戦後、日本では感染症が減り、平均余命が延び、世界有数の長寿国といわれるまでになった。しかし、その一方で、糖尿病、心疾患、脳卒中など生活習慣が要因とされる疾患が増えてきた。超高齢化社会の到来に伴い、この傾向はさらに強まりつつある。日本生活習慣病予防協会 理事長の池田義雄 氏に生活習慣病予防の心得をうかがった。
池田 義雄(いけだ よしお)
<略歴>
昭和36年(1961年)東京慈恵会医科大学卒。同大生理学教室、第3内科教室講師、助教授を経て平成5年より同大健康医学センター健康医学科教授。平成12年同大退任後、現職にて肥満、糖尿病、健康医学を中心に生活習慣病予防活動を推進する一方、日本生活習慣病予防協会、日本食物繊維学会各理事長、セルフメディケーション推進協議会会長、日本肥満学会ほか多くの学会、研究会の役職にあるほか、厚生労働省、薬事・食品衛生審議会委員、共立薬科大学客員教授などにて活躍中。
<主な著書等>
「糖尿病クリニック」新興医学出版(1980)、「糖尿病のスポーツ医学」朝倉出版(1980)、「肥満の臨床医学」(編著)朝倉出版(1986)などの他に、一般向け啓蒙書として、「糖尿病療法のコツ」、「お腹をへこます法—肥満の最新医学」、「糖尿病に克つ」、「こちら健康医学科」、「検査の受け方・検査値の読み方」、「成人病を防ぐ本」、「健康パスポート2000」など、その他論文多数。
生活習慣病予防の心得、「一無、二少、三多」
日本生活習慣病予防協会 理事長
池田 義雄 氏
— 先生が提唱されている生活習慣病予防のための「一無、二少、三多」のライフスタイルについてお聞かせください。
健康は「栄養、運動、休養」プラス「喫煙や大量飲酒を避ける」こと
池田:「一無」は禁煙です。「二少」は食事と飲酒で、少食で腹八分目、飲酒は微酔の範囲でということです。「三多」は多動、運動をよくするということ、また多休、休養をしっかりとるということです。さらに多接。社会との関わりをもつことです。
健康生活のための3つの基本事項は栄養、運動、休養といわれます。少食、多動、多休という言葉でそれを表しましたが、さらに健康な体を蝕む可能性のあるものに喫煙と大量飲酒がありますので、それらを加えて「一無、二少」ということになります。
生活習慣病というのは、本来は生活習慣関連性疾患というふうに表現したほうがより適切です。関連性というところが省略されているわけです。
病気は感染症と非感染性疾患の2つに大きく分けることができます。感染症は生活環境という同じ要因で、ウイルス、細菌、感染性の病原菌などで人の身体機能が蝕まれることです。かつて日本で、その代表的な疾患は結核でした。若くして結核で倒れる人が多くて、これが日本人の平均余命を短くしていました。また、乳幼児死亡も非常に高かったです。
それが環境が整備されたことで、感染症が克服できるようになりました。もちろん環境だけでなく、医薬品の進歩、とくに抗生物質等の進歩ということもあります。これで結核による若死にはなくなりました。乳幼児死亡も減りました。
この20年から30年の間に、生活習慣病が増えてきた
池田:そういうことで、日本人の平均余命は20年、30年と延びてきたわけです。そうなると、高齢者の占める割合がだんだん増えてきて、世界のどこの先進国よりも日本は早いペースで高齢化社会を迎えることになりました。
それで、65歳以上のお年寄りが4分の1を占めるような社会になったわけですが、感染症が克服され、みんなが元気で長生きするような時代になりましたが、その中で、高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症、肥満症といった疾患が増えてきています。がんについても同様で、遺伝的な背景に加え、加齢とともに発現しやすい疾患です。
こうした、がん、糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満症等は、その疾患の促進因子が個々人の生活習慣にあるということで、生活習慣病というふうに名付けられたわけですが、そうした疾患がこの20年から30年の間に非常に増えてきました。
以前は加齢とともに発症しやすい疾患群を成人病と呼んでいました。これは歳をとれば発症しても仕方ないという捉え方でした。しかし、発症を待っていたのでは、遅すぎます。予防のために、遺伝的な背景はとりかえられないとしても、そうした疾患に罹りやすい人のライフスタイルを罹りにくいものにし、生活習慣をより好ましい状態にする必要があります。その指標を、栄養、運動、休養としているわけです。
さらに飲酒と喫煙、そして心の問題に注意を払う必要があります。ストレスを解消し、前向きな生活態度で、クリエイティブな生活を送るということ。それを、「一無、二少、三多」ということで表現しているわけです。
このオリジナルは朝鮮半島で古くからいわれていた「一少、三多」です。「一少、三多」は、少食、多動、多休です。私はそれに加えて喫煙、また昔から飲酒は健康障害の大きな要因であったということを踏まえ、「一無、二少、三多」と提唱しています。
ただ、これで生活習慣病を防げるかということですが、多くの検診データから、この3つの事柄が出来ていれば、非常に健康体であるということはすでに証明されています。
有名なものでは、1960年代に米国の西海岸で7千名近い人を対象に行われたブレスローたちの研究で、生活習慣と寿命との関係についての報告があります。これはブレスローたちが唱えた7つの健康習慣という指標がどこまで寿命に影響するかということをみたものですが、7つの健康習慣がきちんとしている人たちはいませんでしたが、それでも3つ以下の人に比べると平均余命が男性で13年、女性で8年か7年という差が出ています。
ただ、これはこれで非常に説得力がありますが、今の個々人の状態を7つの健康習慣と比較すると少しズレがあります。指標に問題があると思いますが、そういう意味では、「一無、二少、三多」は今の状態を評価するには非常にいい指標といえます。
この「一無、二少、三多」を実行した生活を送れば、生活習慣病のいろいろな要素の検査値は正常なレベルに近づきやすいといえます。
— 「少食」といったことが出てきましたが、何を食べるかということも健康で長生きのためには必要かと思います。生活習慣病予防のために、最近「保健機能食品」という新しい言葉も出てきています。以前の特定保健用食品に加えてビタミンとかミネラルといったものに栄養機能表示が許可されるのが「保健機能食品」の制度ですが、実際に我々が健康な生活を送るためにこうしたものをどう利用していけばいいのか、お教えいただきたいのですが。
池田:食生活では腹八分目の「少食」ということが、健康に有効であることはサルのような動物モデルでも、あるいは小動物でも証明されています。適度に運動させ、太らせない範囲の食事が一番長生きします。長生きを指標にとれば、それが一番いいわけです。ただ、腹八分の食事で、バランスもとれていて、それでOKかというと、細かくみていくと人それぞれで食の好みとかありますし、その人の体質もありますし、遺伝的なもので特定の病気に罹りやすいということもあります。
そういうことを踏まえるとみんながみんな「少食」にする必要はありませんが、一部の人は食事も控え、加えて特定の機能を持った食品を摂取することで、例えば糖尿病にしても、発症をかなり抑止できるということがありうるだろうと思います。
例えば、糖尿病には食物繊維の摂取ができるだけ多いほうがいい、種類も多いほうがいい、といわれても、腹八分目の食事でバランスの取れた食品を工夫して摂ったとして、食物繊維は20g摂れるかどうか。今の日本人の食生活からいくと20g摂るというのはかなり大変だという人も結構多いでしょう。そうすると1日に15gしか食物繊維を摂れない人が、1日に5gの食物繊維含有食品を摂れば、それはそれでその人の体にとってはいいわけです。
健康である、元気であるという印が「快食、快便、快眠」だとすると、「快便」ということは食物繊維が摂れていれば可能になるわけで、そういう意味合いでは、特定の機能を持った栄養補助食品で、追加エネルギーになったとしても、機能の部分はとれるということで、厚生労働省が保健機能食品、特定保健用食品として個別許可しているわけです。
伝統的に使われてきた食品にはしっかりした機能性がそなわったものがある
また、ビタミンやミネラルでも食生活をきちっと気をつけていれば、過不足は無いはずですが、人によってはミネラルの吸収が比較的しにくいという人もいますし、ビタミンにしても全てのビタミンが十分摂れているかというと今の食生活だとかなり気をつけてもちょっと足りない部分もあるかと思います。そういうことであれば、みんながみんな必要だとは言いませんが、おかれている環境の中でそういったものの摂取がより好ましいという人はいるはずなので、それがきちっとした形で、提供されることはとても良いことだと思います。
特定保健用食品というのは平成3年に制度が出来て、現在認可されているもので300品目くらいです。非常に分野も広がって、 お通じから、血圧、脂質、血糖、ミネラルの吸収をよくするとかさまざまなものが登場しています。消費者、生活者が自分の健康状態、あるいは遺伝素因というようなことを考慮して、機能の付加した食品を摂り、生活習慣病と目される一連の病気の予防とすることは良いことだと思います。
病気になってしまっている人は薬物療法がありますが、常に一定の生活習慣を維持する中で特に栄養に関しては、過不足がないということが大前提ですが、やはりその人の固体特性に基づいて栄養の補助をしたほうがいいというケースは血圧にしても血糖値にしても、脂質にしてもあると思います。
そういう意味合いで、食品の中で機能がはっきりしているものを本人の責任において選択できる、また食品に機能性がしっかそなわったものが提供されているということは非常にいいことだと思います。伝統的に使われてきた食品には、そうしたものが結構ありました。
— 将来、出現が待たれる機能性食品にはどのようなものがありますでしょうか。これまで先生は薬事・食品衛生審議会、食品衛生分科会の新開発食品調査部会の委員として特定保健用食品の審査をなさってきたわけですが、この先、今までにないような新しい機能とか、あるいは審査される先生の中でいろんな議論があるかと思いますが、こういったものが食品としては機能としては求められていますよというようなものがありましたらお聞かせください。
特定保健用食品の再評価が必要な時代にきている
池田:それはたくさんあると思います。今まで認可されたものはそれはそれで意味があったと思います。ただ、 特定保健用食品にしても、300くらいの商品が食品として認可されていますが、それらの再評価が必要な時代がきているのではないかと思います。
新たに出現が望まれる分野というのはやはり、通常の医療では一次あるいは二次予防が中々難しい、そういう疾患の予防になるものだと思います。それはやはり悪性腫瘍、がんでしょうね。がんの原因は今もってわかりません。罹る人、罹らない人がいて、遺伝の有無と環境、あるいはライフスタイルとの兼ね合いの中で発症してきます。また発症に至る経過が非常に長い。
すでにいろいろな特定保健用食品がその分野で成果をみています。ただ、がんは難しいです。がんの治療には外科手術療法や放射線療法がありますが、自己の免疫能力を高めることによってがんの進展をある程度抑制できるとか、あるいは二次的な進展を防ぐことが可能であれば、医薬品には及ばないところではありますが、もしかしたら食材の持つ機能に期待できる可能性があるかもしれません。現にそういうことでいろいろな食品が研究されています。一部は商品になっているものもあります。
これを国の機関で正当に評価して、生活者に正しい情報を提供していくというのが大事ですし、有効なものが出てくることが望まれます。
また抗酸化作用のある食品というのがたくさんあります。それを謳い文句にしているのではないかと推測させるようなコピーで販売している健康食品もたくさんあります。ただ科学的な証明が十分でないものが多いというのが現実ですので、この分野も特定保健用食品という形で認可されてくることが望まれます。
— 食品機能について、先生のお考えをお聞かせください
医薬品として許可されているもので食品としての見直しが必要なものもある
池田:医食同源という言葉もあるように、現在有効とされる薬の多くは食材、草根木皮というものから得られています。それが、ここにきて分子生物的な手法、遺伝子の検索などで本当の創薬が出来るようになってきました。そのため、ただその成分を抽出し機能をみて、薬にしていくという時代は終わったと思います。
そうなると、食品というのは医薬品の持っている薬理機能とは異なる部分で、生体にとって重要な健康の維持、増進という役割があるんだろうと思います。そういう中で、すでに医薬品とされているもので食品領域へ取り戻すようなものもたくさんあるのではないかという気がします。
現在医薬品として認可されているもので、明らかにこれは食品として認知すべきだというものもあるわけで、そういうものの見直しが必要だと思います。食品には機能、おいしさの追及とかいろいろありますが、結局、イートトツーリヴなのかリブトーイートなのかということです。つまりリブトーイートという大原則に立ち、食生活を考え直す必要があるだろうと思います。
美味しさの追求ということでは、「食は文化」ということでもちろんいいんですが、原点はリブトーイートなので、その中でがんも含めた生活習慣病のような疾患の一次予防をしていこうということです。その時代に供給される食品の中からよりよいものを選択し、不足している機能を食材で補っていこうということは今後も当分続いていくでしょう。