2025年11月1日(土)、TKPガーデンシティPREMIUM(金沢)とオンラインのハイブリッドで開催された「大豆のはたらきin金沢 人と地球を健康に」(公益財団法人不二たん白質研究振興財団主催)。3名の専門家から大豆活用の最前線について講演が行われた。ここでは、京都大学の佐藤健司氏による「味噌の健康機能とペプチド」を取り上げる。佐藤氏は、日本の伝統食品である味噌に含まれるペプチドが、血圧上昇抑制や肥満抑制など、人の健康にどのように寄与するのかを、最先端の分析技術と生理学的知見を交えて紹介した。
京都大学大学院農学研究科 教授 佐藤健司
日本人の食生活において「味噌」は重要な位置を占めているが、その消費量は残念ながら最盛期の1975年頃と比較して現在は3分の1から半分以下に激減している、と佐藤氏。それでも日本人は世界で一番スープを飲む国民であり、日本人にとって味噌汁は最も馴染みのあるスープの一つであると言える。味噌汁の材料である味噌には、米味噌、麦味噌、合わせ味噌、大豆のみで作る八丁味噌など多様な種類がある。特に八丁味噌は、大豆を潰して団子にし、麹菌をかけ、石の下で約3年という非常に長い期間熟成させる製法が特徴的だ。対照的に京都の白味噌は数週間で熟成する。味噌の種類によってその健康機能は多少異なるが、味噌全般に健康機能があることはさまざまな疫学調査などでも明らかにされている。
例えば、味噌汁を主とする日本のスープ摂取量はBMI(肥満度)と負の相関を示すこと疫学研究で提示されている。つまり味噌汁をたくさん飲む人ほど肥満が少ない傾向が見られるのだ。また、長浜コホート研究によれば、味噌汁を毎日飲む女性はインスリン抵抗性(糖尿病のリスクファクター)が低く、糖尿病リスクが少ないことを報告している。ヒト試験で、味噌を摂取する試験群と、塩分のない大豆製品を摂取する対象群を比較した結果、塩分を含む味噌を摂取しても血圧はむしろ上がらずに下がる傾向が見られたといった報告もある。
この味噌にはペプチドが豊富に含まれている。ペプチドとはタンパク質が消化の過程で小さくなったものであるが、味噌の場合、大豆のタンパク質が発酵分解される過程でペプチドが豊富に生成される。通常、ペプチドはさらにアミノ酸に分解されて栄養源となるが、味噌の中には発酵中に変化を受けた「普通ではない」ペプチド、すなわち「修飾ペプチド」が含まれているという。この修飾ペプチドとは「ピログルタミルペプチド」や「環状ジペプチド」などで、通常のペプチドとは異なる構造をもち、消化管内で分解されにくく血中に移行しやすいため、さまざまな生理活性機能を発揮するのではないか、と佐藤氏。主な修飾ペプチドとして、以下の3つを紹介。
まず「ピログルタミルペプチド」はグルタミン酸が環状構造になったペプチドで、大豆や米のタンパク質に多く含まれるグルタミン、発酵中に酵素の働きで変化して生成されるものだ。そして「アスパラギン酸イソペプチド」は、通常とは異なる場所(アスパラギン酸の側鎖)でペプチド結合した、異性化したペプチド。さらに「ジケトピペラジン」はアミノ酸が二量体で環状構造を形成した環状ペプチドで、特に八丁味噌に豊富に含まれるという。これらの変わったペプチドは、ラットの実験で、普通のペプチドとは異なり、血液中まで吸収されることが確認されている、と佐藤氏。
わずか数ミリグラムという微量で、これらの修飾ペプチドは健康増進効果を発揮すると考えられている。ラットの試験では、ピログルタミルペプチドは小腸には届くが血中ではほとんど増加しなかった。しかしこのペプチドの投与により、高脂肪食などによって乱れた腸内細菌叢(ファーミキューテス菌群とバクテロイデス菌群の比率など)のバランスが元に戻ることが、非常に微量な濃度(体重1kgあたり0.1mgなど)で確認された。これによりヨーグルトや食物繊維とは異なるメカニズム、すなわち小腸が本来持っている抗菌ペプチド(ディフェンシンなど)の産生を増やすことによって、腸内環境を整え、その結果として肥満を抑制していることが示唆された。つまり、味噌に含まれるピログルタミルペプチドは大腸菌に作用するのではなく、小腸の抗菌ペプチドを増やすことで腸内環境を維持することに働きかけている可能性があるという。何よりこれは、日本のスープ摂取量と肥満の逆相関を説明する一因となるのではないか、と佐藤氏。
また、アスパラギン酸イソペプチドをラットに投与する試験について、ラットに過度な運動負荷をかけ疲労させたモデルで、イソペプチド(アスパラギン酸-ロイシンなど)を投与すると、運動量が回復する抗疲労効果が確認された。これにより昔からある「味噌を食べると元気が出る」という言い伝えを説明する可能性が見えてくる。アンジオテンシンII(血圧を上げるホルモン)を産生するアンジオテンシン変換酵素(ACE)を、体内に吸収されたイソペプチドが阻害する作用も確認できたことも報告。これは味噌汁で血圧が上がらない理由の一つと考えられ、ヒトの夜間血圧を低下させるという研究結果を裏付ける可能性がある。ジケトピペラジン(環状ペプチド)については、マクロファージ(貪食細胞)に菌の成分(LPS)を投与して炎症を起こさせた試験で、ジケトピペラジンが一酸化窒素(NO)の産生を抑制し、過剰な炎症を抑える作用が確認された。一方で、マクロファージが異物を食べる貪食能が促進する作用も確認され、ジケトピペラジンは慢性炎症を抑制する一方で、菌に対する防御は後押しするという、生体にとって都合の良い作用を持つことが示唆された。この作用は、東アジアで発酵食品の調味料(味噌、魚醤など)が広く使われてきたことと、感染症に対する防御力が高いこととの関連性を示唆するかもしれない、と佐藤氏。 これらの修飾ペプチドは、大豆を人工的に消化しただけでは出てこないものであり、麹菌、酵母、乳酸菌による発酵、そして熟成期間を経て作られる伝統食品である味噌の中にだけ作られる特有の成分である。これらの機能性ペプチドは、赤ワインなどに含まれるポリフェノールのように大量に摂取する必要はなく、味噌汁3杯分、あるいは日本酒コップ1杯分といった普段の和食で摂取可能な微量で効果を発揮するという。佐藤氏は、プロバイオティクス(有益な菌を摂取する)やプレバイオティクス(菌の餌となる成分を摂取する)とは異なるメカニズムで、伝統食品が我々の健康を維持してきた可能性を示し、日本や東アジアの伝統的な食文化に改めて注目する必要性を強調した。

