特定健診(メタボ健診)・保健指導が、2008年4月にスタートした。全国で2千万人を超えるといわれるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の有病者や予備群を見出して、食事をはじめとした徹底的な生活改善を指導していくというもので、その検査項目は、腹囲(内臓脂肪の量)、血圧(高血圧)、血糖値(糖尿病)、中性脂肪・HDL(善玉)コレステロール(脂質)の4つにわたる。所轄の厚生労働省は、この制度でメタボ患者の数を2015年までに25%削減するという数値目標を立てているが、この制度の現状はどうなっているのか。課題はないのか。メタボリックシンドロームの第一人者である東京慈恵会医科大学総合健診・予防医学センター教授 和田高士先生にうかがった。
和田 高士(わだ たかし)
東京慈恵会医科大学/総合健診・予防医学センター教授
< 略歴 >
1981年東京慈恵会医科大学卒業、1985年東京慈恵会医科大学内科系大学院卒業。1993年東京慈恵会医科大学健康医学科講師。2008年より東京慈恵会医科大学医科大学教授、総合健診・予防医学センター所長。医学博士。 日本生活習慣病予防協会理事。日本動脈硬化学会評議員。日本脈管学会評議員。日本循環器管理研究協議会評議員。日本未病システム学会評議員。日本人間ドック学会理事。日本循環器学会認定循環器専門医。日本総合健診医学会総合健診専門医。日本医師会認定産業医・健康スポーツ医。日本内科学会認定内科医。日本超音波医学会認定超音波専門医。国土交通省認定航空身体検査医。 著書:「検査の受け方・検査値の読み方――成人病が気になるあなたへ」(協和企画)。「専門医がすすめる『特定健診・メタボ』攻略法」(アスキー)。「図解でよくわかるメタボリックシンドローム、内臓脂肪症候群」(保健同人社)他多数。
不健康な健康習慣から6つの健康的な生活習慣へ――内臓脂肪を減らすことでメタボ対策を
東京慈恵会医科大学/総合健診・予防医学センター教授
和田高士 氏
–特定健診(メタボ健診)の検査を受ける人や、特定保健指導の対象者について、特徴や気になることなどをお聞かせください
和田:まず、制度に問題があります。私が行った調査では、特定保健指導対象者1519人中、厚生労働省から保健指導をしてよいという収縮期血圧140未満(18%)、拡張期血圧90未満(12%)、LDL-C140未満(26%)、HDL-C35以上(9%)、中性脂肪300未満(38%)、空腹時血糖126未満(61%)、GOT51未満(16%)、GPT51未満(36%)、γGTP101未満(31%)の条件をすべて満たす人、つまり実保健指導対象者は474人。31.2%しかいません。
約7割の人は、医療機関に行ってくださいということになってしまいます。保健指導対象の上限を低くしてあること、つまり基準を厳しくしていることが問題ではないかと思います。
これは車の速度制限と同じで、たとえば60キロ、50キロ、40キロとどんどん下げていって、20キロにしたからといって交通事故が0になるわけでは決してない。それと同じことだと思います。
–-メタボリックシンドロームについてお伺いします。そもそも、メタボリックシンドロームとはどういう症状で、また、メタボ検診が昨年から始まった背景としてどんなことが考えられるでしょうか
和田:BMIが18.5から24.9の人の年間の医療費は、21,000円から22,000円程度。ところが、肥満の人の場合は26,000円余と2割も高くなります。これは、単純に肥満は糖尿病や高血圧などを起こしやすいということです。
「動脈硬化と危険因子の組合わせと医療費」という東北大学辻一郎教授の研究発表があります。男性約5,000人、女性約7,000人の医療費を6年間にわたって調査したものですが、たとえば何もない人の医療費は22,000円。 ところが、肥満と糖尿病の場合は32,000円と、1.5倍にもなります。さらに、これに高血圧が加わると、42,000となり、2倍近くになってしまいます。
医療費の問題もありますが、糖尿病の予備群を減らすことも大きな課題です。平均年齢でみると、1970年代は男性の健康な人は73.4歳ですが、糖尿病の人は63歳と10歳も短かったのです。
では、医療が進歩した20年後の1990年代はどうかといえば、男性で77歳と68歳と、その差9歳という開きはいっこう縮まりません。
女性の場合は、もっと顕著です。1970年代で健康な人78.9歳に対して糖尿病の人は64.9歳と、差は13.9歳。 1990年代では、84.6歳と71.6歳で差は13.0歳。20年経ってもほとんど変わらない状況です。いま、さまざまなインスリン注射などの治療法はありますが、糖尿病に罹ってしまうと寿命は長くはないということです。
男性の肥満の増加が止まらない、という話をしましょう。20歳以上の肥満者(BMI25以上)の割合を10年ごとに見たものです。
(単位:%)
(男性) | 1985年 | 1995年 | 2005年 |
20歳代 | 13.6 | 17.7 | 19.8 |
30歳代 | 18.3 | 24.4 | 25.7 |
40歳代 | 21.4 | 26.5 | 34.1 |
50歳代 | 19.8 | 27.0 | 31.4 |
60歳代 | 19.5 | 24.1 | 30.7 |
70歳以上 | 12.8 | 16.4 | 26.0 |
(女性) | 1985年 | 1995年 | 2005年 |
20歳代 | 9.2 | 6.6 | 5.5 |
30歳代 | 13.1 | 11.7 | 14.3 |
40歳代 | 22.8 | 21.3 | 19.3 |
50歳代 | 30.4 | 27.1 | 23.9 |
60歳代 | 32.1 | 31.0 | 29.0 |
70歳以上 | 22.5 | 27.5 | 26.5 |
この数字を見ると、男性の場合はすべての世代で激増していることがわかります。とくに40~60代では、3人に1人が肥満ということになります。
もうひとつ、「余命性差」を見ましょう。昔から日本人は長寿と言われていますが、60歳の時点であと何年生きられるか(60歳時の平均余命)の男女差(女性―男性)を見たものです。
日本 | 5.5 |
フランス | 4.9 |
ドイツ | 4.0 |
カナダ | 3.7 |
アメリカ | 3.4 |
イギリス | 3.1 |
アイスランド | 2.8 |
ここからわかるように、先進国で5歳以上離れている国は、日本しかありません。つまり、BMI25以上の肥満者、とくに男性が増えて医療費が高額化していること、糖尿病やその合併症の患者が増えていること、20年経っても糖尿病患者の平均寿命が伸びていないこと、男女の平均余命の差が先進国で最も大きいこと。こういったことがあって、2008年4月にメタボ健診が始まったのです。
いままでの保健指導には、いろいろ問題がありました。保健活動は、チラシやパンフレットを渡す程度のもので、これでは駅で配るティッシューのようなもので、ほとんど意味がありません。しかも、それに対しては何の対価もないわけです。どうせ効果がないんだったらやらなくてもいい、という気持ちになってしまいます。
ところが、特定保健指導制度はやった分だけお金をいただきますという制度になりますから、当然やる側も力が入ります。そこで、ある程度病気になった人は医療機関に行くことになりますが、いま不健康な生活習慣を送っている人とか生活習慣病の予備群、生活習慣病になりかけている人たちが特定保健指導の対象になっていくということです。生活習慣を変えて肥満を是正することで、問題は改善されてくると思います。
–メタボといえば、肥満と結びつけがちですが、脂肪が身体に悪い影響を与えるとうことでしょうか
和田:日本肥満学会から「肥満症治療ガイドライン2006」が出されています。脂肪細胞の質的な異常というのは、脂肪細胞から悪玉の生理活性物質が多く分泌されることによって、心筋梗塞や狭心症などの冠状動脈疾患、脳血栓症や一過性脳虚血発作、糖尿病、高血圧、脂質代謝異常といったいろいろな病気を引き起こすことになります。
もうひとつは、量的な異常で、とにかく体重が増えたわけですから、重くなるということでの負担が骨や関節の疾患になるとか、首の周りに脂肪が圧迫することによって、睡眠時無呼吸状態や月経異常になるとか、こういったことが起きてきます。
–検査の4項目は、いずれも数値で出ますので、保健指導が必要か否かは容易に区別できると思いますが、診断の基準はどうなっているのでしょうか。また、検査数値と体格などの個人差については、どうお考えでしょうか
和田:メタボリックシンドロームの診断基準と特定保健指導とは、若干ちがっています。メタボリックシンドロームは、腹囲が男性で85cm以上、女性で90cm以上が最低の条件、そして血圧ですと最高が130以上、あるいは最低が85以上、血糖は110以上、中性脂肪は150以上、あるいはHDL(善玉)コレステロールは40未満。血圧、血糖、脂質の中で2つ以上該当すれば、メタボリックシンドロームになります。
特定保健指導は、腹囲が基準未満であっても、BMIが25以上の場合は特定保健指導選定対象になります。腹囲が基準を超えて、さらに血圧など3項目中の2つ以上が超えていると、積極的支援ということになりますが、喫煙者の場合は更にランクがきつくなります
空腹時の血糖は、メタボリックシンドロームでは110以上ですが、特定保健指導は100以上ですからさらに厳しいです。 つまり、100~109の人も、特定保健指導の対象になりうるということです。
空腹時血糖の代わりにヘモグロビンAlcを実施した場合は、5.2%以上が特定保健指導の選定対象基準となります。喫煙について厳しいことは、さきほど述べたとおりです。このように、特定保健指導の基準はかなり厳しいということになります。
メタボリックシンドロームは、あくまで診断基準で、病気か病気でないかをみることです。これに対して特定保健指導は、積極的支援という6カ月にわたる保健指導をするか、あるいは1回の動機づけ支援をするかということになります。太っていて1項目の異常のみでは動機づけ支援ですが、2つ以上の異常項目が加わると積極的支援になります。
自分ではメタボではないと思っていても、血糖が105だとすれば、これだけではメタボリックシンドロームの基準にすら入りませんが、もし喫煙者であれば2つ該当ということになり、積極的支援になってしまいます。
–メタボリックシンドロームの予防と治療について、お聞かせください
和田:メタボリックシンドロームの対策は、内臓脂肪を減らすことです。それには、基本的生活習慣「一無(いちむ)・二少(にしょう)・三多(さんた)」の励行です。タバコは吸わない、食事・酒の量を少なくする、多く動く、多く休む、多くの人に接して心配ごと・悩ごとは相談する、趣味を楽しむ。こうした生活習慣を続けていれば、メタボリックシンドロームにはならないでしょう。
「一無・二少・三多」の6つの生活習慣を0から6つ全部まで続けていった場合、メタボ発症の比率はどうなるか、調査結果があります。
(単位:%)
6つの場合 | 7 |
5つの場合 | 10 |
4つの場合 | 13 |
3つの場合 | 15 |
2つの場合 | 17 |
1つの場合 | 19 |
0の場合 | 21 |
全部実行する場合と全然やらない場合とでは、3倍の開きにあることが明らかです。
–保健指導対象者とトクホを中心としたサプリメントの有効利用、あるいはメタボ予防としてのサプリメントの活用については、どうお考えでしょうか
和田:食事の量を減らすということは、それぞれの栄養素も減らすことになります。脂肪が減るのはいいことですが、逆に減ると困るものがあります。それは、いま日本人が普通の食事をしていても不足になりがちな成分、カルシウムです。
食事量を2割減らせば、カルシウムも2割減ります。カルシウムを補うには、牛乳や小魚などを摂ればいいですが、それもなかなか難しいですから、サプリメントの活用がてっとり早いと思います。それと、女性、とくに貧血気味の人は鉄分の補給が必要になります。