析を用いれば、食品の摂取で細胞や体内で生じる遺伝子発現解析やタンパク質発現解析、代謝物解析を組み合わせながら網羅的に機能性の解析ができる。この分析手法は、栄養を意味する「ニュートリション」と解析法を意味する「ゲノミクス」を合わせて「ニュートリゲノミクス」と呼ばれる、と原氏。
ゲノム解析によって、私たちの体は、特定の刺激が起こると、それに応じて遺伝子、RNA、タンパク質、代謝産物、腸内細菌が変動することが解明されている。食事という刺激でも体内ではさまざまな変化が起こっている。これから、食品の機能性や安全性の分析に遺伝子発現解析技術を用いれば、特定の機能性の確認だけを検証するのではなく、食品に含まれる多種多様な成分との相互作用や生体レベル(消化・吸収、代謝など)での作用も網羅的に確認することが可能になる、と原氏。するとこれまではっきりしなかった作用機序も明らかになり、機能性成分だけでなくメカニズムそのもので特許を取得できる可能性もあるという。
食品を摂取すると腸管上皮細胞に認識されることでエクソソームと呼ばれる顆粒状の物質が放出されるが、このエクソソームが標的となる組織の受容細胞に対して生理作用を及ぼしている可能性が考えられているという。実際、お茶のカテキン(EGCG)の摂取で放出される腸管上皮細胞由来エクソソームを遺伝子解析したところ、EGCGによって特徴的なタンパク質がエクソソーム内で発現することが確認されている。通常のエクソソームとは機能性の異なるエクソソームが、他の臓器や脳などに移動することでさまざまな機能性を発揮している可能性もあるし、脳腸相関についてさらに踏み込んだ解明につながる可能性もある。EGCGがなぜ免疫機能を高めるのか、アレルギー反応を抑制するのか、説明しきれていない部分がまだまだあるが、エクソソームの観点から研究すると新たなメカニズムがわかってくるのではないか、と説明した。
現在、原氏らのチームで強い関心を持っているのが「フードペアリング」だという。食事は、1回の食事で一種類ではなく数種類のものを組み合わせて楽しむものだ。その食事の組み合わせはもちろん、サプリメントの飲み合わせなども、それぞれの効果を相殺するのではなく相乗効果が高まっていくような摂取が期待されている。成分のペアリング次第では非常に少量の摂取で機能性が高まる可能性もある。そうすれば、機能性食品やサプリメントの製造において原料の使用量を抑えることでコストを抑えることが可能となり、より安全性や効果を高めることにもつながるだろう。 遺伝子のデータが蓄積されてくると、健康について調べるために重要なバイオマーカーにも活用できそうだという。新たな健康遺伝子を見つけてそれを測定するところまでいけば、本当に必要な健康食品を開発することも可能になるだろう。もちろん、安全性についても遺伝子がどう反応するかを解析することで「食経験」を超えたレベルで安全性を担保できるようになる。遺伝子解析を用いた機能性スクリーニングや安全性試験は、従来の方法よりも時間が大幅に短縮できるというメリットもある。今後この解析方法が一般化されれば、今まで以上に健康食品の果たす役割が大きくなるのではないかとまとめた。