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2012.1.11虚症・実症の両方に対応できる医療体制を

BM for Natural Products推進協議会会長 丁 宗鐵 氏

米国では2000年に入って、膨れ上がった医療費の削減のため西洋医療と代替医療(西洋医療以外の医療:Comprimentary and Alternative Medicine)とのコラボレーションによる医療体制(統合医療)の構築が進んでいる。日本でも、近年、予防医療の重要性が叫ばれているが、とくに代替医療がそうした領域を担うものと期待され、EBM(根拠)に裏打ちされた代替医療が求められている。EBM for Natural Products推進協議会会長の丁氏に、漢方専門医の立場から望ましい医療体制の有り方についてうかがった。

丁 宗鐵( てい むねてつ )

<略歴>
昭和22年11月6日、東京生まれ。昭和41年横浜市立大学医学部入学。学生時代から石原明、大塚恭男、伊藤宏、大塚敬節各氏に師事、東洋医学・医史学・薬理学を学ぶ。47年横浜市立大学医学部卒。51年横浜市立大学医学部大学院修了 医学博士号取得。51年北里研究所入所。54年北里研究所東洋医学総合研究所医長、この間、昭和54年より昭和56年 まで米国スローン・ケタリング記念癌研究所に客員教授として留学。57年北里研究所東洋医学総合研究所 基礎研究部 部長。61年北里研究所東洋医学総合研究所 研究部門長。平成8年東京大学大学院医学系研究科生体防御機能学講座 助教授。平成14年東亜治療研究所所長、順天堂大学医学部医史学 客員教授。平成16年日本薬科大学 客員教授。現在に至る。

<主な加入学会>
日本東洋医学会(専門医、指導医、元理事、元編集委員長)、日本老年医学会、和漢薬医学会(理事、編集委員)、臨床薬理学会、東亜医学協会(理事、編集委員長)

<主な著書>
「漢方実用全書」(池田書店)、「和英東洋医学用語集」(医聖社)、「臨床医の漢方治療指針」(メディカルビュー)

虚症・実症の両方に対応できる医療体制を

EBM for Natural Products推進協議会会長
日本薬科大学客員教授
丁 宗鐵 氏

— アメリカでは代替医療を求める機運が高まっていますね。日本でもそうした影響からか、代替医療に関心が集まっていますが

漢方は正式な医療にするため医学的根拠(EBM)積み重ねてきた

丁:アメリカで今、相補・代替医療や伝統伝承医療、CAM(Comprimentary and Alternative Medicine)が盛んですが、アメリカで流行っているからといって、日本もアメリカと同じやり方でやろうとすることには疑問です。

医療というのは他の分野と違って国境という障壁があります。医療全体が、いわゆる国家管理産業分野です。そこに預かる人は国家資格を要求されますが、今のCAMにはそうしたことが抜けています。

私の専門の漢方は、日本では昔は民間療法で、在野の医学であり、医学の主流からは認められませんでした。これを100年以上かけ、志のある人達が正式な医療にするために血のにじむような努力をしてきました。今でいう医学的根拠、EBMを積み重ねてきました。

漢方は医学部教育の必須科目に

一昨年から日本の医学部教育の中で、正式に漢方を教えることになりました。 それまで、漢方は大学で教えるということに関しては自由で、教えているところもあれば、全く教えないところもあるといった状況でした。

それが、医学部のカリキュラムの内容を検討してみると、日本の80の医科大学の教育内容がバラバラであるということがわかりました。国家試験がありますから、それに受かりさえすれば良いんだということで、カリキュラムも統一されていませんでした。

新しい方針では、3分の2は全て共通のこと(コア)を教え、後の3分1は自由にカリキュラムを構成していい、ということになり、そのコアの中に漢方が入るようになりました。卒業までに和漢薬について概説できるところまで学ばなければいけなくなり、そのための教科書もできました。このようにして、漢方は医学部で、必ず教えなければいけないものになったのです。

— アメリカの正統派西洋医療からすると漢方は代替医療とみなされるわけですが

アメリカへのアジアからの生薬の有用性に関する情報は間接的な伝わり方でしかない

丁:例えば、日本と事情が違うのは、アメリカでは薬局方を制定するのは国の仕事ではありません。政府が民間の会社に委託し そこで薬局方が作られています。費用は安く済みますが、委託した人たちに知識が足りないケースや、責任の所在が はっきりしない場合があります。

私や他の漢方の先生がアメリカへ行って、日本の薬局方や規格基準はこういうふうになっていると いろんな資料をみせますと、向こうもびっくりしてアメリカの厚生省(FDA)と連絡をとり、日本のシステムを 勉強し始めたような状況で、最近では、中国系とか日本の知識がわかる人達を社員にしてアメリカの薬局方を 編纂し直しているというのが実情です。

WHO(世界保健機構)にしても、世界を8つの地域に分けてそれぞれ分割統治のようにやっていて、 日本は西アジア事務局に属しますが、事務局はマニラにあって、 日本、韓国、中国、他のアジアの国々がWHOの組織の一員として参加していますが、そこの地域はアメリカとは一旦 ジュネーブを介さないと交流できないようになっています。

そういうシステムのため、有用な知識が蓄積されていてもそれがアメリカのほうに なかなか反映されません。アメリカは、それもまずかったと反省していて、今WHOを介してもアメリカと西アジア事務局が直に情報交流をやるようになっています。ですから、アメリカもこれから生薬のQC(クオリティコントロール) がもっと進歩すると思います。

いろいろな面で、アメリカは、日本に学ぶべきであると思いますし、まず、日本の漢方を見習ってQC(クオリティコントロール)からはじめて、 最終的には臨床試験を積み上げるという方向でやっていただきたい。

— 今後、日本の医療も代替医療を柔軟に取り入れていくような方向に向かうと思われますか

丁:それには保険医療の問題があります。混合医療というものが 認められる方向にいくと、代替医療を取り入れた統合医療がどんどん進んでいくと思います。 ただ混合診療をやたらに認めていいかというのは判断の難しいところです。

世界のいろいろな国々をみてみますと、日本の保険医療システムというのはよくできています。 このまま今の形が維持できれば一番いいのですが、赤字財政で維持できなくなっているというのが実情です。 今の保険医療は昭和30年代に確立し、今日まで非常にいい方向できたことは間違いありません。

日本の中だけで見ていると非常に矛盾だらけで良くない印象を受けますが世界的にみてこれより良いシステムというのは どこにもありません。明らかに日本が世界最高レベルです。韓国でも台湾でも国民皆保険になっていますが 、日本のレベルまで早くもっていくことを目標にしています。アメリカはというと未保険者が多く、国民が完全に保険でカバーされていません。

— アメリカでは多くの未保険者が代替療法を利用しているようなイメージがありますが

アメリカで代替療法を利用しているのは未保険者よりむしろ、裕福な上流階級の人々

丁:未保険者がとくに代替療法を利用しているというわけではありません。ハーバード大学のアイゼンバーグ教授 が、93年に発表したレポートでアメリカでは3人に一人が代替療法を利用していると報告しました。実は、アメリカ でもハイソサエティの上層階級の人達がやっていたという内容の報告でした。

それまでは保険がない人達が民間療法的に代替療法をやっているんだろうと思われていました。ですから、しょうがない。 放っておけばいい、とみられていました。実際に調査してみると、未保険者でなく、保険に入っていて裕福な人が やっていた。それも良い保険に入っている人ほどやっていたわけで、これは調査前に抱いていたイメージと全く逆で、 全米が非常にショックを受けました。

— 予防医学の観点から「未病」の対処ということが重要視されるようになりましたが

丁:今までは、西洋医学の病院に行って検査して、何の異常もなければ、気のせい、自律神経失調症といわれて安定剤を与えられて帰されて、というのが関の山でした。 しかし、そうした段階で実は重大な病気が進行し始めているということがよくあります。後から考えてみると、 あの時から病気が始まっていた、そこできちんと対処していれば大きな病気にならなくてすんだのに、 ということがあります。

では、医者はなぜ大丈夫だと言ってしまったのか、ここが問題なのです。 一つには今の保険医療は病気しか治してはいけない、病気の予防は保険医療の範囲ではないといったことが あります。高血圧は病気だから治しますが、高血圧になりそう、というのは医療の範囲ではないというわけです。

治療医学から予防医学へシフトすれば、医療費が下がる

ただそれも徐々に変わってきています。例えば、高脂血症は昔は病気ではありませんでした。 保険医療の治療範囲ではありませんでしたから、高脂血症に出すクスリは保険でカバーされませんでした。 それで医療費があがっていたわけです。

ですが、完全に予防医学のほうにシフトしたら、逆に医療費が下がるんじゃないかというのが我々の考え方です。 火事をボヤのうちに消すということです。コップ一杯で消せるものを、何も水を一杯かける必要はないわけで、 火元をきちんと特定してコップ一杯の水で消せば、その家はそのまま使えるわけです。 サプリメントにはそうした予防の役割があります。

体の異常を感じるセンサーが過敏な虚症の人が医療費を多く使う

そこで問題になるのが、体質ということを考えないでやると医療が混乱するということです。虚症の人は体の異常を感じる センサーが非常に過敏です。西洋医学的な検査で異常値が出ないけれど体の何かのメカニズムに不調和 がおきていろんな異常を自覚します。それで病院に行くのですが、検査をすると なんともない、気のせいだといわれます。ですが不安だからまた別の病院に行く、といったふうで、こうした未病の人達が医療費をたくさん 使うわけです。

反対に、実症の人はどうかといいますと、虚症の人達より体の中ある異常を感じる センサーが鈍いです。ですから無理が利きます。無理が利くから自分は体が強い、体力があると誤解してしまいます。 それで働き続けて突然死したり、急に大きな病気をしたりします。こういう人達というのは病院へ行きません。行かないから 病気になって急に自覚症状が出てきた時には腎不全になったり、透析になったりということがあります。透析も非常に 医療費を使いますが、我々漢方の立場で透析をやっている人をみると、90%が実症の人です。

今の医療は虚症の人のための医療

ですから、医療には体質という概念を入れていかないといけません。虚症と実症とを一緒にして、人間というのは 均一だからといった西洋医学の幻想の基にやっていたらだめなのです。その患者さんの体質に合わせて医療の 体制を組んでいかなければいけません。

今の医療全体が虚症の人のための医療です。虚症の人は感染症に弱いのです。日本で結核が蔓延していた頃、 貧乏な人も裕福な人も誰でも同じ医療が受けられるようにしておかないと日本全体で結核の患者が減ら ないという考えから国民皆保険ができました。

ですから、全て虚症寄りで、虚症の人は心配になったら、何度も病院に行ってもいいようにできています。 逆に、実症の人は病院には行きません。 がんにしても、中高年で発症するのは皆実症の人です。がんの人はなるべくしてなっているわけで、そうした 人達をいかに予防するか、未病のうちにどう手を打つかということです。 医療体制を虚症の人と実症の人と両方に対応できるように変えていく必要があります。

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