2024年11月27日(水)〜29日(金)、東京ビッグサイトにてウエルネス産業の展示会「Wellness Tokyo2024」が開催された。国内外のウエルネス企業約300社が出展し、来場者は3日間で約25000人を超える大盛況となり、健康・美容・コンディショニングの最先端を体感できる3日間となった。ここでは京都大学大学院農学研究科 小川順氏の「発酵並びに発酵技術による食品機能の創出」について取り上げる。
京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻 発酵生理及び醸造学分野 小川 順
発酵食品は日本だけでなく、世界のさまざまな国において伝統的食文化として受け継がれている。日本においても発酵食品の文化は非常に豊かで、日本には資源がないとされているが、微生物資源があると言ってもいい、と小川氏。日本は高い山、深い海、明確な四季があり、これらのダイナミックな自然環境が非常に豊富な微生物を生み出し、またそれらと共存することを可能にしているという。しかも、日本の従来からある発酵食品、例えば味噌や日本酒などを作るには複数の微生物発酵が必要だ。日本酒の昔ながらの製法の一つである「生酛(きもと)造り」では、水を汲んで低温で置いておくところから実は複数の微生物のマネージメントが始まっていて、「酛」(酒母)を作るのに水と米と米麹から手作業で作るので4週間もかかることが知られているが、これも先人たちの知恵により発酵の進み具合を時間や温度で徹底管理することで実現していて、とてつもない技術であることが、最新のゲノム解析によってもわかっているという。日本酒に限らず、日本の風土と豊かな微生物資源によって、私たちは発酵食品の恩恵を受けていることをまずは頭に入れてほしいと小川氏。
食品の3大機能といえば、「栄養機能」「嗜好機能」「体調調整機能」であるが、発酵はこの3つのいずれにも関与している。近年は発酵による機能性素材として商品化されているものもある。小川氏らのグループでは機能性脂質の発酵産生を実現していると報告。それは、体内で油を作る微生物の発見がきっかけだったと紹介。微生物の中には特殊な能力を持つ菌があるが、土の中などに生息しているモルティエレラというカビの一種である微生物はアラキドン酸という脂肪酸を作る能力がある菌であることを発見。そこでアルピナという植物とモルティエレラを発酵させることでアラキドン酸を製造することを実現していると解説した。アラキドン酸は脳に欠かせない栄養成分であり必須脂肪酸の一つである。乳幼児や高齢者に不足しがちで乳児の場合、母乳や粉ミルクから摂取しているが、微生物発酵によって作られたアラキドン酸は今後機能性成分としても利用されていく可能性があるのではないかとした。
また、発酵にも絡む「酵素」にも有益な役割が見出されているという。例えばEPAには血栓の予防や中性脂肪の低下などの機能性が確認されているが、これらはEPAそのものの働きではなく、EPAの代謝物による効果であることが解明されている。つまり、ただ闇雲にEPAを摂取するだけでは期待している効果が得られるとは限らず、また、EPAの効果に個人差があるのもこの代謝産物が作られる体質か否かに関係している可能性が高い。ところが、近年、納豆菌とEPAを組み合わせると抗炎症作用を発揮する代謝物を有意に産生することが確認されており、例えば納豆のタレにEPAを添付するなどすれば腸内で有用な代謝物を生み出すことが期待されている。
日本人の成人男性の20%が痛風の悩みを抱えていて、この数は年々増加しているが、腸管内でプリン体をスムーズに排泄させる方法がないかについて検討されており、その中で見つかったのがラブレ菌であると説明。ラブレ菌は腸内環境を整えるだけでなく痛風の原因とされるプリン体を分解吸収してくれる珍しい乳酸菌であることが確認されており、この乳酸菌を含んだヨーグルトは機能性表示食品としてもすでに市販されている。
腸内細菌がブームになり、それがプロバイオティクスやプレバイオティクスを使って腸内細菌叢を整えていくことが健康の鍵であることは十分に周知されるに至ったが、今はそのさらに先にあるポストバイオティクスの時代に突入している。私たち人間の細胞数は約37兆とされるが、私たちの体に棲んでいる細菌は100兆を超えている。健康寿命を伸ばすためには細菌とうまく共生する環境づくりを考えることが重要で、発酵食品を摂取することはその一つのアクションと言える。そして、これまでは大腸のことばかり考えられてきたが、これからは小腸のことも研究されていくだろうと小川氏。小腸と大腸で菌叢は大きく異なることはわかっているが、まだまだわかっていないことが多いという。小腸の菌や菌と食材から誘導される代謝物「ポストバイオティクス」については「新腸内細菌学」とされ、腸内細菌にただ任せるのではなく、腸内細菌代謝物を戦略的に活用することで免疫・バリア機能・抗炎症・抗肥満などをより効率的にマネジメントできる可能性が高まっている。腸内細菌の代謝物を網羅的に解析するシステムも登場しているので、これまで「個人差」とされていた栄養や薬品の機能も「精密栄養学」「個別化栄養学」としてまもなく実現されるだろう。日本の40年ほど前の食事内容を確認すると、ご飯・お味噌汁・いわし・納豆といった献立はわりと一般的だったことがわかるが、今研究されている「EPAと納豆菌」という組み合わせが当たり前に実現されていたことを示している。 日本の伝統食の潜在的機能が最新の研究によって次々と顕在化されてきていることにも注目してほしいとまとめた。