2025年11月7日(金)、一般財団法人日本水産油脂協会にて「第45回 水産油脂技術懇話会」が開催された。第45回では信州大学農学部 生命・食品科学コースの真壁秀文教授を迎え「プロアントシアニジン類の合成と生物活性」に関する講演が行われた。
信州大学農学部 生命・食品科学コース 真壁秀文
信州大学農学部教授である真壁秀文氏らは、これまで利用されずに廃棄されてきた農産物残渣から、極めて高い生理活性を持つ天然物化合物を発見し、その複雑な構造と生物機能の関係を、高度な化学合成技術をもって解明しようと試みているという。本研究は、特にブドウの梗(こう)、つまりブドウの果実を取り除いた後の茎のような部分に含まれるプロアントシアニジン類というポリフェノールに焦点を当て、それに抗がん作用やがんの転移抑制効果の分子構造の鍵があることを報告。この研究で天然物化学物質と合成化学物質の違いに踏み込み、機能性食品や医薬品開発のヒントや課題を明確にしたい、と真壁氏。
この研究は、長野県のワイナリーなどから大量に発生するブドウの房や梗といった農業残渣を有効活用し価値を生み出そうという現実的な問題意識から始まったという。研究チームが活性成分を探すにあたり指標としたのは、体内でがん細胞の増殖や転移を促進するとされるFABP5遺伝子の発現抑制効果で、この遺伝子の発現を抑制できれば、がんの悪性化や転移を防ぐことができると考えられているからだ。その結果、ブドウの梗の抽出物が、この遺伝子の発現を約70パーセントも抑制するという際立った活性を示すことが判明。これは、廃棄物の中に、がんの転移を抑える可能性を秘めた成分が、濃縮されて存在していることを意味していて、研究チームは大変驚いたと話す。
しかし、活性成分の正体特定は極めて困難であった、と真壁氏。ブドウの梗から単離された主要な化合物は、複数のクロマトグラフィー(分子を分離・精製する技術)を経て精製されたが、その構造はあまりに複雑であったため、一般的な機器分析では解析が難航した。NMRという装置にかけても特有のピークが得られず、最終的に質量分析によって、この化合物が分子量2475を超える巨大な分子、すなわちエピガロカテキンや没食子酸(ガレート)といった基本単位が結合した八量体相当の高重合度プロアントシアニジンであると推定された。この複雑な構造を推定し、分子式を担保するまでに、およそ六年の歳月が費やされたという。この天然物は、動物試験でもラットの試験でも、がん細胞の増殖抑制だけでなく、がん細胞が組織内に侵入する浸潤、すなわち転移を強く阻害する作用を持つことが確認された。しかし、天然物(ブドウの梗)からこの高重合体プロアントシアニジンのみを大量に単離することは難しく、構造解析も困難であるため、研究は、プロアントシアニジンの基本単位であるカテキンやエピカテキンを繋げた重合体を化学的に合成し、分子の構造と生物活性の関係を明確にする戦略へと転換した、と真壁氏は説明。
カテキン類を連結させる化学反応では、狙った重合体ではなく、水に溶けないポリマー(お茶の渋み)ができてしまう自己縮合という厄介な現象を避ける必要があったため、研究チームは、特定の金属を用いた新しい合成法を開発することで、目的の二量体を高収率で得ることに成功した。しかし四量体以上の高重合体を効率的に合成することは極めて困難で、特に活性の鍵となる六量体などの合成は収率が著しく低下するという課題が残されている、と話す。合成されたさまざまな重合体の生物活性を比較した実験データも提示。まず、カテキンを単位とする重合体は高重合度であっても、FABP5発現抑制や細胞増殖抑制といった活性をほとんど示さない。一方、エピカテキンを単位とする重合体は、五量体以上になることでFABP5抑制や浸潤阻害といった転移抑制に関わる活性が劇的に現れ始め、特に六量体まで重合度が高まると、90パーセント以上の浸潤阻害効果を示すことが確認された、と報告。この結果により、エピカテキンユニットが五量体以上の高重合体として連結した特定の構造こそが、がんの転移抑制という重要な機能を発揮するための決定的な鍵であるのでは、と真壁氏。
さらに、カテキン骨格に特定の水酸基(OH)が三つ並んだピロガロール構造を持つプロデルフィニジンの二量体では、比較的低い重合度ながら、がん細胞増殖抑制活性がより高くなることも判明。これにより、プロアントシアニジンの活性は、単に重合度だけでなく、分子が持つ特定の化学構造にも大きく依存する可能性が高い、と説明。
この研究の応用は、がん治療薬というハードルの高い分野だけでなく、より身近な疾患への展開が進められていると話す。その一例として、ブドウの種子などから単離される別のタイプの化合物、ガレート型プロシアニジンに強い炎症抑制作用があることが確認されたことも報告。この化合物は、炎症を引き起こすサイトカインの過剰な産生を抑える免疫調節作用を持ち、マウスを用いた実験では皮膚炎の症状が顕著に改善することも確認されたという。塗布でも効果が認められたことから、炎症抑制や美白効果といった機能を持つ化粧品などへの実用化が期待されている。しかし天然物からガレート型プロシアニジンを抽出すること、また化学的に合成することもやはり容易ではなく、研究チームは短工程で効率的な合成法を確立してはいるが、実用化に向けてはまだまだ技術的な課題を克服する必要があるという。 本研究から、未利用資源から高度な生理活性を持つ化合物を発見することは可能であるが、天然化学物質の多くは「高重合体」という、構造も解析も極めて複雑な物質であることが多く、これを特定したり、化学的に合成することは技術的に困難が伴うこと、そして作用メカニズムの解明にはなかなか辿りつかない現実を改めて突きつけられたと真壁氏は報告。実際、体内ではほとんど吸収されないポリフェノールがどのように機能性を発揮するのか、そのメカニズムも現在はさまざまな仮説(従来とは異なる角度による仮説)によって研究が進められているが、まだ全てが明らかにはなっていない。しかしこれらの研究を進めることが、今後の抗がん剤や炎症性疾患治療薬、機能性食品開発の大きな一歩となることは間違いないのではないか、とまとめた。

