補完代替医療について科学的に取り組む大学が、日本にも出始めている。先鞭をきったのが2002年に補完代替医療学講座を開いた金沢大学であるが、同講座の特任教授であり、また日本補完代替医療学会を立ち上げて自ら理事長を務める鈴木信孝氏に、医療における補完代替医療の存在と、なかでもわが国で最も使用頻度が高いとされているサプリメント領域についてのお話しをお伺いした。
鈴木 信孝(すずき のぶたか)
金沢大学大学院医学系研究科
臨床研究開発補完代替医療学講座特任教授
< 略歴 >
昭和56年防衛医科大学校卒業後、金沢大学産科婦人科医局に入局。恵寿総合病院産院院長等を経て、平成5年金沢大学医学部助手、平成6年金沢大学医学系研究科講師となり、平成16年から補完代替医療学講座教授、平成19年から臨床研究開発補完代替医療学講座教授となる。平成11年からハルビン医科大学客員教授を併任、平成13年から日本補完代替医療学会理事長となる。補完代替医療分野のなかでも特に、各種機能性食品群の臨床研究が専門。医学博士。
サプリメントは基礎的・臨床医学的データがそろっていれば、医師は患者に的確なアドバイスができる
金沢大学大学院医学系研究科
臨床研究開発補完代替医療学講座
特任教授 鈴木信孝 氏
— 産婦人科の医師である先生が補完代替医療に目を向けられたきっかけをお聞かせください
鈴木:きっかけと一口に言えば、はとむぎとの出会いです。「尖圭コンジローマ」という女性の外陰部にできるイボの一種で悩む患者さんがいて、手術で治すしかないと思っていたのですが、患者自身のおばあちゃんが特殊な作り方で作ったはとむぎを飲んでいるうちにすっかり治ってしまった例に遭遇しました。まさに未知との遭遇という感じでした。
そこで、食品の中にほかにも薬効というか食効のあるものがあるのではないか。民間療法で使われているものとか、まだ見逃している天然素材がたくさんあるのではないか。それを科学的に研究すべきだと思って、西洋現代医学以外の各種治療法に目を向けるようになりました。先生方を集めて小さな勉強会を作ったのも、すべては食品との出会いがきっかけでした。
— それが日本補完代替医療学会の前身ですね
鈴木:当初は代替医療研究会という名称で、まだまだ小規模なものでした。いまから17年も前ですから、まだ代替という言葉も一般的ではなくて、代替医療という認識もほとんどありませんでしたから、医療従事者の理解を得るのは並大抵ではありませんでした。
「なぜ先生みたいに産婦人科の専門医がこんなことを研究するのかとか、医者を辞めてしまうのか」などと仲間内からは相当心配されましたが、一般の方々や患者さん自身はすでにいろいろな代替療法的な手法を用いていたので、逆に喜ばれたり、尊敬すらされることも多かったように思います。
— 大学での学生の反応は、いかがでしょうか
鈴木:現在、医師を目指す学生や看護師などに、補完代替医療の講義をしていますが、非常に人気があります。講義では、東洋医学の話もしており、学生にとっては、まったく知らない世界ですから、興味を持つのだと思います。みんな非常に熱心です。また、学生が最も印象に残った講義の一つに選ばれたこともあります。
— 現在の日本の補完代替医療については、どうお考えでしょうか
鈴木:よく、民間療法(代替療法)を代替医療と混同する方がいますが、私たちは民間療法(代替療法)と代替医療は明確に区別して考えています。医療分野に応用できるだけのエビデンスがそろいつつあるもの、またはそろっているものを代替医療と呼んでいます。
いま、一般成人の6割から7割はサプリメントなどを利用していますし、よく勉強もしています。しかし、サプリメントについては、安全性や有効性のデータがきわめて少ないことが難点です。
各企業は、できるだけ自社製品の安全性を証明するべきでしょうし、私たちもそのように指導させていただいております。この点に関しましては、厚生労働省や医師会もいろいろ調査し始めていますし、とても大事なことだと思います。一にも二にも安全が一番で、その次に機能性と考えるべきでしょう。
そもそも患者さんにとってサプリメントは薬と異なり、由来がはっきりしていてわかりやすいので人気があるわけです。ですから、こういった天然物に関する科学データが揃ってくれば、ますます利用率が上がるわけです。当然、医師も患者にアドバイスするためには、これら食品の効能とともに安全性については精通していることが望まれるわけです。
— 日本補完代替医療学会がめざすものは何ですか
鈴木:日本補完代替医療学会では、学識医制度というものをつくっています。医師のみならず歯科医師も含めて、現場の先生方に一人でも多く専門知識を持っていただくことを目的に作られた制度です。
学会では4つの教科書を選定し、その教科書を見ながら試験問題を解いてもらう形式です。しかし、合格するにはかなりの点数が必要とされるため結構大変な試験になっています。これは、補完代替医療についてすべての知識をあらかじめ有していなくても、きちんとした教科書を見て患者に的確にアドバイスできる医師を養成することを目指しているためです。
補完代替医療は、非常に広範囲にわたっています。たとえば、インド医学では、ヨーガとかアーユルベーダとか、中には見たこともないようなものもありますし、他にも気功や音楽療法、アロマセラピーなど、全部を覚えきれません。こうした治療法について、それぞれの教科書を見ながら患者の質問に答えられる医師を育てたいのですが、やがてはその中から教科書を見ないでも指導できる医師に育ってほしいとも思っています。
さらに、私どもの学会は、理事や幹事が多いのも特徴ですが、会員も内科や外科、小児科、産婦人科、精神科、耳鼻咽喉科、皮膚科、美容外科などをはじめ、歯科、東洋医学さらに薬学や農学、医学統計学の先生などと広範にわたっています。それぞれの分野の専門家たちがそろった分野横断型学会といったところです。
— 予防を含めた医療の中で、補完代替医療やサプリメントの役割をどうお考えですか
鈴木:病気を罹って入院した場合、西洋医学では徹底して治療し、退院となるわけですが、治癒という言葉に端的に示されているように、治すだけではなく、癒すところまで持っていくのが本来の姿です。
つまり、半健康体を真の健康体に戻してこその治癒なわけです。ところが、実際は医師の仕事は過酷を極めていることが多く、なかなかいわゆる未病や予防といったところにまで手が回らないのが現状です。そこに、知恵がいるわけです。
たとえば、何でもない健康人が、がんを予防するために抗がん剤を服用することはあり得ませんよね。病気を予防するものは、何といっても長期に使用していても安全なものでないといけません。すなわち、なるべく天然物に近い形で使用できるサプリメントや漢方が利用される理由がここにあるわけです。
治療には西洋医学をメインにし、これを補完する意味で補完代替医療を用い、かつ、未病や予防にはサプリメントや漢方などをという考えです。何をどう使うかについては、エビデンスに基づいて行うことが基本ですので、患者のみならず医師もこれらに精通している必要があるわけです。
補完代替医療は患者にとっては、なじみやすく、理解しやすい、体にやさしい医療なので、医師が理解を示し、柔軟性のある対応ができると、逆に患者との信頼関係が強固なものになるでしょう。
— サプリメントの製造企業に対する要望をお聞かせください
鈴木:前にも言いましたように、まず、安全第一です。とにかく安全なものを提供してほしいということ。それから、自社の製品がどこの素材を使って、どのように作られ、どんな作用があるのか、ちゃんと記載もしくは試験してほしいということです。
売れればそれでいい、というのではなく、人々の健康に役立っているという自負をもってほしいと思います。いまだに誇大広告やセンセーショナルな本が出回っているのは不幸なことだと思います。地味でも、きちんと試験し、論文で発表することが最も大事だと思います。世界がグローバルになるにしたがい、食薬区分が国によって異なる現象が顕著になっています。
たとえば、日本では薬の漢方薬が、アメリカでは食品に分類されています。また、ヨーロッパでは薬のハーブの多くが、日本では食品に分類されているわけです。
また、最近ではアメリカ政府は複合化合物である食品や漢方・ハーブなどの天然物を植物性医薬品(Botanical Drug)として認可していこうとしています。たとえば、お茶のカテキンなどは複合化合物でありながら、医薬品(塗布剤)として認可を受けています。日本は天然物の宝庫ですので、これからは数多くあるサプリメントや健康食品のなかから植物性医薬品が誕生することが期待されます。