2022年2月24日(木)、web配信によりアイメックRDオンラインセミナーが開催された。この中から、髙木智久氏(京都府立医科大学 教授)の講演「見えてきた日本人腸内環境細菌プロファイル~機能性食品開発への応用」 を取り上げる。
年々厳しくなる法規制
日本の法律では食品と医薬品は明確に定義されており「疾病の診断や治療や予防を目的とするものは全て医薬品に該当する」という定義がある。
そのため、機能性食品の開発は年々厳しくなる法規制の側面から難しくなっていると感じていると高木氏は話す。
例えばニンジンに含まれるカロテノイドを抽出した錠剤で脂質異常の患者を対象に試験を行うことは臨床研究法の範囲になる。
一方、カロテノイドを豊富に含むニンジンジュースで血中脂質が少し高めの人を対象に試験を行うことは可能だが、医学系指針に介入しているかは微妙なラインになる。
そしてもう一つ、食品の機能性や機能性食品の開発のハードルになるのが「腸内細菌叢」の多様性の問題である、と高木氏。
腸内細菌叢がさまざまな健康状態に関与
ヒトの腸内には1000種類以上約100兆個の腸内細菌が存在しており、腸内細菌叢が体のさまざまな健康状態に係っている。
例えば骨密度の調整・脂質の蓄積・血管新生の促進・免疫調整・ビタミンやアミノ酸の合成・薬物代謝・神経系の調整などへの関与は近年一般的にもよく知られている。
しかも腸内細菌の構成はストレスや妊娠、年齢や薬剤、生活習慣や食生活などで変化し続ける。しかも健常者の方が腸内細菌のバリエーションの幅が広い。
2040年には65歳以上が人口の35%、80歳以上が人口の14%と予測される超高齢化社会を迎えている日本だが、中でも京都府京丹後市の高齢化率は突出しており高齢化率が40%に迫っている。
百寿者、食物繊維が多い食材摂取
一方、世界最長寿記録に認定されたこともある故・木村次郎右衛門さん(2013年3月、116歳54日没)は同じく京丹後市で生まれ育ち、亡くなる前日まで元気な姿を見せていた。
木村さんに限らず京丹後市には百寿者が全国の約3倍もいて、その背景にはどのような要因があるのかを京都府立医科大学長寿・地域疫学講座多目的コホート研究によって調査した。
4年に渡る研究で分かったことは、京丹後市の高齢者には百寿者が多いだけでなく、大腸癌の罹患率が極端に少なく、認知症の発症率が全国的に低く、血管年齢が若い高齢者が多いということだった。
さらに、京丹後市と京都市内それぞれに住む高齢者をランダムに各51人抽出しそれぞれの腸内細菌叢を分析研究した。
その結果、京丹後市の高齢者は京都市内の高齢者と比較して腸内細菌叢ではプロテオバクテリア門とバクテロイデス門が減少し、ファーミキューテース門が増加しているという特徴が確認できた。
ファーミキューテース門は食物繊維から短鎖脂肪酸を作る菌で、京丹後の郷土食を調べると日常的にワカメ、もずく、ところてん、ぼた餅など食物繊維が多い食材が多用されていることもわかってきた。
酪酸産生菌と関与
また京丹後市はハタハタやカニなどの魚介類の摂取も多い。食物繊維を多く含む野菜を摂取することが疾病リスクを低下させることは間違いない。
これはおそらく酪酸産生菌と関与しているのではないか、ということがこのコホート研究からはわかった、と高木氏。
腸内に常在する3種類の比率によって区別する腸内細菌叢の型をエンテロタイプというが、ヒトの場合、バクテロイデス属が多い1型(米国人に多い)、プレボテラ属が多い2型(アジア人に多い)、ルミノコッカス属が多い3型に分類され、日本人には3型が多いとされている。
しかし日本人の腸内フローラ、特にビフィズス菌の存在はかなり特殊でかねてから日本人オリジナルのエンテロタイプを考える必要があるのではないか、と指摘されていた。
日本人特有の腸内細菌叢、5つに分類
そこで京都府立大学・摂南大学、株式会社プリメディカの三社共同研究で、全く同じ手法で腸内細菌叢を解析した16の臨床研究で得られた合計1803名分の日本人の健常者と疾病有病者の腸内細菌叢をデータ解析することで、腸内評価システムを開発するに至ったという。
このデータベースでは、日本人特有の腸内細菌叢を以下の5つのエンテロタイプに分類した。
タイプ1:ルミノコッカス科が多い
タイプ2:バクテロイデスが多くフェカリバクテリウムが多い
タイプ3:バクテロイデスが多くフェカリバクテリウムが少ない
タイプ4:ビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)が多い
タイプ5:プレボテラ属が多い
タイプ別に疾患リスクを調査すると、タイプ2とタイプ5では疾患リスクが低いが、タイプ1には明らかに生活習慣病が多く、タイプ4には炎症性腸疾患が多いといった傾向があるという。
5つのエンテロタイプで疾病リスクを評価
さらに面白い点として、心不全患者や生活習慣病患者において私たちに最も有益な腸内細菌の1つと考えられているビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)が増加傾向にあることなども見出された。
これはビフィズス菌が悪いという話ではなく、腸内細菌叢の中でどの菌がどれくらいの割合を占有しているかという話なので、そこは誤解してほしくないという。
さらに年代別で調査すると、30代までは多くの健常者がタイプ2かタイプ5であるのに40代を過ぎたあたりかたタイプ3やタイプ4など腸内環境に変化が起こり、ばらつきが出てくることも確認できた。
この分析によって今後5つのエンテロタイプ別に他の疾病リスクも評価できる可能性が見出せるのではないか。
このデータベースや腸内環境評価システムを用いてカロテノイドニンジンや水溶性食物繊維(グァー豆由来)の機能性食品の介入試験を行った。
その結果、被験食品の有効性が思ったように得られず、その背景にはエンテロタイプがあまりにバラバラで正確な評価が得られない可能性が示唆された。
腸内細菌叢と疾病の関連が整理しやすくなる
例えばエンテロタイプ5の人には8週間の介入試験を行っても有益な変化が見られないがタイプ1の人には腸内細菌叢の変化が見られた。
そもそも健常者をランダムに集めたところ、エンテロタイプにはかなりバラつきが生じるという。食品の機能性をより正確に評価するには、まずは被験者のエンテロタイプを調べる必要があるのではないか。
本研究によって提案できることは、日本人独自の5つのエンテロタイプを評価することで、腸内細菌叢と疾病の関連が整理しやすくなるのではないかということ。
エンテロタイプごとに食品介入試験をすることで、腸内細菌叢への影響が整理しやすくなるということ、そして食品の有効性がより正確に判断できるのではないか。
現在、京都府立医科大学と摂南大学により、日本人のエンテロタイプを活用するために健常者のデータベースをさらに収集し、測定・解析するなどのベンチャー企業もスタートしているため、支援や協力を広く集めたいと話した。