2019年11月1日(金)、ヤクルトホールにて「第28回腸内フローラシンポジウム」が開催された。この中から、馬場秀夫氏(熊本大学大学院生命科学研究部 消化器外科学)の講演「腸内細菌と消化器癌」を取り上げる。
「がんをいかに予防するか」が重要課題
現在、がんは日本で死亡原因の第一位である。そのため、超高齢化社会における健康寿命の延伸目標で「がんをいかに予防するか、どのような治療をするか」が重要な課題となっている、と馬場氏。
特に消化器系のがんは手術・放射線治療・化学放射線療法、さらにこれらを組み合わせた「集学的治療」が日進月歩で発展しているが、術後の予後が不良になるケースが少なくない。
そのため基礎研究や臨床研究で主に遺伝子をターゲットとする「分子標的療法」や新薬を使った「免疫療法」など新たな治療法の開発が模索され続けている。
Microbiome(マイクロバイオーム)の働きに注目
そうした中で、馬場氏らはMicrobiome(マイクロバイオーム)の存在と働きに注目しているという。Microbiomeは、人の体に存在する微生物群とその遺伝子、それらの代謝活性の総称である。
このMicrobiomeが「がん」を含むさまざまな疾患と関連していることが近年注目を集めている。
例えば、腸内細菌と大腸ガン、腸内細菌とアレルギー疾患、歯周病菌と糖尿病や歯周病菌と認知症の関連といった事例は多くの人に認知されつつある。
Microbiomeは遺伝・環境などさまざまな因子によって常に変動し、一人ひとりが異なった特有の細菌状態を保っている。
Microbiomeは極めて多様で、一個人においても年齢や食事内容、抗生剤などの医薬品摂取、運動、体の部位、時間などによって常に変化している。
特定の細菌が定着し、がん化促進
つまり、Microbiomeは後天的かつ意図的に変化させることがある程度可能なため、疾患の治療に役立てるターゲットとして有望と考える研究者も多く、トレンドとなっている。
馬場氏らは消化器癌においてMicrobiomeがどのような役割を果たしているのか、特にFusobacteriumu nucleatum(フソバクテリウム・ヌクレアタム)の研究を行なっている。
大腸がんについては、腸の上皮の破綻した部分に特定の細菌が定着し、がん化を促進させていることがわかっている。
大腸がんと腸内細菌は密接に関係しているということが近年の知見だが、一般的に歯周病の原因菌として知られるフソバクテリウムに関する研究についても進んでいる。
大腸がんの組織や細胞内では正常な組織や細胞内よりフソバクテリウムが多く生息し、大腸がんの発がんや浸潤へ関与することが報告されている。
フソバクテリウムとがんの関係
フソバクテリウムは通常口腔内に最も多く存在しているため、口腔内により近い臓器である食道がんとの関係について調べた。
その結果、食道がんでもがん組織内のフソバクテリウム量が正常組織と比較して多く存在していることが確認され、フソバクテリウムは大腸がんだけでなく食道がんや胃がんにおいても深く関与することが示唆された。
さらに、がん患者(主に大腸がんと食道がんなど)において口腔内や腸内にフソバクテリウムの量が多いと、術後の予後が悪い傾向があるとの研究論文もあり、消化器系のがん以外でもフソバクテリウムの量が多いと予後が悪いという報告も複数ある、と馬場氏。
フソバクテリウムが増加、薬剤抵抗性を獲得
また、食道がん・胃がん・大腸がんの300症例の72%において、がん組織内にフソバクテリウムが多く存在している。
がんのステージが進行しているほどフソバクテリウムが多く、フソバクテリウムが多い人ほど予後も悪い。
さらに食道がんの抗がん剤治療においてもフソバクテリウムが関係していることが示唆。患者の便から腸内細菌を調べたところ、フソバクテリウムが増え腸内細菌叢が乱れていると抗がん剤の効果が出にくい傾向がある。
おそらくフソバクテリウムが増加していることで薬剤抵抗性を獲得している可能性がある、と馬場氏。
フソバクテリウムは膨大なMicrobiomの一つにすぎないが、この細菌の活性における体内での動態を今後も研究することで、消化器系のがんの診断や治療に新たな選択肢が加わる可能性が大いにあるとした。